生成AI(人工知能)の普及やDX(デジタルトランスフォーメーション)の進展に伴い、半導体の重要性が高まっている。グローバル競争のなかで勢いを失ってしまった日本で半導体産業を再興させるには、どうすればいいのか。新刊『BCGが読む経営の論点2025』(日本経済新聞出版)から抜粋・再構成して解説する。第2回の筆者は、ボストン コンサルティング グループ(BCG)で半導体に詳しい小柴優一氏と繁田健氏。
ますます欠かせなくなる半導体
日本企業にとって半導体を国内で安定的に調達できることは重要だ。生成AIの普及に伴い、学習用エンジンとしての半導体チップの争奪戦が発生している。他にも、今後成長が期待される量子コンピューティングや宇宙開発などの先端領域では膨大なデータとその処理が必須で、その中核を担う半導体の重要性は高まっている。
また、半導体はグローバルなサプライチェーンの急所であることが改めてはっきりした。コロナ禍で完成車メーカーは自動車需要が縮小すると予測し、車載半導体の発注量が減少した。コロナ禍が収束して自動車需要は急回復したが、自動車向け半導体の優先度は下がっており、完成車メーカーはいつでも手に入ると思っていた半導体がそうではないことに気づかされた。たった一つの部品が手に入らないことで自動車の生産は停止してしまう。このことを踏まえると、半導体は多くの日本企業にとって戦略物資であるといえる。
最大の特性はサプライチェーンの複雑性
このように重要性を増す半導体を産業としてとらえた場合、どのような特性があるのだろうか。
たとえば素材では、半導体の基板となるシリコンウェハーにはじまり、有機化学(樹脂、ガス)、無機化学(ガラス)、金属など、さまざまな資源・材料を組み合わせている。半導体製造過程に欠かせないフッ化水素の原料となる蛍石は中国のシェアが6割を占める一方、そこからつくる高純度のフッ化水素酸は日本が高いシェアを誇る。
回路設計ツール(EDA)は、ソフトウェア産業が強い北米の数社による寡占状態だ。受託製造は、最先端のロジック(論理回路)半導体ではTSMC(台湾積体電路製造)のような大規模プレーヤーがほぼ独占しているが、最先端ではない分野は中小の受託製造会社や、自社で設計から製造まで行う垂直統合型デバイスメーカー(IDM)が乱立している。このように半導体のサプライチェーンは世界にまたがっている。
半導体産業活性化のための3つの方向性
では、日本における半導体および関連業界をどう強化していくべきか。昨今の生成AI向けの半導体市場の活況は、生成AIがさまざまな産業でアプリケーションの革新を促進し、労働生産性を飛躍的に高めるという期待にもとづいている。それが現実になるかどうかは、今後の展開を待たなければならないが、生成AIの市場がデジタルサービスと密接に関わっている点には留意する必要がある。
つまり、生成AIが中長期的に伸長していくことによる果実を得るためには、高付加価値のデジタルサービスの市場創造に積極的に関わることが必要で、それをすべて海外プレーヤーに委ねていては、日本はいつまでたっても半導体を含む先端産業で主導的な地位の一角を占めることはできない。そうした流れをある程度反転させることも含めて、半導体産業の活性化を考えていかなければならない。そのための方向性を3つ示したい。
(1)先端の素材・装置メーカーの競争力を強化する
まず、日本が現状強く、先端に関わる領域、たとえばシリコンウェハーやフォトレジストなどを維持、強化する方向性だ。その前提として高純度で優れた原材料を提供しているニッチプレーヤーにも目を配り、政府・銀行など複数の業界で連携して支援することが必要だ。
グローバル競争が激しくなるなか、ニッチなローカル企業も、業界のトッププレーヤーに追いつける環境を整えなければならない。また、そのような強いローカル企業がある日突然、海外企業から買収されるような事態を防ぐため、国の経済安全保障の観点でも手を打つ必要がある。
(2)エッジAI分野で産業力を強化する
半導体が最終製品の性能を決める傾向が強まっている。そのため、先端領域の設計力を、半導体メーカーと最終製品をつくる側の企業とで連携して強化する方向に動いている。実際、GAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック=現メタ、アマゾン、マイクロソフト)などは重要なチップは自社で内製する方向へシフトしつつある。
つまり、強い半導体産業の創出には、半導体だけでなく、最終製品・サービスを提供する業界の強化も必須だ。日本がすべての領域で勝てるわけではないので、すでに強みのある製造業、通信インフラ、ロボティクス、IoT・センサー、高度医療機器など先端技術が生きる領域に焦点を当てる必要がある。
(3)先端領域に焦点を当てた高度人材を育成する
従来のデジタル・アナログでの半導体の製造・設計技術だけでなく、先端領域に焦点を当てた人材の育成・拡充が必要だ。最終製品がAIやソフトウェア依存を強めていくなかで、システム全体の設計・構造を理解し、他のコンポーネントとの接続や相互依存性を考慮した設計ができる人材や、AIハードウェアの専門人材がカギとなる。つまり「ハードウェア×ソフトウェア」「特定コンポーネント×全体のシステム」など、より領域を横断した技術知見を統合できる力が求められるようになってきている。
そうした人材を確保するには、優れた人材に魅力的なオファーをできる環境整備にとどまらず、一度退職しても再雇用できることを前提とした採用・育成の仕組みなど、企業間での人材の行き来をより活性化するための制度設計が大切になる。日本企業が勝っていくためには、人材育成・獲得においても競争と共創が必要な時代となっている。
国と企業が考えるべき戦略のポイント
半導体サプライチェーンは国家や企業をまたいで非常に複雑に絡み合っており、さらに日本国内においても中小企業を含む毛細血管のようなネットワークを形成しているため、現状ではどこに弱みがあるかを個社別では把握しきれていない。たとえば、製造工程で使用される特定の原材料の供給が途絶えた場合、それがどの企業にどの程度の影響を及ぼすかを迅速に把握することは難しい。
したがって、政府と民間が協業してサプライチェーンを可視化することの意味は大きい。政府が主導して可視化の支援ツールやプラットフォームを提供し、企業がサプライチェーン全体の状況を把握しやすくする。サプライチェーンの各段階からデータを収集すれば、供給リスクの早期発見と対応が可能となる。
さらに、主要な供給源に問題が発生した場合には、政府が迅速に代替供給源を提案する機能を持つことが求められる。政府主導で定期的にサプライチェーンの監査と評価を行い、その結果を企業にフィードバックする仕組みも大切だ。脆弱性が特定された場合、具体的な対策提案を行うことで、企業はより効果的に問題に対処できるようになる。
こうした施策を講じることで日本の半導体産業のレジリエンスが強化され、予期せぬ供給問題に対して迅速かつ効果的に対応できる体制が整うことになる。
さらに、これからは日本が強みを持つロボティクスや宇宙産業などにおいてもAI活用が前提となり、高性能の半導体が必要になる。半導体を使う顧客企業と半導体メーカーが、設計開発工程において連携することで、より高効率で高性能の半導体を設計して製品に搭載できれば、ロボティクスや宇宙産業の競争力を高められるだろう。こうした取り組みが進めば、日本の産業全体の競争力が高まるとともに、半導体産業自体も国際的な競争力を強化し、グローバル市場での優位性を確立する道が開ける。
ボストン コンサルティング グループ編/日本経済新聞出版/2200円(税込み)



