ピケティ氏は『21世紀の資本』『資本とイデオロギー』と次々に大著に取り組む一方で、精力的に情報を発信し続けている。「経済学の書棚」第11回後編は、ピケティ氏の連載コラム(仏ル・モンド紙/2016年9月~2021年1月)を収録した『来たれ、新たな社会主義 世界を読む 2016-2021』と、ケ・ブランリ=ジャック・シラク美術館での講演原稿に基づく『自然、文化、そして不平等 国際比較と歴史の視点から』など3冊を紹介する。
前編 「
ピケティ氏の新たな大著『資本とイデオロギー』を読み解く
」
ル・モンド紙のコラムを収録
ピケティ氏は新著『 資本とイデオロギー 』(山形浩生、森本正史訳/みすず書房/2023年8月刊)で展開した議論を起点に、精力的に情報を発信し続けている。
『 来たれ、新たな社会主義 世界を読む 2016-2021 』(山本知子、佐藤明子訳/みすず書房/2022年4月刊)は、ピケティ氏の連載コラム(仏ル・モンド紙/2016年9月~2021年1月)を収録した書。コラム連載の意図について「ひとりの社会科学の研究者が、自らの象牙の塔と数千ページの著書から外の世界に踏み出し、あらゆるリスクを覚悟のうえで、市民生活と時事問題の核心に参加しようとする不完全な試み以外の何ものでもない」と記している。
同書を読むと、ピケティ氏が「参加型社会主義」の普遍性を確信し、構想を肉付けしていく姿が浮かび上がる。
最も不平等な国から平等な国に転換
『 自然、文化、そして不平等 国際比較と歴史の視点から 』(村井章子訳/文藝春秋/2023年7月刊)は、ケ・ブランリ=ジャック・シラク美術館(パリ)での講演(2022年3月18日)の原稿を加筆訂正して完成させた本である。
ピケティ氏は講演の冒頭で、不平等の構造や度合いは社会によってまちまちであり、その違いには広い意味での文化、あるいは政治参加が大きな影響を与えているとの見方を示す。その一方、個人の能力や天然資源などの「自然」の要因が果たす役割は思うほど大きくないと主張し、スウェーデンの事例を取り上げている。
スウェーデンは世界で最も平等な国の一つとみなされているが、長い間、ヨーロッパで最も不平等な国の一つだった。1930年代に社会民主系の政党が政権をとり、国民の政治・社会参加の枠組みが定まる中で、この状況は急速に変わったという。スウェーデンには「生まれながらにして」平等を好む文化があるといった決定論的な考え方は誤りだと指摘する。
これに続いて世界の所得格差、資産格差とジェンダー格差の実態をデータで明らかにしている。ジェンダー格差の分析では、労働所得の合計に占める女性の労働所得の比率を指標とした。
自然破壊の問題にも触れている。自然破壊は不平等の問題と密接に結びついており、不平等を大幅に減らさない限り、地球温暖化に信頼性の高い解決をもたらすことは不可能だと訴える。二酸化炭素の排出には南北格差があり、一つの国の中でも格差が存在する。二酸化炭素の排出量を上位10%、中位40%、下位50%に分けると、排出量の下位50%はおおむね所得や資産の下位50%に対応するという。
脱市場化の拡大に期待
公的債務の問題も論じている。新型コロナウイルスの感染拡大に対応するため、各国政府は財政支出を増やし、公的債務が急増した。公的債務の背後には、社会的な対立や政治的な対立が隠されている。
単に金銭の再分配だけが福祉国家の仕事ではない。福祉国家の発展過程では、市場化から脱する動きを伴う。教育、健康・医療、年金、住宅、インフラといった分野の脱市場化がみられるのは、経済を市場や資本主義の論理の外でも十分に運営できることを示していると強調している。
「長期的には脱市場化のプロセスを継続し、より多くの分野に拡大すべきだ」「一国の経済活動のほぼ全部が脱市場化する可能性も否定しない」とも述べ、脱市場化に大きな期待を寄せている。
ピケティ氏を含む4人の論考を一冊の本にまとめた『 差別と資本主義 レイシズム・キャンセルカルチャー・ジェンダー不平等 』(尾上修悟ほか訳/明石書店/2023年6月刊)の第一章「人種差別の測定と差別の解消」はピケティ氏の論考(2022年11月刊)の邦訳だ。
人種やジェンダーを巡る差別や不平等は経済の不平等と結びついている。差別と闘うために、フランスと欧州は新しいモデルをつくり出せるかどうか、さらには超国家的で普遍的な新しいモデルをつくり出せるかと問いかけ、反差別政策を社会・経済政策のより一般的な枠組みに組み込むべきだと唱えている。
教育、公共サービス、労働の権利に対する平等は必要不可欠だが、残念ながら十分に満たされていないと苦言を呈す。フランスでは、恵まれた社会階層出身の生徒は、正教員で経験豊富な教員にめぐり会う機会を、恵まれない階層出身の生徒よりもいっそう多く得られる。格差是正のシステムが逆方向に向かっているのだ。
差別を監視する機関の設置を求める
フランスには差別を裏付ける様々な調査はあるが、テスト鑑定の書式が正確に同じではない。そこで、差別に関する国民的な監視機関を設置し、差別の実態を毎年、追跡調査するよう求めている。
国勢調査で両親の出身国に関する質問を続けるべきか、さらにもっと突っ込んだ質問をすべきか、といった具体策にも踏み込んでいる。
ピケティ氏は、一般的な差別、とりわけ反イスラムの差別に対して、若い世代が高齢の世代よりもはるかに感じ取ることができる点を明らかにする多数のアンケートの存在を挙げ、来たる数年また数十年の間に、前向きの変化が疑いなく現れるだろうと予想する。「そして苛(いら)立つ人々は結局、かれらの地位を失うことになるであろう。我々は、来たるべき世界に向けて準備することを急ごうではないか!」と締めくくっている。
最近のピケティ氏の論考はやや現実離れしていると感じる人が多いかもしれないが、フランスや欧州の現状を念頭に置いた論考が多い点には注意が必要だ。欧州と日本の違いを踏まえたうえでピケティ氏の著書に向き合えば、閉塞感が漂う日本にとっても参考になる論考を発見できるだろう。
「あらゆる市民の過去の歴史と体験、さらに理性に基づいた広範で集合的な熟議だけが、問題解決に向けた進歩をもたらせる」(『資本とイデオロギー』本文最終ページ)と唱えるピケティ氏の熱意を受け止める人が増えるのを期待したい。
写真/スタジオキャスパー



