米グーグルや米アマゾン・ドット・コムなどの先進企業に限らず、近年、日本企業でも「ビジネスに、経済学を活用する」取り組みが進んでいます。経済学は、ビジネスにどのように役に立つのでしょうか。そして、各社は何のために、どのような形で経済学を取り入れているのでしょうか。すでに経済学をビジネスに取り入れ、成果を上げている企業への取材を基に経済学の活用法を収録した新刊『 あの会社はなぜ、経済学を使うのか? 先進企業5社の事例でわかる「ビジネスの確実性と再現性を上げる」方法 』(日経BP)の著者・今井誠氏が、起業家でエンジェル投資家の成田修造氏をゲストに迎え、経済学がビジネスにもたらし得る可能性を考えます。前編は、「経済学がビジネスに与えるメリット」について。
アップル、アマゾン、グーグルが経済学を使う理由
成田修造氏(以下、成田):米国には、自社内に研究所を持っていたり、大学とうまく連携したりして、経済学も含めた多分野の専門知識をビジネスに取り入れている企業が多いですよね。
グーグルやアマゾン・ドット・コムの社内に多分野の研究者が常駐しているのもそうですが、例えばアップルだと、「ユーザーインターフェースについてはこの大学」「データサイエンスについてはこの大学」という具合に、分野ごとに強い大学と組んで、現場の人たちと研究者たちが常に議論してビジネス課題を解決するというアプローチをとっています。
今井誠(以下、今井):ビジネスへの向き合い方が、多くの日本企業とは根本的に違いますよね。米国企業のほうが、積極的に最先端の学問研究を生かそうという意欲がある。
成田:学問研究を生かすということには、「理論を理解すること」と「理論を実装すること」の2つの面があって、冒頭で名前を挙げた米国企業はその両輪をうまく回しているイメージですよね。
成田:翻って日本の大企業、特に伝統産業に従事しているような企業は、すでに長い歴史の中でビジネスを確立させているから、理論を理解していなくても、力業の実装力で何とかしてしまっているところがあるように見えます。特段、考えなくても、それなりにできてしまう。
今井:ただ、日本はそのやり方で、ずいぶん前から頭打ちになってしまっています。なのに、残念ながらまだ、経済学という理論がビジネスに役立つんだということがあまり知られていない。あるいは、役に立つんじゃないかと気づいてはいても、どう役立てるのかという具体的なアクションにまで結びついていない。
理論を知らないままに実装力、そして現場の力でどうにかしようとし続けていることが、日米の経済成長の差にもつながっているんじゃないかと思います。
データ分析でなぜ会社が迷走してしまうのか
成田:僕も一応、大学では経済学専攻だったんですけど、社会に出てからビジネス界の人たちと話していると、経済学の基礎がない人が本当に多い。経済学部出身者も多いはずなのに、ほとんどの人が生かせていないのではないかと感じてしまいます。
統計の考え方を理解していなかったり、そもそも「因果」と「相関」の違いすら分かっていなかったり。経済学では、「これとこれは因果関係にある」と断定するまでには緻密なプロセスを踏みますが、ビジネスではそうではないですよね。もっともらしくデータを分析して進めているようで、「結局、それは単なる相関だよね」ということが結構あると思うんです。
今井:データがたまってきたがゆえに起こる問題ですね。本人たちはデータを基に客観的な意思決定をしているつもりでも、そのデータも分析も中途半端で、実はほとんど何も分かっていなかったりする。それでトンチンカンなことをやってしまう。
成田:例えば正しい分析方法を理解している人が社内にいないために、誰かが何となく「指標Aと売り上げはつながっているに違いない」と決めつけて、「売り上げを伸ばすために指標Aを伸ばそう!」と大号令をかける。いわゆるKPI(重要業績評価指標)を、最終的な目標のずっと手前の指標に設定して、「指標Aを伸ばせば、こうなって、こうなって、こうなって、売り上げが伸びるはずだ」と信じているわけです。
でも実際にやってみたら、「確かに指標Aは伸びたし、指標Aと売り上げは一部は相関しているかもしれないけど、狙い通りの売り上げアップにはつながっていない」ということに後で気づく。こうした大きなロスは、僕が以前、勤めていた会社で実際に起こっていたことなんですけど、同じような実例は、日本中あちこちに見られるのではないでしょうか。
意思決定をするときにすでに間違っているのに、そうと気づけないから、一生懸命やった挙げ句に「あれ? 結局、目標達成できてなくない?」となる。本当は、決める時点で専門的な知見を入れなくちゃいけないんですよね。
今井:決める時点で間違っていることに気づけない。気づけないから正せない。正せないから的外れな施策に労力を割くことになる。
この悪循環を断つには、何度か失敗して大きな損害を出すぐらいの経験をするしかないのかもしれません。といっても、そもそも「相関」と「因果」の違いが分からないほどのレベルだと、失敗しても、なぜ失敗したかには気づけないと思うので、そこでも経済学の基礎知識を頭に入れておくことは重要なのですが。
経済学のビジネス活用を事例から学ぶメリットとは
成田:「どこに経済学が使えそうか」「この施策は経済学的に筋がいいのだろうか」というセンサーを働かせるという意味では、経済学を取り入れている企業の実例を知っておいたほうがいいですよね。
新刊『あの会社はなぜ、経済学を使うのか?』で今井さんが取材されているサイバーエージェントやSansan(サンサン)は、経済学を用いていることがある程度知られていますが、具体的にどんなふうに使われているのかは知らない方も多いのではないかと思います。
今井:その2社に加えて、今回、AppBrew(アップブリュー)、デューデリ&ディール、デロイト トーマツに取材をしました。「自社内に研究者が常駐する企業」から「社員それぞれが学んで自分の仕事に取り入れている企業」まで、幅を意識しています。
成田:業種や企業規模はさまざまだし、BtoBのサービスを展開している企業もあればBtoCのサービスを展開している企業もあるしで、いろんな企業の参考になりそうですよね。
日本の伝統産業に従事するような大企業は、経済学との親和性だったり、取り入れやすさだったりという点で、実際のところはどうなんでしょう。長い歴史があり、データもかなり蓄積されていることもあって、実は経済学を使いやすいんじゃないかと思うんですが。
今井:私は今、エコノミクスデザインという経済学のビジネス活用を推進する会社を経営していますが、実際、大企業や伝統産業の方が相談に来られた場合は、何かしら彼ら彼女らのビジネスに役立つ学知(学問知識)が見つかるケースがほとんどです。
今井:ただ、すでに経済学を取り入れて成果を上げている企業のまねをしようにも、やはり多くの企業では、「まず何をしたらいいのかが分からない」ということなんだと思います。どこかの会社が先に実践して道を示してくれたら、2社目、3社目として後に続くのは比較的ハードルが低いんですけど、最初の実例になるのが難しいんですよね。ちょっとずつ大企業でも、学知のビジネス活用の動きは始まってはいますが。
成田:日本の大企業、そして伝統産業に経済学がどれだけ入っていけるのかというのは、これから大事になってきそうですね。
「今、本質的に何を解決すべきなのか」を明確にしたり、その解決すべき課題について適切なツールを選定し、提供したりすることができる経済学の専門家が企業に入り込んで、いわば「専門知をまたいだシナジー」を生んでいくこと。これから、こういう取り組みが進んでいくといいと思います。
今井:そうですね。多くのビジネスパーソンが現場で抱えている課題は複雑に入り組んでいるので、ビジネスパーソンが自分で勉強して、「この課題を解決するために学知を使おう」と思っても、現実的に「使える学知」をひもとき理解して実装するには、それなりのスキルが必要です。
根本的な課題を解決していくためには、やっぱり複数の研究者が切磋琢磨(せっさたくま)したりタッグを組んだりしながら、課題をどう解決していったらいいのかを共同で考える必要がありますね。実際、エコノミクスデザインでも、伝統産業の大企業の1つの案件に6人とか8人の経済学者が入っているケースがあります。
成田:その6人とか8人というのは、全員、違う研究分野なんですか?
今井:分野でいうと3〜4分野ですね。同じ分野の研究者が2人、入る場合もありますが、それは1つのことを見るときに、その見方で合っているかどうかを互いに確認したり、一緒に考えて結論を出したりするためです。
成田:そういう協力の仕方は、純粋な学問研究からはなかなか生まれなさそうです。おもしろいですね。
ChatGPTが日常業務にもたらす「客観」視点
成田:他社の事例を知るだけでなくて、今の自分たちの業務を棚卸しして、どこに学知を使えるだろうかと考えてみることも重要ですよね。もし今、経済学の基礎がなくて自分たちだけでは皆目見当がつかないのなら、例えばChatGPTに今の業務フローを全部流し込んで、「この中で経済学を使えそうなポイントを挙げて」みたいな指示をするのも手じゃないかと思うんです。
今井:確かに、いろいろ書き出してくれそうですね。もし的外れな答えしかしてこなくても、教えれば生成AIは学習しますし。
成田:たとえ間違っていても、ChatGPTはあくまでも専門家に相談するヒントを得るため、いわば、きっかけづくりにすぎないので特に問題ないでしょう。
自分では見えていなかった観点がいくつか得られたら、専門家に相談する道が開かれます。つてをたどって経済学者に相談しに行くとか、エコノミクスデザインみたいな会社の門をたたくとか、いくつかのパターンが見えてくる。その先で、「これは使える」という話になるかもしれないし、「これは使えない」という話になるかもしれない。それは学んでいけばいい。
今井:日々、何となく行っている業務に対して、客観的な視点を取り入れる、ということですね。
成田:そうした癖づけをしていくと、現場レベルでは確実に効果が上がると思います。
こういう感じで、「自分たちのやっているビジネスが、実は経済学を使ったら、もっとうまくできるんじゃないか」と思うことからスタートするという発想を、もっとみんなが持ったらいいですよね。
今井:経済学的な知見を持ち合わせていないために「経済学で解決できるかもしれない課題」に気づけず、気づけないから「専門家の門をたたく」という発想も生まれない。この機会損失の流れを断つためにAIを活用していくわけですね。
経済学者がコンサルタントになる時代
成田:大前研一さん以降、日本でも「経営コンサルタント」はすごく浸透したじゃないですか。要するに「経営学の専門家に経営戦略を相談する」というのは文化として発達してきた。これまでは米国と比べて日本では、経済学の地位が低かったのかもしれませんが、それも今では少しずつ変わってきていると思います。そう考えると、「経済学の専門家に、経済学によるビジネス課題解決を相談する」というのも、これから発達していくチャンスがあるかもしれないですね。
今井:経済学者がコンサルタント的な役割を果たすということですね。
成田:はい。特に、今井さんのエコノミクスデザインみたいな会社が、研究者の窓口として機能を果たしているような、あらゆる企業がアクセスできる外部研究所みたいな形をとるというのも、効果的な一つのアプローチだと思います。
今井:日本だと、そういう形じゃないと経済学のビジネス活用は現実的に進みづらいと思っています。それには理由が2つあって、1つは、日本は研究者の層が薄いため、米国企業のようにそれぞれの企業が多分野にわたる研究者を抱えるのは厳しいこと。そしてもう1つは、米国には経済学の博士号を持っている経営者が少なくない一方、日本の企業のマネジメント層には、ほとんどそれが見られないことがあると思います。
今井:ここ20年ほどで「企業がデータを蓄積する」というのが安価にできるようになりました。その変化が急激すぎたために、「データを活用するための基礎知識を持ち合わせていないマネジメント層」と「それなりにたくさん集積してしまったデータ」を企業が持て余しているというのが現状ではないでしょうか。
成田:確かにそれはあると思います。いってみれば、もはや研究分野の境界線が溶けちゃっているんですよね。マクロもミクロも、経営学も経済学も、ぐちゃぐちゃに溶け合って、総合格闘技みたいになってきている。
だから、業種を問わず、あらゆる日本企業は自らをアップデートして、その流れにキャッチアップしていかないといけません。グローバルに見ると、すでに追いつけないくらいの差が生じているようにも見えますが、今、アップデートとキャッチアップをしないと、ますます後れをとって、ますます追いつけなくなっていく可能性が高いでしょう。
今井:まず知らないことをちょっと探ってみるだけでよくて、そんなに深掘りする必要はないんです。深いところはプロに聞けばいい。
成田:それくらい柔軟に考えて、いきなり気軽に専門家に連絡できる経路はなかったとしても、本を読む、ChatGPTに聞くといったことで、いったん自分でかみ砕いていれば、いざ専門家の門をたたいたとしても門前払いにはされなさそうですね。
<後編に続く>
(構成=福島結実子、写真=尾関祐治、撮影場所=LINKs)
今井誠著/日経BP/1870円(税込み)



