「戦略の戦略家」「戦略の大家」と呼ばれ、日本でもベストセラーとなった『 良い戦略、悪い戦略 』(日本経済新聞出版)の著者リチャード・P・ルメルト教授が、ミッション、ビジョン、パーパスといった各種「ステートメント」を作って満足している自称「戦略家」を一喝。経営者が本当にやるべき仕事とは? 『戦略の要諦』(リチャード・P・ルメルト著/村井章子訳/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。

ミッション、ビジョン、パーパスは無意味

 今日の企業や政府機関のトップは、数々の誘惑にさらされている。例えば、企業たるものは「ミッション」を掲げなければならず、すべての意思決定はそれに基づいて行うべきである、というのはその最たるものだ。

 そのせいなのか、多くのリーダーは戦略策定にあたってまず目標を定めるところから始めがちだ。目標を決めればそこからおのずと戦略が導き出されると信じているのだろう。そして多くのリーダーが、戦略と目標管理を混同している。

 いわゆる根性ややる気を起こさせる方法として現在人気なのは、長持ちする有意義なパーパス、つまり目標を掲げることだ。よって企業のトップには、ビジョンを掲げ、ミッションを掲げ、価値観を掲げ……という具合にいくつものステートメントを打ち出すことが期待されている。ステートメントとは何か、どのように作成するのかといったことは、インターネットで検索すればすぐに分かる。

 自称コンサルタントがビジョン、ミッション、価値観、戦略、目標それぞれについてステートメントの微妙な違いを指南してくれるだろう。「ミッションが明確でなかったら、ミッションを達成するための戦略を立てられるはずもない」と彼らは主張し、すぐにミッション・ステートメントを作成するようアドバイスしてくるはずだ。

 だがビジョン、ミッション等々と順繰りに「ステートメント」なるものを作成するのは単に時間の無駄である。そもそもたくさんのステートメントが必要だという主張には論理的裏付けもないし、それが有効だという証拠もない。

 ミッション・ステートメントを掲げたところで戦略策定の指針にはならない。基本的な価値観についてのあなたのコミットメントを輝かしいものにするのは、あなた自身の行動である。額に入れて飾ったステートメントではない。

ミッション、ビジョン、パーパスは無意味(写真:SewcreamStudio/stock.adobe.com)
ミッション、ビジョン、パーパスは無意味(写真:SewcreamStudio/stock.adobe.com)
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ミッション・ステートメントは役立たない

 ウィキペディアによると、「組織はミッション・ステートメントを長期にわたって変更しないのが普通である。ミッション・ステートメントは組織の持続的なパーパスを掲げるものだからだ」という。

 ミッション・ステートメントは本当に長持ちするのだろうか。マイクロソフトの1990年のミッションは、こうだ。「すべてのデスク、すべての家庭にコンピュータを」。時代に即したミッションだが、インターネット時代が到来するとそぐわなくなった。モバイル端末やスマートフォン、クラウド・コンピューティングが浸透した2013年のミッションは、なんだか分かりにくい。

 「個人と企業に向けた一群のデバイスとサービスを創造し、世界中どこでも、また家でも職場でも通勤途中でも、したいことができるようにする」

 そして2021年には以前のステートメントが短縮され、どんな企業にもフィットするようなものになった。

 「地球上のすべての人、すべての企業に、より多くを実現するためのパワーを」

 この最後のステートメントは結構長持ちするかもしれない。というのも、マイクロソフトが何をしているか、何を目指しているかについて何も触れていないからだ。

 米国疾病対策センター(CDC)の1999年のミッション・ステートメントは、こうだった。

 「疫病、負傷、障害の予防・管理を通じて健康と生活の質を向上させる」

 そして2021年には、予防・管理の対象に安全、肥満、銃による暴力などが含まれるようになる。

 「CDCは国内外を問わず健康と安全に対する脅威から米国を守るために年中無休で1日24時間働く。その発生源が国内か国外かを問わず、また慢性か急性か、治療可能か予防可能か、ヒューマンエラーか意図的な攻撃かを問わず、CDCは疫病と戦い、また地域社会と市民が疫病と戦うことを支援する」

 CDCのミッション・ステートメントは、絶えず拡大し多様化する活動に合わせて数年おきに書き直されてきた。彼らのステートメントは様々な任務と目的の羅列にすぎず、戦略を導き出すうえで何の役にも立たないことは一目瞭然である。

 フェイスブック(現メタ)の2012年のミッションは「世界をよりオープンにし、つなげる」だった。2021年のミッションは「コミュニティづくりを応援し、人と人がより身近になる世界を実現する」である。ソニーのミッションは「クリエイティビティとテクノロジーの力で世界を感動で満たす」だ。どちらのミッション・ステートメントもたいそう高邁(こうまい)で、利益を上げるなどという下世話なこととはまったく無縁だ。ここからポストコロナ戦略だとか規制強化への対策といったものを導き出すのは無理な相談である。

 ごく少数だが、ミッションは株主価値の最大化だと明言する企業もある。例えば乳製品大手のディーン・フーズの2018年のミッション・ステートメントは、「法律と高い倫理規範を常に守りつつ長期的な株主価値を最大化する」というものだった。しかしこのステートメントはうまくいかなかったようだ。翌年に同社は倒産し株価はゼロになっている。

 高邁なパーパスを掲げても、利益を優先しても、本書が論じる課題ありきの戦略にはまったく役に立たない。読者が戦略とは問題解決の特殊な形であり、それは長い旅であり、困難な課題への取り組みであるという私の主張に同意してくださるなら、ミッション・ステートメントが戦略策定の足しにならないことも理解していただけるだろう。そんなものに時間と労力を注ぐのは無駄である。

戦略立案は長い旅に似ている(写真:fumoto-lab/stock.adobe.com)
戦略立案は長い旅に似ている(写真:fumoto-lab/stock.adobe.com)
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何かが欲しいなら、モットーで十分

 会社を率いるのにビジョン・ステートメントもミッション・ステートメントもいらない。必要なのは、現在直面する変化やチャンスに対応する戦略を考え、実行することによって、あなた自身で実際のミッションを作り出すことだ。ミッションを世間に公表しても、宣伝効果はあるかもしれないが、経営の指針とはならない。そもそもミッション・ステートメントは流行や経営者によってあっさり変化する。

 私からのアドバイスは、どうしても何かぶち上げたいならモットー程度にとどめるように、ということだ。モットーは格言や金言の類であり、感情に訴え、気分を高揚させる。いくつか紹介しよう。

  • ポルシェ:ほかに代わるものはない(There Is No Substitute)
  • 米海兵隊:つねに忠誠を(Semper Fi)
  • オリンピック:より速く、より高く、より強く(Faster, Higher, Stronger)
  • 救世軍:血と火(Blood and Fire)
  • デ・ビアス:ダイヤモンドは永遠の輝き(Diamonds Are Forever)
  • アップル:発想を変える(Think Different)
  • サンパウロ市:我は導かれず、我こそが導く(Non ducor, duco)
  • リバー・ルーフィング:あなたを守る(We’ve Got You Covered)
  • ロスチャイルド家:調和、誠実、勤勉(Concordia, Integritas, Industria)
  • 米空軍パラレスキュー(戦闘捜索救難隊):他者を生かすために(That Others May Live)
  • スペツナズ(ロシア特殊部隊):いかなる任務も、いかなる時も、いかなる場所も(Any Mission, Any Time, Any Place)
  • ナイキ:とにかくやってみよう(Just Do It)
  • M&Cサーチ:徹底的にシンプルに(Brutal Simplicity of Thought)
どうしても何かぶち上げたいならモットー程度にとどめるように(写真:Frank/stock.adobe.com)
どうしても何かぶち上げたいならモットー程度にとどめるように(写真:Frank/stock.adobe.com)
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『良い戦略、悪い戦略』の著者、最新作!「戦略の策定」とは克服可能な【最重要ポイント】を見極め、それを解決する方法を見つけることである。「戦略の戦略家」「戦略の大家」でロングセラー『良い戦略、悪い戦略』の著者が、戦略をめぐる誤解を解きほぐした新たな名著。

リチャード・P・ルメルト著/村井章子訳/日本経済新聞出版/2420円(税込み)