小倉昌男氏が立ち上げたヤマト運輸の宅急便ビジネスは、2つの異業種からの学びが契機になっていると言います。それは、吉野家と、日本航空の「ジャルパック」でした。小倉氏の名著 『小倉昌男 経営学』 (日経BP)を、入山章栄・早稲田大学ビジネススクール教授が読み解きます。 『ビジネスの名著を読む〔マネジメント編〕』 (日本経済新聞出版)から抜粋。

2つの異業種からの学びがきっかけ

 経営学の「知の探索」理論と合致する小倉昌男氏の学習姿勢(連載第1回 「『小倉昌男 経営学』“知の探索”で築き上げた宅急便ビジネス」 参照)は、同氏が異業種から学び、知見を自社経営に応用してきたことにも表れています。知の探索とは、自分から離れた遠くの知を探索し、それを今自分の持つ知と「新しく組み合わせる」ことです。ヤマト運輸であれば、運輸業以外からの知見のほうが新しいビジネスのヒントは得られやすいのです。

 小倉氏が宅急便ビジネスに乗り出したのは2つの異業種からの学びが契機になっていると、本書では明かされています。

 第1は牛丼の吉野家です。戦後のヤマト運輸は近距離輸送に加えて、長距離輸送、百貨店の配送業務請負など、事業の多角化を進めました。しかし徐々に行き詰まり、1970年代初頭から収益が悪化します。そこで当時郵便局が独占していた個人向け小口輸送分野への参入を検討します。

宅急便ビジネスは吉野家などからヒントを得たという(写真/shutterstock)
宅急便ビジネスは吉野家などからヒントを得たという(写真/shutterstock)
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 ちょうどその頃、吉野家がメニューを牛丼だけに絞る「牛丼一筋」の戦略をとったことで、かえって高収益をあげていることを知ります。ヤマト運輸も個人向け宅配事業に絞り込むべきではないか、と考えたのです。

 もう1つは日本航空の「ジャルパック」です。旅行は人によって行きたい場所も、タイミングも違います。顧客ごとにコストも手間もかかり、庶民には高根の花。それがジャルパックのようにパッケージツアーとして商品化されたことで手が届くようになり、市場が一気に拡大したのです。

 小倉氏はこの発想も宅急便に応用できると着想しました。個人向け宅配便も「送り先もタイミングも、顧客ごとにバラバラ」だからです。宅急便ビジネスでも「買いやすさ」が消費者に認知されれば、大きい市場になると確信したのです。

 このように個人向け宅配便ビジネスが牛丼と旅行サービスからヒントを得て生まれたのは一見興味深いことですが、経営学の「知の探索」理論と極めて整合的なのです。

トヨタの「かんばん方式」は異業種がヒント

 小倉氏のように、異業種から学ぶ「知の探索」によって新しいビジネスのヒントを思いつく例は、枚挙にいとまがありません。ここでは、なかでも興味深い2つの例を取り上げましょう。

 第1はあのトヨタ生産システムです。これは有名な話なので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。トヨタ生産システムの「かんばん方式」を考案したのは、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)の大野耐一氏です。大野氏がかんばん方式を着想したのは、同氏が米国のスーパーマーケットの商材と情報の流れの仕組みを知ったときだと言われています。

 それまでの自動車生産は、先に生産計画を立て、部品から順番にものを作っていき、最後に部品の分だけ完成車を組み立てるという方式をとっていました。しかしこの方式では、仮に需要が計画通り伸びなかったときに、大量の部品が在庫として残ってしまいます。ムダが発生するのです。

 スーパーマーケットでは、顧客の必要とする商品を、必要なときに必要な量だけ在庫し、いつ何を買いにきてもよい品ぞろえをします。すなわち情報と意思決定の流れが「調達→品ぞろえ」ではなく、「顧客ニーズにあった品ぞろえ→必要なだけの調達」なのです。

 大野氏はこの考えを自動車生産に応用しました。すなわち「生産計画→部品生産→組み立て→品ぞろえ」という決定の流れではなく、「顧客ニーズにあった品ぞろえ→自動車組み立て→部品調達→部品生産」という流れです。これにより、部品在庫が大量に発生するムダがなくなったのです。

TSUTAYA――1日に25%の「利息」

 第2の例は、「TSUTAYA」で知られるカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)です。同社の創業者である増田宗昭氏が1980年代にCDレンタルやビデオ(後にDVD)のレンタル事業を始めたときに、その収益性に確信を持ったのは、金融業のビジネスモデルを見たからだ、と言われています。

 例えばCDレンタルであれば、その仕入れ金額は1枚600円くらいです。それを1泊2日150円で貸すのであれば、すなわち1日25%(=150円÷600円)という利息を稼いでいるのと同義ということになります。

 金融業ですら「トイチ(10日で1割の金利)の高利貸し」と言われるのですから、1日25%というレンタル料を利息率と考えれば、これがいかに高いかがわかるというものです。したがって、「仮に年9%程度の金利で資金調達しても、このビジネスは成立する」と増田氏は考えたのです。その後、同氏がTSUTAYAを大量出店し、CD・DVDレンタル時代の寵児(ちょうじ)となるのはご存じの通りです。

 このように、異業種に学ぶというのは、ある意味新しいビジネスを着想する際の基本とすら言えるかもしれません。そしてそれは経営学では、知の探索(エクスプロレーション)理論として説明できるのです(以上のCCCの事例については、井上達彦著『模倣の経営学』<日経ビジネス人文庫>を一部参考にしています)。

『小倉昌男 経営学』の名言
『小倉昌男 経営学』の名言
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人を幸せにする経営の極意

「クロネコヤマトの宅急便」の生みの親、戦後40年間でヤマト運輸を日本屈指のエクセレント・カンパニーに押し上げた希代の経営者、小倉昌男氏。政財界からジャーナリズムに至るまで数多くの支持者がいた小倉氏が自ら筆を執り、書き下ろした著作。

小倉昌男著/日経BP/1540円(税込み)