当代随一の読書家として知られる楠木建・一橋ビジネススクール特任教授が「100年以上前の著作だが、著者の問題意識は今でも通用する。なぜなら、人間社会の本質が当時とまったく変わっていないから」と称賛する名著『 簡素な生き方 』(シャルル・ヴァグネル著)は、何を説いているのか。『経営読書記録 裏』(楠木建著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。
「自分に関わりのあること」に専念する
本書が意味する「簡素」は「豪奢」(ごうしゃ)の対語ではありません。複雑で不安定であることの対語として簡素という言葉を使っています。100年以上前、1895年の著作ですが、著者の問題意識は今でも通用します。人間社会の本質が当時とまったく変わっていないからです。
朝から晩までどこへ行こうと、忙しそうで、イライラしていて、心配そうな人に出会うでしょう。ある人は政治的ないがみ合いに巻き込まれてかっかしています。ある人は、文学や芸術の世界の卑劣なやり方や嫉妬に嫌気がさしています。商売における競争は眠りを妨げますし、やるべきことがあまりに多い研究プログラムや忙しすぎる仕事も、若い人たちの生活を台なしにしています。労働者階級は絶え間ない産業競争の影響をもろに受けます。政治家の威厳がなくなりつつあるので、政界で働くのは不愉快なことになり、教師への尊敬の念が減っているので、教えることもちっとも楽しくありません。どこへ目を向けても、不満の種ばかりです。
人間はもっと自立して、生きるために必要なものを求めて競争することもなくなる。生活はシンプルになり、誰もが高い徳を持つようになる――祖先がそう考えたのにもかかわらず、(当時の)現代人は自分の境遇に不満を覚え、物質的要求に振り回され、未来への不安にとらわれている。情報があふれているにもかかわらず、真実を知ることが難しくなっている。これはなぜか、というのが著者の問題意識です。
「小人閑居して不善を為す」と「衣食足りて礼節を知る」の分水嶺のどちら側に転がるかで人間は大別できる。これが僕の年来の考えです。このテーマは著者の議論にもそのまま当てはまります。おカネがあればあるほど必要なものが増え、持っているものが多いほど持っていないものへの執着に心がかき乱されるという矛盾。「小人閑居して不善を為す」の典型的な成り行きです。
無益に生きることから人間を守るものが道徳であるとする著者は、道徳という心の掟(おきて)に従って生活するということが大事であり、自分の望みや行動が心の掟と一致している状態を「簡素」と定義しています。この規律が失われると、複雑で不安定な生活になる。
自分は前より幸せだと感じない限り、人間は仲良く平和に暮らしていくことはできない。善とは自分自身の外にある何かを愛する能力にある。一瞬の輝きなど大した意味を持たない。新しいもの、珍しいものは決して長続きせず、凡庸なものほど長く続く。人間は信頼という糧で生きている――著者の教え諭すところにはいちいち納得するのですが、特に勉強になったのは、身近な人たちに対する単純な義務を果たすことが簡素な生活をもたらすという一節です。
地平線の彼方(かなた)にある素晴らしいものばかりに目を奪われて、「人類」や「社会福祉」や「遠くの不幸」にばかり情熱を注ぎ、すぐそばにある人々や問題には目もくれない。ここに人間の弱さがある。自分に関わりのあることに専念しろ、というのが著者のメッセージです。宗教家にして教育者でもある著者の境地には達しようもないのですが、それでも少しでも善く生きようという気にさせられます。
本来は価値がないものまで商品になる
ヴァグネルはおカネに対して持つべき姿勢についても厳しく論じています。生き方を複雑にしてしまう根本にはおカネがある。おカネは「商品」と対を成している。商品がなければおカネも存在しない。ところが、本来は価値がないようなものまで商品になってしまう。これが人生を複雑で不安なものにする。
著者が批判するのは、おカネそのものではなく、カネ儲(もう)けに毒された精神です。「おカネがあればなんでも手に入る」という前提で、「これでどれぐらい儲かるだろう」を基準に仕事をする。この2つの行動原理が世の中をおぞましいものにする――。
仕事をして報酬を受け取るというのは当然の行為です。しかし、仕事をしている間、報酬のことしか頭にないのはダメ。「これでどれぐらい儲かるだろう」を基準に仕事をすると、結局のところ大した仕事ができないからです。おカネにしか興味がないと、儲けが減らなければ仕事の手を抜くという行為に走ります。仕事能力を継続的に磨くことはできません。
僕はわりとおカネがキライではありません。むしろわりとスキな方でして、仕事である以上は対価をいただくということを原則にしています。ただし、仕事に価値がなければおカネをいただくことはできません。目的と結果を混同してはならない。仕事で価値を提供できた結果としてカネが入る。「これでどれぐらい儲かるだろう」とばかりにカネを目的に仕事をしてはいけない――肝に銘じたいと思います。
大切なことは、あえて言葉にしない
『簡素な生き方』を読んで反省させられたのは、「言葉の力に頼るな」という著者の主張です。日常生活においても公的生活においても、言葉に凝るのはよろしくない。シンプルで穏やかで控えめな言葉で十分、というのが著者の考えです。「最良のものは自分の奥底にある」という節でこのように言っています。
善のために作用する力は目に見えないままです。私たち一人ひとりの人生においても同じことが言えます。私たちが持っている最良のものは他人には伝えられず、私たち自身の奥深いところに埋められているのです。私たちの存在の根っこと絡み合っている感情がエネルギッシュであればあるほど、感情はこれ見よがしに外に出ようなどとはしません。(中略)自分自身の奥底に、神だけが知っている内なる世界を持っていることは言葉では語りつくせないひそやかな喜びです。
世の中にある最良のものは人に知られていないものであり、それを口にしただけでたちまち最良ではなくなる、とまで言い切っています。イメージで言えば高倉健の世界です。
自分の考えを言語化することを仕事にしている僕は、言葉の力を過大視する傾向があります。自分の考えを伝えたいがために、これでもかこれでもかとくどくど書くスタイルが身についています(読者からも、お前の文章はくどいと批判を受けることが多々ある)。言葉を控えめにし、言葉に対してもっと謙虚でなければならないという気になりました。
いちばん大切なことはあえて言葉にしない。それでも伝わる。それが究極の言語化なのだと思います。僕の芸風と能力からして相当に難しいことですが、このことをいつも頭の片隅に置いておこうと思いました。
「紹介されている本を読むよりも面白い」と評される、楠木建氏の書評を網羅した珠玉の書籍解説集。経営書から教養書まで、縦横無尽に語り尽くす。「今すぐに読みたくなる本」と出合える1冊。
楠木建著/日本経済新聞出版/2090円(税込み)

