中国の軍備拡大、北朝鮮の核開発、ロシアのウクライナ侵略--。日本の安全保障環境は風雲急を告げています。ともに1982年生まれの気鋭の軍事研究者、小泉悠さんと山口亮さんが、今から10年後、2030年代の戦争を見通す『2030年の戦争』(日経プレミアシリーズ)。本書からの抜粋第5回は、有事に対する私たちの対応と準備について。もし、北朝鮮や中国から弾道ミサイルが飛んできたらどうなるのか。実際、Jアラートが鳴ったら私たちは何をすればいいのだろうか。
大文字の安全保障、小文字の安全保障
小泉悠さん(以下、小泉) 宮古島に宮古駐屯地を設置するとき、弾薬庫に何を入れておくのかに関して、防衛省が地元に不正確な説明をしたことがあります。防衛省は小銃弾と迫撃砲弾しか入れないと言いました。しかし、陸上自衛隊の普通科中隊が来るわけだから、当然中距離多目的ミサイルなども置くはず。
端的に言って、自衛隊が噓をついていると思いました。私は宮古警備隊の編成完結式に参加したのですが、施設の栅の外にたくさんの反対派がいました。完結式の地元側あいさつでも厳しい発言がありました。これでは「あなた方を守るために自衛隊が来た」と言われても信用できないでしょう。
また、日本政府は陸上配備型の弾道ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」を秋田県に導入しようとしましたが、地元の反対世論が高まり断念しました。この問題以降、私は「大文字の安全保障」と「小文字の安全保障」があると思うようになりました。
大文字の安全保障とは、日本国全体が守られているかどうかという話です。その過程でたとえ1万人の住民が死んでも日本国は揺らぎません。東日本大震災で2万人の方が亡くなりましたが、日本全体としては機能していました。だから、大文字の安全保障においては1万人、2万人は許容範囲なのです。
ところが、小文字の安全保障というのは、一人ひとりの命の問題です。普通の人は、こちら側で物事を考えているはずです。自分自身と家族はどうなるのか。それに配慮しない、大文字だけの安全保障の話は空回りします。かといって小文字の安全保障だけだと、日本全体の安全保障の話はできません。小文字と大文字の2つを同時に見ていかないと、まともな安全保障の議論にはならないのですが、どうしてもどちらかに偏りがちですね。
山口亮さん(以下、山口) まずは国と自治体の連携が不可欠です。最近では多少改善してきましたが、まだまだです。特に地方だと、自治体は自然災害に集中し、防衛や安全保障問題に関する意識や理解が足りていません。「これは政府の問題だ」とか「敏感すぎる」と敬遠されがちですし、市民と考える機会も少ないです。安全保障上の脅威は、すべての国民に直接的間接的に影響を及ぼすことを知る必要があります。
小泉 自衛隊の方面隊司令や師団長のカウンターパートは県知事や県庁です。このレベルの責任者同士の関係は構築できているのでしょう。しかし、有事になれば、自衛隊員はまず戦うことが主務であり、住民保護だけをしているわけではありません。その辺りも正直に話し合う必要があると思います。
山口 自然災害についての避難訓練はどこでも行われていますが、有事を想定した避難訓練や教育はほとんどありません。私は最近、自分の地元、長野県のメディアなどで安全保障問題について語る機会をいただいていますが、よく質問されるのが、地域への影響と自治体や市民がとるべき対応です。
もしJアラートが鳴ったら
小泉 例えば、もしJアラート(全国瞬時警報システム)が鳴ったら、我々はどうしたらいいのですか?
山口 Jアラートが出た時点で、屋外にいるか屋内にいるかで、とるべき行動が異なります。ミサイルが着弾したら、衝撃波、熱風、爆風、破片だけでなく、化学物質を含む危険物などによる被害を避けることが重要です。外にいたら、まずは近くの建物(できれば頑丈な建物)か地下に避難する。屋内にいたら窓から離れる。近くに建物がない場合は物陰に身を隠すか、地面に伏せて頭部を守る。
Jアラートが運用されてから20年近くたっていますが、課題は多い。まず、情報伝達の精度と速度。現在では、衛星やレーダーでミサイルの発射を探知し、防衛省、内閣官房、警察庁、消防、自治体や電話会社へと情報が伝達されます。これでも発令の流れがかなり速まったほうです。
例えば北朝鮮から我が国にミサイルが発射された場合、着弾するまで何分もかかりませんから、避難する時間は限られています。発令の流れを早めることができても、今度は探知と軌道の計算精度が下がってしまうかもしれません。
有事に関する知識・訓練が足りない
山口 国民の有事に関する知識も足りません。自然災害に関しては子供の頃から教育や訓練を受けていますが、防衛上の緊急事態に関しては周知徹底されていません。武力攻撃事態対処法や国民保護法なども制定され、前進した部分もあります。それでも、市民レベルでは防衛に関する意識と備えがまだ低いと感じます。これには、都道府県や市町村レベルでもっと取り組む必要があると思います。有事の際にはどのような被害があり、どのような行動を取るべきかなど、基本的な知識を広めることが大切です。
小泉 逆に言えば、それは幸せなことでもあります。防衛についてあまり関心を持たなくても大丈夫な世の中を維持することが、安全保障政策の究極の目的だと思います。しかし、もうそうは言っていられないのも現実です。
山口 避難は何かが起きてからの対策ですが、それ以前に重要なのは、安全保障や有事が国民一人ひとりの生命や生活に大きな影響、被害を及ぼすという知識と意識が重要です。
シンガポールでは、「心理、社会、経済、民事、軍事、デジタル」の6つの分野を柱とした「トータル・ディフェンス」という考え方があります。これに基づいて軍・警察・消防などの政府機関や自治体、市民が参加する訓練が定期的に実施されています。
政府や自治体は常に安全保障の情報を発信し、市民もチェックする。これは有事における「自助・共助・公助」につながりますし、防災と同様、安全保障の教育や訓練を行うことによって、国民をもっとうまく守れるようになるでしょう。
写真/稲垣純也
小泉悠、山口亮著/日本経済新聞出版/990円(税込み)


