「AI(人工知能)で業務を効率化だ!」「メタバースで新サービスを立ち上げよう!」「コンサルに依頼したのに生産ラインがぐちゃぐちゃだ!」――いまだに、こんなことは起きていませんか? 組織や個人にとって有用な技術を理解し、そして活用するために、知っておきたい知識をまとめました。第3回のテーマは「通信」。5Gの次、6Gの使い勝手、そしてNTTの次世代ネットワーク構想、IOWNを取り上げます。
そもそも5Gは大人の事情で生まれた?
6Gでダウンロードが速くなるか?
速くなると思いますよ。ただ、それがうれしいかどうかは別の話です。
逓減効果ってあるじゃないですか。無一文のときにもらう100円と、金融資産を1億円持ってるときにもらう100円ではうれしさが違うってやつ。6Gで追加される速度には、この効果が発揮される可能性が高いです。
5Gの理屈の上での最大速度は20Gbps(下り、以下同じ)、2025年時点で実際に売られているサービス、端末のカタログ上の最大速度は5Gbpsくらいです。
無線通信はロスが多いので、悲観的に見積もって実効速度を10%としても500Mbps程度を発揮できる可能性があります。
スマホをふだん使いするときに、いちばん通信容量を食いそうなのは動画視聴でしょうか。重量級のパソコンをテザリングしてデータセンターとやり取りしたりなど、例外はいくらでも思いつくでしょうが、異様なケースは省きましょう。
スマホで4Kはいらない気もしますが、仮に4K動画とします。これも動画の内容や音質、フレームレートでいかようにもデータ量は増減しますが、4K動画を視聴するのに必要と言われている帯域は一般的に20Mbps程度ですから、25本ほどの動画を同時視聴できることになります。
速ければ速いほど快適になるのはもちろんですし、性能に余裕があることで次のイノベーションが育まれますから、通信界隈(かいわい)において速さは正義です。4G時代にダウンロードに1秒かかっていたファイルを、5Gなら0.05秒で入手することができます。
しかし、一方で商品・サービスにはコスパも大事です。一般的な用途であればすでに4G程度の速度性能で、「まあ満足」という水準だったのは間違いないでしょう。ダウンロードに1分かかっていたのが1秒に短縮できた時代ほどには、みんなに喜んでもらえません。
なので、5Gや6Gを作るのはニーズに蹴飛ばされたというよりは、大人の事情です。こうしたサービスのお値段はじりじり下がっていきますので、5Gや6Gといった新しいタマを出して値を定期的につり上げる必要がありますし、技術はいちど停滞させてしまうと再始動に時間がかかるか、最悪の場合、再始動できなくなります。
将来的にニーズが発生したときに、いきなり「6Gを作ろう!」と言っても、もう作るのに必要なモノもヒトもいなくなっています。だからその瞬間は「これ以上の性能はいらないかな?」と思っても、作り続けないといけません。
6Gの6つのキーワード
もちろん、作っている人たちは無駄なものを作るつもりはさらさらなく、せっかく作るのであれば人の役に立つものを作ろう、社会を変えるものを作ろうとの気概に満ちています。6Gを説明する文書では、次のような言葉がよく躍っています。
「超高速・大容量通信」「超低遅延」「超多数同時接続」「超低消費電力」「超高信頼通信」「超カバレッジ」です。ひとつひとつ見ていきましょう。
・「超高速・大容量通信」 → いつものやつです。
・「超低遅延」 → これはちょっと説明が必要かもしれません。超高速と同じじゃないか? と思うところです。実際、高速と低遅延がセットになっていることも多いのですが、飛行機と新幹線を比べてみてください。飛行機のほうが速いものの、新幹線のほうが遅延は少ないと思います。
例えば、自動運転車の制御や遠隔手術をするときに、「そこそこの速度でいいから通信遅延がない状況がいい」ことはあり得ます。6Gはそこを攻めようというわけです。ただ5Gのときも見た売り文句ではあります。
・「超多数同時接続」 → 有り難い機能です。元旦の伊勢神宮や年末の武道館など、人がすし詰めになっている状況はいくらもあります。そこを基地局一つで収容できるのであれば言うことはありません。
ただ、これらの状況は若干特殊でもあります。そこそこの人口密度であれば4Gあたりで同時接続はかなり満足していたので、5Gでは「IoTをつなごう!」などと言い出しました。6Gでは何をつなごうと提案されるか、楽しみです。
・「超低消費電力」 → 地味ですが、素晴らしい機能です。スマホは現代人にとって下着と同じくらい、身に付けていないと不安なデバイスになりました。スマホなしで外出するのは、ポイなしで金魚すくいをするくらい困難です。
この超絶便利なスマホの利便性を脅かすのがバッテリー切れです。消費電力が小さければ、長く、安心してスマホを使うことができます。さらに5Gで売り出された「IoTをネットで結ぼう」コンセプトにとっては、より重要な改善です。
小さなセンサーは電池一つで10年ほども動かすことがありますが、電力消費がより節約できればメンテナンス間隔を20年に広げることができるかもしれません。
ただし、超高速通信と省電力は一般的にトレードオフの関係になります。5Gにしても6Gにしてもこれを両立しているわけではなく、「超低消費電力モードも用意されている」と解釈してください。
・「超高信頼通信」 → 信頼度99.99999%と書かれている資料を見たことがあります。ここで言う信頼度は稼働率(システムがどれだけ動いているか)のことでしょう。IT界隈では稼働率ファイブナイン(99.999%:9が5つ)は安心の証しです。
例えば、24時間365日動かすシステムがあったとして、その99.999%の期間においてきちんと動くのであれば、そのシステムが使えない時間は年間を通して5分ほどです。そのくらいの安心感があれば、人の命を預かる仕組みにも採用を検討できるでしょう。
もう1つ増やすとシックスナインで何やら不穏になるせいか、6Gではセブンナイン(99.99999%)が目標になっています。この水準になると、24時間365日動かすシステムで止まっていいのは1年間に3.15秒ほどで、事実上の無停止と考えてよいでしょう。
他の施策と組み合わせれば、人命や社会基盤を構成するほとんどの基幹業務、ミッションクリティカルな業務に採用できると考えられます。
・「超カバレッジ」 → 公海や宇宙でも通信できるそうです。私などリニアモーターカーにも乗れずに人生が終わりそうなのに、いつ宇宙に行く機会があるのかと思いますが、それで開拓できる分野は多いでしょう。
深海も遠洋も成層圏も、手つかずのビジネス資源はたくさんあります。イーロン・マスクの衛星通信網「スターリンク」のように低軌道衛星をばりばり打ち上げるのか、HAPS(High Altitude Platform Station:空飛ぶ基地局)と呼ばれる高高度インフラ(成層圏あたりに無人機を常駐させて通信を提供する)を活用するのか。
おそらく日本はHAPSを選択するでしょうが、いずれにしろ公海と宇宙を目指すのであれば、これらのようなNTN(Non-Terrestrial Network:非地上系ネットワーク)を構築することになります。災害時のバックアップ用としても、心強い存在になるでしょう。
イノベーションのために必要な仕込み
総じて、日常生活にはオーバースペックと言えると思います。冒頭の問いに答えるならば、「確実に速くなるけど、ふだん使いにおいてそれに気づいたり、ありがたみを感じたりするかは微妙」です。
しかし、新たなイノベーションを巻き起こし、今まで想像もつかなかったような新しい使い方や価値を生み出していくならば、過剰に思えるカバレッジも、最大伝送速度も、最大同時通信数にも意味があります。そのために今から仕込みを行うのだ、と理解するとよいと思います。
通信事業者は責任ある立場ですから、あんまりむちゃを言うわけにもいかなくて、将来見込まれるユースケースに「スポーツ中継では今まで1種類の動画しか配信しませんでしたが、6Gだと会場のカメラ全部の動画を配信できますよ。手元のスマホで好きな動画を選んで視聴してください」あたりの無難なやつを持ってきます。
まあ、実現可能ですからね。でも、あまり夢がないので「なんだよ、6Gでできることってそれだけかよ」ってなるじゃないですか。
光と無線で未来を描くIOWN
こうした基盤技術の場合は、むしろまだ見ぬイノベーションの苗床を作っておく(だから実装例は現時点ではなんとも言えない)が事の本質だと思います。「1Tbpsの帯域があるからこそ、無線で弁当を転送できるようになったのだ!」というイノベーションが起こるかもしれないわけです。
最後にIOWN(アイオン)についても触れておきましょう。NTTの次世代ネットワーク構想です。これ、もうだいぶ長くやってますよね。NTTの人にIOWNに関するペーパーをいくつかもらって、手元にある一番古いのが2019年です。その時点でも結構枯れた話題だったと記憶しているので、構想から長い月日がたったのが分かります。
IOWNはInnovative Optical and Wireless Networkの略ですから、その名称からも光通信と無線通信を重視することが分かります。高速性や効率性、省電力性の観点から、次世代ネットワークが光通信の比重を大きくすることは自明ですし、利用者の便益を考えれば無線通信の活躍する場が増えることも間違いありません。したがって、ほぼ確実に訪れる未来を構想として明示したもの、と言えるでしょう。
ただ、それだけだと非常にふんわりした話になってしまうので(実際、NTTのWebサイトなどでIOWNの説明を読むとふわっとしてると思うんです)、主要技術分野としてAPN、DTC、CFを挙げていることに特徴があります。
APN(All-Photonics Network:オールフォトニクス・ネットワーク)とはネットワークのすべてを光通信技術で結ぶ考えです。現在でも広大な回線網の基幹部分はほぼ光回線化されていますが、APNでは幹線から端末に至る支線部分の光回線化や、光回線そのものの伝送容量、伝送効率向上をもくろんでいます。
またICチップ内の配線にも光技術を用いて、チップの演算能力そのものや、チップの低消費電力化も行おうとしています。
DTC(Digital Twin Computing:デジタルツインコンピューティング)は、仮想空間で現実世界をシミュレーションする「デジタルツイン」をより効率的に実現するための技術群です。
メタバースは幻滅期に入って久しいですが、現実空間と仮想空間の融合によって、「現実をより豊かに便利にする」「仮想をより鮮やかに現実に即したものにする」流れは止まらないでしょう。現実の写像を仮想世界に作るデジタルツイン技術はその中核に位置するものです。
すでに現実のサービス窓口以上のものがネット上に設置されていたり、ネット上の人格の表象であるアバターを現実での会議やプレゼンに用いたりなど、現実空間と仮想空間の融合は進んでいますが、これをさらに推し進めるイメージです。IoTによって自然現象を仮想世界に再現する技術は順調に発展していますが、DTCで語られているのは人格の仮想世界への再現です。
使い方はまだ漠然としていますが、現実の「私」が寝ていてもコピー人格が仮想世界で働き続けたり、現実の「私」が亡くなってもコピー人格が仮想世界で生き続けたりといった可能性が指摘されています。IOWNの中でも具体的なイメージがし難い項目かもしれませんが、基礎研究は着々と進められています。
CF(Cognitive Foundation:コグニティブ・ファウンデーション)は複雑怪奇化が進むネットワークの各要素を最適制御する技術です。ビジネス寄りに表現すると「個別最適から全体最適」を志向します。そんなの当たり前じゃないか! と思われるかもしれませんが、分かっていても実行するのは難しいのが全体最適です。
CFではそれを個別企業の枠組みを超えて一元化・自動化しようとしています。これも、現実的には各企業が系列や自社利益の枠を超えて協力するのはなかなか困難だと思いますが、実現すれば社会全体に寄与することは間違いありません。
NTTはIOWN構想を2030年に実現させると言っています。それが本当かと問われればYesともNoとも言えるでしょう。IOWNでうたっている超省電力+無線給電で「スマホの充電を意識しなくていい!」ような社会の実現は2030年ではちょっと厳しいかなと思いますし、カーボンニュートラルも無理じゃないかと思います。
一方でIOWNはあくまで「構想」であって、具体的な技術実装ではありませんから、その構想の一部について個別技術が解決していくことになるでしょう。
例えば、成層圏、宇宙、公海などの超広域カバレッジはすでに(NTTのサービスではありませんが)イーロン・マスクのスターリンクが低軌道衛星ネットワークで実現していて、NTTもNTN(非地上系ネットワーク)などで追従するはずです。
冒頭の問いへの答えとしては、「IOWNは具体的な技術ではなく構想ですが、そこで採用される個別技術が必ず高速な通信を実現するでしょう」が適切と思います。

