中国の軍備拡大、北朝鮮の核開発、ロシアのウクライナ侵略--。日本の安全保障環境は風雲急を告げています。ともに1982年生まれの気鋭の軍事研究者、小泉悠さんと山口亮さんが、今から10年後、2030年代の戦争を見通す『2030年の戦争』(日経プレミアシリーズ)。本書からの抜粋第2回は戦争を遂行する国家力について。軍事力の大小とは別に、国家はどこまで戦争の消耗に耐えられるかという基準(損害受忍度)がある。その意味で、日本には戦争を耐え抜く体力がない。限られたリソースを使って、私たちは何のために、何を備えるべきかを考えなければならない。
戦う体力が足りない日本
小泉悠さん(以下、小泉) ロシアにはもともと「効率が悪いなら数で補う」という発想があります。これも1つの解決法です。ロシアの兵学には「長期の戦争を続けるには数と体力が必要。だから、さまざまな予備力を持っておく」という考え方が根強くあります。
軍事科学アカデミー総裁だったマフムート・ガレーエフが、著書『もし明日、戦争になったら?』(邦訳なし)で述べていることなんかは典型です。とにかく数と、どれだけ犠牲を出しても戦い続ける国民的覚悟が必要である。徴兵制を維持して有事に動員できる予備兵力を確保し、かつ国防意識を涵養(かんよう)しておくのが大事なんだと言います。精密攻撃能力至上主義者であるウラジミール・スリプチェンコ少将は彼の部下でしたので、折り合いは悪かったみたいですが(笑)。
今回の戦争では、ロシアは勝てていませんが、負けてもいません。ロシアはウクライナに対し政治的なプレッシャーをかけ続けています。何がこの状況を支えているかというと、ロシア社会の中に軍隊経験者がいて、彼らを比較的短期間で兵力にすることができたからです。そういう兵士たちもどんどん死んでいきますが、そのことをロシアはあまり気にせずに済んでいます。
国内ではメディアが統制されていますし、徴兵されている囚人や貧しい人たちは社会的発言権に乏しいので、政権を揺るがされる心配が少ないためです。加えてロシアは国防費を平時の4倍にまで引き上げており、兵器や弾薬の生産を大幅に増やしています。
軍事力の大小とは別に、国家はどこまで戦争の消耗に耐えられるかという基準(損害受忍度)があります。その意味ではロシアは消耗に強い国(損害受忍度の大きな国)です。
また、ロシアは戦争に次第に適応していきました。最初はまったくダメでしたが、火力の運用や空軍やドローンとの連携もうまくなってきました。負けないでさえいれば、人間は状況に適応していきます。ロシアにこうした体力があるのは恐ろしいことです。
ひるがえって、日本にはそうした体力はあるでしょうか。兵士や戦車の質が今ひとつだとしても、次々と投入できるというのは、バカにできません。日本には予備力がなく、国家が戦い続けるための分母は非常に小さい。だから徴兵制をしくべきというのは短絡的ですが、我々にも戦い続ける能力があることをきちんと見せないと、抑止の信憑(しんぴょう)性が損なわれかねません。せめて装備品や弾薬の予備は充実させないといけないでしょう。
山口亮さん(以下、山口) 「量」、英語で言う「mass」が重要であることは、私も同意します。でもあくまで1つの要素です。質が伴っていなければ意味はありません。
小泉 日本のように最初から量に制限のある国はそうだと思います。国によって準備すべきことは異なるでしょう。国防計画的にはどう考えるのですか?
山口 どの国でもリソースは限られます。米国も日本も北朝鮮も同じです。そのリソースをいかに効率的に使い、身の丈に合った戦力を整えられるかが肝心です。国防計画において重要なのは、起こり得るシナリオに効果的、効率的に対処する即応力を整えることです。
小泉 そのためには最終的に軍事力で何をしたいのかという、グランドデザインの問題にもなってきますね。
山口 何のために戦うのか、目的は何か、何によって戦うのか、どの戦争のために備えるのかということですね。
小泉 日本の場合、グランドデザインが唯一である必要はありません。北朝鮮のミサイルと中国の軍備増大があり、優先順位は下がりますが、ロシアもいて、少なくとも3つの脅威が存在します。そこからどうやって連立方程式を解き、効率性を追求するのか。対北朝鮮抑止のための最適効率と、対中国抑止のための最適効率は異なるでしょうから。
相手国と自国の強み・弱みを総合的に分析
山口 防衛研究所の高橋杉雄氏が著書『 現代戦略論 』(並木書房)で強調したように、戦略そのものより、「戦略立案のプロセス」を整えることが大切です。国防計画においてまず重要なのは、ネットアセスメント(総合戦略評価)です。ネットアセスメントとは、対立関係にある2国の即応力の強みと弱みを、総合的な視点から分析する手法です。
そして国防計画はシナリオプランニングから始まります。防衛の基本は、起こり得るあらゆる事態を想定し、事前に対策を講じること。しかし、星の数ほどあるシナリオすべての対策を講じようとしてもきりがないので、絞らなくてはなりません。これは単に分析する労力の問題ではなく、無駄な戦力・資源配分を避けるためでもあります。最悪のシナリオの蓋然性が必ずしも高いわけではないので、最も起こりそうなシナリオを中心に、即応力と作戦において何が求められるのかを考えます。
小泉 どのシナリオの可能性が高いのかは、どうやって判断するんですか。
山口 私が大学院や職場で先生や先輩にたたき込まれたのは、マトリックスを使う方法です。一般的なものは、X軸とY軸を引き、シナリオ1、シナリオ2、シナリオ3、シナリオ4を作ります。例えば、安定度に基づき、X軸を朝鮮半島情勢、Y軸を台湾海峡情勢とします(図参照)。
すると、シナリオ1だと両地域が安定ですが、両地域とも不安定なシナリオ4の場合、「ダブル有事」が発生する可能性が高くなる。シナリオ2、3だと朝鮮半島・台湾海峡のどちらかで有事が発生することになります。
ただ、これらはかなり漠然としています。実際にはグラデーションがあり、それぞれのシナリオを細分化させていきます。また例えば、Z軸を東シナ海(南西諸島)として、3次元のマトリックスを作ることもできます。
次に、マトリックスで描いた主なシナリオを、ウォーゲーム(緊急事態と作戦行動を再現して行う机上演習)で検証します。ウォーゲームには、部隊を動かして作戦をシミュレーションするボードゲームみたいなものや、意思決定を照らし合わせ議論するものなど、いろいろな形式のバリエーションがあります。
どの形式でも、現実的に決断し行動を取ることが鉄則ですが、少しオーバーに動いたほうが、起こり得るあらゆる展開が見えたり、自分の作戦や行動を試したりすることができます。
写真/稲垣純也
小泉悠、山口亮著/日本経済新聞出版/990円(税込み)


