鍼灸(しんきゅう)、アロマ、漢方なども含めた女性専用の統合医療施設として名古屋市にクリニックを開院し、多くの患者と向き合ってきた伊藤加奈子さん。近年は諸機関と連携し、DV(ドメスティックバイオレンス)・性暴力被害・虐待・ネグレクトなどに関するケアや対策も行っています。医師をめざした背景や仕事、医師に求められることについて聞きました。日経ムック『医学部受験を考えたらまず読む本 2024年版』から抜粋・再構成。

エッセイがきっかけで医師の道へ

 私は自然豊かな岐阜県大垣市で育ち、小学校の頃は帰宅後すぐにランドセルを放り出して近くの川で魚や虫の採集をするという日々を過ごしていました。実家は中華料理店ということもあり、医師になるという考えはまったくなく、生物学者や生き物を飼育するような仕事に就きたいと思っていました。

 ところが、中学時代にたまたま読んだ『 医者の目に涙 』(石川恭三著/集英社文庫)というエッセイで「お医者さんの仕事って素敵かも」と思い、医療をテーマにした漫画やドキュメンタリーを見始めました。この時期が医師を意識し始めたきっかけです。

 生物以外の勉強はあまり興味がなく、進学した高校も大学より高卒での就職をめざす子のほうが多い学校でしたが、幸いにも指定校推薦で愛知医科大学医学部に合格しました。

「おめでとう」が聞ける産婦人科へ

 大学入学当初は、とにかく勉強についていくのが大変でした。周りは頭のいい人が多く、数学や物理などは授業後に教授室に訪ねていき、補習してもらったこともあります。ただ、大半を占める医学系の科目は生物の延長でもあり、勉強自体は楽しかったです。

 ファミレスやガソリンスタンドでアルバイトも経験し、友だちとマージャンやカラオケ、旅行にもたくさん行きました。テスト前に慌てて勉強するような感じのときもありましたが、今では良い思い出です。

 産婦人科医になろうと決意したのも在学中でした。「どうして命が生まれてくるのだろう」と小さい頃から不思議に思っていたので、命の誕生を扱える産婦人科は私に非常に魅力的でした。外科も内科もできるぜいたくな科で、手術もできて、抗がん剤などの薬物治療もできる。唯一、「おめでとう」と言って、出生届が書ける科でもあります。

 国家試験前は、友人と朝9時から夜10時ぐらいまで、自習室にこもって勉強。卒業時のテストが数点足りなくて、卒業試験浪人はしてしまいましたが、国家試験は一発で合格することができました。

「女性の身体の不調や病気だけでなく、性暴力被害などに悩む人もサポートしています。医療と福祉をつないで社会の諸問題を解決していくのが目標です」と話す医師の伊藤さん
「女性の身体の不調や病気だけでなく、性暴力被害などに悩む人もサポートしています。医療と福祉をつないで社会の諸問題を解決していくのが目標です」と話す医師の伊藤さん
画像のクリックで拡大表示
伊藤加奈子(いとう・かなこ)
医師
岐阜県大垣市生まれ。2002年、愛知医科大学卒。東京女子医科大学、愛知医科大学などで勤務後、2008年、名古屋市東区にココカラウィメンズクリニックを開院。2021年、東京医科歯科大学大学院博士課程卒業。NPO法人ウーマンリビングサポートの代表理事などを兼務。また、女性アスリートへのサポートや居場所のない子どもたちを支援するボランティア活動、思春期の子どもたちの相談、DV、虐待、性暴力被害の解決・支援などにも取り組む。

繁華街で売買春を防ぐパトロール活動も

 卒業後は、日本で最も有名で忙しい病院といわれる東京女子医科大学母子総合医療センターで研修医として働きました。当時は法律も緩かったため、当直が3回続くこともあるような忙しい環境でしたが、持ち前のハートで乗り越えました。

 1年間働き、実家の都合で愛知医大に移って3年ほど勤務。今のように論理的にじっくり学ぶというより、身体で覚えろという雰囲気だったので、3年目には手術も含め、だいたいのことはできるようになりました。

 忙しくも充実した日々ではあったのですが、がんを含め病気になる前にしっかりと情報提供をして、予防啓発活動をすることも大切ではないかと考えるようになり、プライマリ・ケア(総合的な医療)への興味が湧いてきました。

 そこで、2007年に友人と健康啓発などを行うNPO(非営利組織)を設立。鍼灸、アロマ、漢方などの代替医療やそれらに従来の西洋医療を合わせた統合医療などの相談や紹介をしていたのですが、こうしたクリニックが当時名古屋にはないこともあり、翌2008年、31歳のときに自ら開業しました。

 2011年の緊急避妊ピル解禁以降、性暴力などにより処方を求める患者さんと接するうちに、医師として性教育の大切さを痛感しました。学校や警察署などで性教育をテーマにした講座を開くほか、繁華街での売買春を防ぐためにパトロールなどの活動も行っています。

 精神科や児童相談所などとも連携するなど、福祉的な活動もしているため大変ではあるのですが、とてもやりがいを感じています。ただ、経営という開業医ならではの業務も追加されるので、時間に追われることは多いですね。

医療と福祉をつなげたい

 今、医療現場は多岐にわたる課題を抱えています。医師だから医学の知識と技術だけあればいいという時代ではなくなった気がします。いろいろなボランティアに携わったり、さまざまな業界の勉強をしたりして、視野や経験を広げることが求められています。

 そうした活動を行うことで医師としての幅が広がるのはすごく楽しいことです。私も今以上に医療と福祉をつなげて、諸問題解決の架け橋になりたいと思っています。

 現在のクリニックも鍼灸、アロマ、病児保育など、さまざまなことを行っていますが、子どもたちの居場所なども増やしたいと思っています。クリニックだけど人々が集い、憩いのスペースにもなる場所が理想です。

「さまざまな業界を学んだり、ボランティアに携わったりするなど、医学だけにとどまらない活動は医師としての視野や経験を広げることにつながります」と伊藤さんは話します
「さまざまな業界を学んだり、ボランティアに携わったりするなど、医学だけにとどまらない活動は医師としての視野や経験を広げることにつながります」と伊藤さんは話します
画像のクリックで拡大表示

取材・文/安部晃司 写真/堀 勝志古

これだけは知っておきたい、医師になるために必要なこと

勉強法から医学部の教育内容、マネープランまで、そもそもの疑問からわかりやすく解説。最難関の入試を突破し、医師になるために必要な情報を丸ごと1冊で提供。医療の最新事情と未来像を語った巻頭特集や、難易度や学費など大学の最新データも収載します。

日本経済新聞出版編/日本経済新聞出版/1540円(税込み)