マクロ経済学の景気循環理論と対をなすのが経済成長理論である。「経済学の書棚」第16回後編は、経済成長理論の基礎と応用を学べる『入門・日本の経済成長』と、経済成長理論や景気循環理論にかなりのページを割いて解説する定評のある教科書『マクロ経済学 第2版』、経済学界の動向を概観し、マクロ経済学のあり方を問い直す『経済学の認識論』を取り上げる。
前編
「最先端のマクロ経済学研究から『景気変動』の原因に迫る1冊」
成長理論の基礎と応用を平易に解説
マクロ経済学の中で、景気循環理論と対をなすのが経済成長理論である。マクロ経済は景気循環を繰り返しながら経済成長を続けるという共通認識が根底にある。
明治大学教授の平口良司著『 入門・日本の経済成長 』(日本経済新聞出版/2022年11月刊)は経済成長理論の基礎と応用を学べる概説書だ。
第1部「経済が成長するとはどういうことか」は5章で構成。「経済成長とは何か」(第1章)、「生産を決める主要因:労働・資本・生産性」(第2章)、「国内総生産のとらえ方」(第3章)と題する各章で、経済成長を理解するための基本概念を平易に解説。経済学の基礎知識がなくても読み進められるように工夫している。
「生産と生産要素との関係:生産関数」(第4章)、「成長の経済理論」(第5章)では、生産関数、限界生産物(の逓減)、成長会計、成長方程式といった経済学の基礎理論を紹介している。
第2部の各章では、人口の変化、人的資本の蓄積、生産性の上昇、所得格差の拡大が経済成長に与える影響をそれぞれ分析し、経済成長率を高めるためには何が必要なのかを導き出している。
第3部は日本の経済成長がテーマ。戦後日本の経済成長の軌跡を描いたうえで、少子高齢化、子どもの貧困、政府債務、地球環境問題など日本が抱える長期的な諸課題と解決策を示している。政務債務に関しては、日本財政の破綻リスクの存在が経済政策に不確実性をもたらし、企業が投資や研究開発に慎重になる結果、経済成長を阻害すると結論付ける研究に言及。国債発行を早期に縮小し、政府支出と税収を見合ったものにする必要があると主張している。
マクロ経済学の体系を学びたい場合には、教科書を手に取るのが近道だ。マクロ経済学の教科書は数多くあり、良書も多い。そんな中の一冊が、二神孝一、堀敬一著『 マクロ経済学 第2版 』(有斐閣/2017年4月刊)。大学院入学レベルの教科書として定評があり、今回のテーマである経済成長理論や景気循環理論にもかなりのページを割いて詳しく解説している。
大学院入学レベルのマクロ経済学の教科書
第Ⅰ部「基礎」、第Ⅱ部「長期の経済理論」、第Ⅲ部「短期の経済理論」、第Ⅳ部「経済政策と応用」の4部構成。経済成長理論は第Ⅱ部に、景気循環理論は第Ⅳ部に登場する。
実質国内総生産(GDP)は、ある国の住人の「豊かさ」を表す指標だ。その国の豊かさや生活水準を評価するのであれば、GDPは国民1人当たりの金額で表されるべきだとの見方を示し、どうして国によって経済格差が存在するのかを解明するのが成長理論だと説明している。
第8章で、経済学界の主流である新古典派の成長理論を代表する、ロバート・ソローによる「ソロー・モデル」の基礎を解説。資本と労働を生産要素とする生産関数を使い、多期間にわたる経済成長の軌跡を描写している。新古典派成長理論では、経済成長率を決める技術進歩は外生的に決まるとみるため、経済政策が経済成長に関与する余地がないという結論になる。
これに対し、なぜ企業の生産性や技術が向上するのかを、企業や労働者の行動に着目して説明するのが、第9章の「内生的成長モデル」だ。資本の蓄積よりも技術革新のほうが経済成長への寄与が大きいと考えて企業の研究開発に焦点を当てる研究と、資本の役割が大きいとみて資本の限界生産性が逓減しない仕組みを解明する研究に大別できるという。
第15章では「実物的景気循環」(RBC)理論、第16章では「ニューケインジアン」(NK)理論を取り上げている。
RBC理論では、家計や企業は合理的期待に基づき最適な行動を選択する/家計は実質賃金率(時間当たり実質賃金)を考慮して労働供給を決定する/市場は完全競争的で「市場の失敗」は存在しない/実質GDP変動の原因は実物的で持続的なショックである、という仮定を置いて議論を展開する。
RBC理論は景気循環の分析手法の基礎を提供した点で重要な貢献があったが、完全競争市場を前提とする議論には限界がある。NK理論は市場の不完全性、名目価格の粘着性に着目し、RBC理論にミクロ経済学の視点からの分析を加えていると解説している。
最後に、近年の経済学界の動向を概観し、マクロ経済学のあり方を問い直す書にも触れておきたい。ロベール・ボワイエ氏は『 経済学の認識論 理論は歴史の娘である 』(山田鋭夫訳/藤原書店/2022年9月刊)で、RBCに端を発する新古典派マクロ経済学を厳しく批判する。ボワイエ氏は制度や歴史が経済に与える影響を重視する「レギュラシオン学派」と呼ばれる学派を代表する研究者である。
同書によると、新古典派マクロ経済学は代表的主体の存在、行動と期待の合理性、構造的に安定的な均衡という3つの前提を置くが、この前提の下では、危機はあり得ないことになる。このため、2008年のリーマン・ショック以降の異例の軌道についてマクロ経済学者は仰天し理解不能になった。ある市場経済に属するという事実は、制度的、法的、政治的な文脈などにまったく関係のない一般的な属性を意味しているとされるが、この仮説は観察事実の総体によってはまったく立証されえない、と糾弾する。
新古典派マクロ経済学は堅固な核を形成しているが、共通の理論にはなっていないとボワイエ氏は断じる。研究者たちはさまざまな因果関係やメカニズムを明らかにし、市場経済の安定性の条件を決定するツールを豊富にしてきたが、一個の統合モデルのうちに結合しようとしないからだ。
乱立する研究者のコミュニティ
多数の研究プログラムが乱立する背景には、経済学者の「認識コミュニティ」の存在がある。経済学者はコミュニティの仲間によって認知されねばならず、各種の研究プログラムは専門化する各種コミュニティごとの溜まり場としての役割を担っている。「こうした進歩を概念や方法の首尾一貫した総体へと統合すべく努める経済学者は、どこにいるのだろうか」と問いかける。
近年のデータ分析の隆盛にも目を向ける。パネルデータ分析は多くの場合、市場メカニズムを強化すると経済効率が高まることを示す。理論の技術へのこうした逆転は、事実上、新自由主義的な世界観の援軍になる。経済学を観察と反証に基づく科学にするよう要請する面もあるが、データだけを強調すると概念分析や理論研究の重要性を過小評価することになりかねないと警戒している。
経済学者のコミュニティは長期停滞、ゼロ金利やマイナス金利からの脱出、気候変動、所得や富の不平等といった現代の諸問題をほとんど理解できないでいる。一般均衡モデルは経済学者にとって都合のよい仮説だが、政策立案者にとっては危険な仮説であると非難する。
「経済理論は合理性原理の娘ではない」
ボワイエ氏によると、社会を異なった諸過程の接合として分析するのは発見に役立ち、大いなる妥当性がある。ある時は、諸過程が経済の中長期的な回復力を保証するために結合し、またある時は不均衡がある領域から他の領域へ伝達され、構造的な安定性の喪失、つまり大危機へと至る。だからこそ、ある特定の経済が特定の時期に立ち向かう重要問題を考慮に入れたモデルを展開することが大切だと強調する。「経済理論は歴史の娘であり、拡張された合理性原理の娘ではない」と述べ、マクロ経済学の見直しを求めている。
新古典派マクロ経済学は、伝統的なケインズ経済学に代わって経済学界の中心に位置し続けている。ボワイエ氏が言うように「経済理論は歴史の娘」だとすれば、個々の理論が現代の複雑な経済構造を解明し、諸問題の解決策を提示できるのか、予断を持たずに見極めるしかない。
写真/スタジオキャスパー
コロナ収束を見越した「経済成長」の議論が活発になってきた。日本の事例も読み解く分かりやすい入門書。これからの経済成長のエンジンは何なのか。気鋭の学者が語る。教育、環境などのテーマがどのように成長に結び付くのかが分かる1冊。
平口良司著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)




