EBPM(Evidence Based Policy Making=証拠に基づく政策形成)の実現が欠かせない――。多くの経済学者たちはこう主張し、実践に取り組んでいるが、期待通りには進んでいない。そもそもEBPMとは何を指し、なぜ必要なのかという基礎から、内外の実例を紹介する『EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践』と、衰退を打開するためには地域政策にEBPMの考え方を広く導入する必要があると説く『地域データ分析入門』を紹介する。

「経済学の書棚」連載第7回は、EBPM(Evidence Based Policy Making=証拠に基づく政策形成)について紹介した5冊
「経済学の書棚」連載第7回は、EBPM(Evidence Based Policy Making=証拠に基づく政策形成)について紹介した5冊
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EBPMが不可欠な理由

 限られた財源を有効に活用するためにはEBPMの実現が欠かせない――。国内外の多くの経済学者たちはこう主張し、実践に取り組んでいるものの、期待通りには進んでいないとの声も多い。日本ではEBPMの実現に向けた関係者の合意形成さえ難しいのが現実だ。

 そもそもEBPMとは何を指し、なぜ必要なのかという基礎から説き起こし、米国や英国、日本での実例を紹介する概説書の決定版が、大竹文雄・内山融・小林庸平編著『 EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践 』(日本経済新聞出版/2022年12月刊)だ。

『EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践』(大竹文雄・内山融・小林庸平編著)。EBPMを真に政策決定に根付かせるために、研究者・実務家が結集し、理論、手法、国内外の実践例を総覧した1冊
『EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践』(大竹文雄・内山融・小林庸平編著)。EBPMを真に政策決定に根付かせるために、研究者・実務家が結集し、理論、手法、国内外の実践例を総覧した1冊
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 同書はこんな趣旨の問題提起から始まる。

 従来の政策形成では、経済学をはじめとする社会科学に基づく分析は必ずしも重視されてこなかった。ともすれば政策立案者の直感に頼ったり、関係者の要求に応えたりする形で政策が決まってきた。

 しかし、少子高齢化や人口減少、国の財政逼迫といった課題に直面するなかで、政策資源をできる限り有効に利用し、費用対効果の高い政策を実現する必要性が増している。実証実験などの科学的な手法に基づいて政策の選択肢を比べたり、政府が保有する公的統計を活用して政策の影響を予測したりする姿勢が求められるようになった。適切な手法を活用した政策評価による質の高いエビデンス(証拠)の創出と、エビデンスに基づく政策立案が不可欠だ。

 これに続き、「EBPMとは何か」と題する第1章では、エビデンス、因果推論、ロジックモデルといった基本概念や具体的な手順を詳しく解説。さらに、EBPMの先進国とされる米国の連邦政府、州政府、地方政府のケーススタディ(第5章)、英国の現状と日本への示唆(第6章)、国際開発の分野で急速にEBPMが進展してきた背景(第7章)を説明している。

 後半の章では日本の現状を、教育、環境・エネルギーといった分野別に取り上げているほか、地域の具体例として広島県の取り組みを紹介している。

自治体で広がる「ナッジ」の活用

 EBPMを推進する手法として注目を集めている「ナッジ」の理論と実践に焦点を当てたのも同書の特徴だ。

 ナッジとは、ひじなどでそっと押して人々の注意を引いたり前に進めたりする行為を指す。特定の決断や行動をするようにそっと説得・奨励する行為を意味する言葉だ。行政の現場では、市民を直接、突くわけではないため、「そっと後押しする」という訳を使っている。

 ナッジを活用すると人々の行動を変えられると指摘したのは、2017年に行動経済学への貢献でノーベル経済学賞を受賞した米シカゴ大学のリチャード・セイラー教授である。行動経済学の中核概念の一つであるナッジは、公共政策をはじめ様々な領域で応用が進んできた。

 ナッジとEBPMは親和性が高いとみられているのは、ナッジが人々の行動に関する科学的知見を根拠にしているためだ。ナッジは総じてちょっとした仕掛けで実施できる場合が多く、ランダム化比較試験(RCT)などによる効果の検証も容易だ。行政の側から見ると、大規模な予算をかけずに実行し、かつ効果の検証もしやすいナッジは魅力ある手法だ。

 2019年、横浜市がナッジを公共政策に活用しようとする組織である「ナッジ・ユニット」を設立すると、岡山県、北海道、香川県、兵庫県尼崎市、茨城県つくば市などに広がった。同書では横浜市の事例を中心にこうした自治体の動きを取り上げている。

 地域の衰退に歯止めをかけ、活力を取り戻すためにはどんな地域政策が望ましいのか。日本の自治体は知恵を絞っているが、日本全体を見ると、あまり大きな効果は生まれていない。そんな現状を打開するには地域政策にEBPMの考え方をもっと広く導入する必要があると説くのは、林宜嗣・林亮輔編著『 地域データ分析入門 すぐに役立つEBPM実践ガイドブック 』(日本評論社/2021年12月刊)だ。

『地域データ分析入門 すぐに役立つEBPM実践ガイドブック』(林宜嗣・林亮輔編著)。地域問題の解決を目指し、科学的根拠に基づいて地域の現状・課題・政策効果を「見える化」するスキルを身に付ける
『地域データ分析入門 すぐに役立つEBPM実践ガイドブック』(林宜嗣・林亮輔編著)。地域問題の解決を目指し、科学的根拠に基づいて地域の現状・課題・政策効果を「見える化」するスキルを身に付ける
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抽象的になりがちな地域おこしの目標

 同書によると、日本の地域政策の特徴は「総花的で網羅的」であり、行政評価の必要性が叫ばれながらも政策形成と予算編成に十分に生かされているとはいえない。問題発生の原因とメカニズムを十分に分析しないままに、例えば、商店街がシャッター通りになっているという現状認識から一気に最終目標を目指そうとする傾向がある。最終目標は「にぎわいのあるまちづくり」、「安全で安心できるまちづくり」といった抽象的な内容になりがちで、事業評価は困難となり、効果のある戦略を立てられない。

 厳しい地域の現状を改善するため、地域政策に役立つデータ分析の手法を体系的に習得できる本を出版してほしいという声に応え、同書を発刊するに至ったという。地域政策に関連するデータの種類、入手方法、データの見方と使い方、データを使った回帰分析の方法など、データ分析の流れを把握しやすい構成だ。

 地域政策の策定に役立つ分析手法として、SWOT分析の進め方も詳しく解説している。SWOT分析とは、強み(Strengths)、弱み(Weaknesses)、機会(Opportunities)、脅威(Threats)の4つの視点から状況を把握・評価する手法。自然、歴史遺産・建築物、観光地としてのブランド力、インフラなど分析対象の「内部環境」を構成する要素を強みと弱み、個人所得の増加、近隣地域の集客力の強化といった「外部環境」を構成する要素を機会と脅威に分類する。

 SWOT分析は回帰分析のようなデータを使った計量的な分析手法ではなく、計量的な手法を利用する手掛かりを提供したり、データ分析から得られた情報を整理したりするのに役立つ。現状と課題を漏れなく、重複がないように整理し、戦略の焦点を絞り込んで問題の解決策を効率よく導き出せるという。

 最後のパートでは、兵庫県の観光を俎上(そじょう)に載せ、SWOT分析を試みている。観光地としてみた場合の兵庫県の強みと弱み、機会と脅威を明確にし、どのように観光戦略を立てればよいのかを指南している。

(後編へ続く)

理論、手法、国内外の実践例を総覧

EBPMの基本的な概念や手法について解説した上で、米国・英国といった海外の事例や国内における実践例について具体的に解説。そもそもエビデンスとは何か、EBPMはどのような手順で進めればよいのか、モデルとなるような事例にはどのようなものがあるのか、有益で分かりやすい手掛かりを提供する。

大竹文雄、内山融、小林庸平編著/日本経済新聞出版/3960円(税込み)