村井良太・駒澤大学教授による、「オーラル・ヒストリーで知る戦後日本」。3回目は『宮澤喜一と竹下登 戦後保守の栄光と挫折』(御厨貴著)。知の宮澤に対し、情の竹下は正反対のタイプの政治家に見えるが、実はどちらも理に貫かれていたという共通点がある。かつての自民党政治の多様性が浮かび上がる1冊だ。

証言の端々に人柄がにじみ出る

 オーラル・ヒストリーとして残された別々の記録を重ね合わせると、どんな議論が可能になり、どんな真実が見えてくるのか。そういう画期的な試みを行っているのが、御厨(みくりや)貴さんの『 宮澤喜一と竹下登 戦後保守の栄光と挫折 』(ちくま文庫/2016年刊)。「オーラル・ヒストリー対比列伝」シリーズの1冊です。

『宮澤喜一と竹下登 戦後保守の栄光と挫折』(御厨貴著)。画像クリックでAmazonページへ
『宮澤喜一と竹下登 戦後保守の栄光と挫折』(御厨貴著)。画像クリックでAmazonページへ

 宮澤については『聞き書 宮澤喜一回顧録』(御厨貴、中村隆英編/岩波書店/2005年)、竹下については『政治とは何か 竹下登回顧録』(竹下登著/伊藤隆、御厨貴によるインタビュー/講談社/2001年)というオーラル・ヒストリーがそれぞれ刊行されていました。いずれも研究者にとっては必読書です。

 その点、本書は両書からの発言をふんだんに引用しながら、そのエッセンスをまさに対比しながら整理しています。長大なオーラル・ヒストリーを読み通すことは、時間的にも背景知識という点でも簡単ではないかもしれませんが、本書なら気楽に読めると思います。

 オーラル・ヒストリーの楽しみ方の1つは、言うまでもなく新しい歴史を知ること。一般的に伝えられてきたことより深い真実が、その当事者の口から語られたりするわけです。それだけではありません。語り口そのものを楽しめることも魅力。ざっくばらんな口調や感情のこもった言い回しなどに、その人柄が少なからず反映されます。

対照的な2人の共通点

 周知の通り宮澤も竹下も首相経験者で、池田勇人・佐藤栄作に続く三角大福中(三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫、中曽根康弘)の時代を受け継ぎました。これまで両者については派閥史観で語られることが多かったのですが、それをもう少し柔軟に見てみようというのが本書のスタンスです。

 もともとは、2011年に『知と情 宮澤喜一と竹下登の政治観』(朝日新聞出版)というタイトルで刊行されました。一見すると、「知の宮澤」と「情の竹下」という構図で、対照的な両者の違いを浮き彫りにしたような印象です。実際、同じ出来事に対してまったく違う見方をしていたり、しかも現在から見れば両者とも不十分だったりします。

 しかし証言をひもといてみると、必ずしも「知と情」だけでは割り切れないことが分かります。むしろそこに力点を置いた本のような気がします。「あとがき」において、御厨さんは2人とも「理」によって支えられていた点で共通していると看破しています。それが、首相になる人物の素養なのでしょう。あるいは「自民党政治」と呼ばれるものの多様性の中にある共通性とも言えます。

 派閥にしても、両者はまったく違います。いずれも吉田茂派を源流としながらも、宮澤は池田勇人を中心に誕生した宏池会に所属。一方の竹下は佐藤栄作が結成した佐藤派(周山会)に所属し、その大部分を引き継いだ田中角栄の田中派(木曜クラブ)を経て、さらにそれを引き継ぐ形で自ら経世会を立ち上げます。同じ自民党内の派閥であっても組織のあり方がまったく違うことが、両者の証言からうかがえます。

 しかし一方、佐藤栄作は派閥の枠を超え、党内で積極的に後継者を育てようとしていたという話も出てきます。できると見込んだ人材がいれば、機会を与え登用しました。そのうちの1人が三木武夫で、党内ではずっと異端と言われながら有力者になりました。あるいは佐藤内閣に批判的になる若き日の中曽根康弘も、同内閣で運輸大臣に任命されて以降、頭角を現していくわけです。

 また本書では、宮澤と竹下だけではなく、「政界最後のフィクサー」と呼ばれた福本邦雄のオーラル・ヒストリー、『 表舞台 裏舞台 福本邦雄回顧録 』(福本邦雄著/講談社)からも頻繁に引用しています。特に後半、戦後の重要な場面において政界の裏側では何が起きていたのか、非常にビビットな証言がいくつも登場します。

 ただし面白いのは、御厨さんがそれらをすべて肯定しているわけではないことです。例えば「福本的解釈だけで成り立つものではない」というような言い方もしています。これは、まさに証言を重ね合わせることによって可能になる解釈でしょう。結局、オーラル・ヒストリーはその語り手から見た世界でしかありません。それがすべて正しいとは言えないし、間違っているとも言えない。その解釈は、複数の証言を照合した読み手に任されるわけです。これもオーラル・ヒストリー研究の価値であり、作品としての醍醐味だと思います。

変わりゆく自民党政治家像

 御厨さんによる戦後の自民党政治史観は、『宮澤喜一と竹下登 戦後保守の栄光と挫折』の最終章である第3章のタイトル「異種融合」に象徴されているように思います。

 池田にしろ佐藤にしろ、あるいはその後の三角大福中、さらに本書の主人公である宮澤や竹下にしろ、個性はバラバラです。その異なるものが融合して、戦後日本の政治がつくられたというわけです。また最後の短い「あとがき」でも、「戦後日本――高度成長の時代とその後――は、実に幅広で色彩豊かな社会であったことが分かる」と総括しています。

「本書によって日本の政治家像がどう変わってきたかを見るのも面白いでしょう」と話す村井さん
「本書によって日本の政治家像がどう変わってきたかを見るのも面白いでしょう」と話す村井さん
画像のクリックで拡大表示

 自民党は今でも政権与党であり続けています。しかし当時と比べ、その様相は大きく変わっています。とりわけ政治家像がどう変わったのか、本書を通じて改めて検証してみるのも面白いのではないでしょうか。

日常のコミュニケーションにも役立つ本

 最後にもう1冊、御厨さんのご著書をお薦めします。『 人を見抜く「質問力」 』(ポプラ新書)です。

「質問の本質は、『北風』ではなく『太陽』」と説く『人を見抜く「質問力」』(御厨貴著)。画像クリックでAmazonページへ
「質問の本質は、『北風』ではなく『太陽』」と説く『人を見抜く「質問力」』(御厨貴著)。画像クリックでAmazonページへ

 ここまで紹介してきたように、御厨さんは日本のオーラル・ヒストリーの嚆矢(こうし)として、多くの政治家から長期にわたるインタビューを行ってきました。そこには当然、どういうことに気をつけながら話を聞くか、どう記録を残すべきか等々、ご自身で編み出された聞き手としてのノウハウがあるはずです。それを余すところなく披露したのがこの本です。

 しかも体裁として、非常にポップで読みやすい。サブタイトルに「あの政治家の心をつかんだ66の極意」とある通り、エッセンスが簡潔にまとめられています。忙しいビジネスパーソンや、あまり読書の習慣がない若い方でも気軽に読めるのではないでしょうか。実は私の基礎ゼミでも本書をテキストに使って、学生からも「面白い」と評判でした。

 例えば項目の中に、「質問の本質は、『北風と太陽』の『太陽』にあたる」とあります。これはオーラル・ヒストリーの方法論の核心部分と言えます。ジャーナリストによるインタビューでは、あえて相手を怒らせて本音を引き出すという手法もあり得ます。しかしオーラル・ヒストリーのインタビューにおいては、とにかく相手が話しやすい状況を作ることが極めて重要とのこと。

 オーラル・ヒストリーは、10回以上にわたってインタビューを繰り返す例がよくあります。その間、実は同じような質問を違った角度からして、後で回答を照らし合わせて本音を探るといった手法を取ることもあります。その前提は、毎回相手が聞き手を信頼し話してくれること。だから聞き手は、相手の心を開かせる「太陽」でなければならないのです。

 これはオーラル・ヒストリーに限った話ではないでしょう。日常生活でもビジネスでも、質問は対話の入り口となります。良い質問ができれば良い回答が返ってきます。相手も良い質問をしてくれる。そんなコミュニケーションの方法論を当代一流の実践者から学べる、大変優れた1冊だと思います。

取材・文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/木村輝