2024年は宇沢弘文氏(東京大学名誉教授)の没後10年に当たる。宇沢氏は社会への問題提起のみならず教育にも情熱を注いだ。「経済学の書棚」第24回後編は、「人間・宇沢弘文」の実像に迫る『人間の経済』、宇沢氏の教え子の岩井克人氏が日本経済新聞に寄稿した追悼文を収録した『資本主義の中で生きるということ』、同じく教え子の松島斉氏がサステナビリティ(持続可能性)の視点から、伝統的な経済学の方法論や経済学教育の見直しを求めた『サステナビリティの経済哲学』を取り上げる。

前編 「宇沢弘文の経済学 『社会的共通資本』を知るための3冊」

2024年は宇沢弘文氏(東京大学名誉教授)の没後10年に当たる。「経済学の書棚」第24回は、同氏が「社会的共通資本」の大切さを訴えるために一般読者向けに執筆した著書や、その真意を知る位置にいた学者による著書などを紹介する
2024年は宇沢弘文氏(東京大学名誉教授)の没後10年に当たる。「経済学の書棚」第24回は、同氏が「社会的共通資本」の大切さを訴えるために一般読者向けに執筆した著書や、その真意を知る位置にいた学者による著書などを紹介する
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宇沢氏の興味深いエピソード

 『 人間の経済 』(新潮新書/2017年4月刊)は宇沢弘文氏の講演やインタビューなどをまとめた本。同氏は2011年3月11日の東日本大震災の10日後に倒れる直前まで、同書の出版に向けて編集者と打ち合わせを繰り返していた。内容・構成については了解していたが、体調を崩した後は著者として細部にわたる校正作業はできなかった。このため、その後の経済状況の変化への言及はないが、社会的共通資本という考え方とその役割は、現代社会において今なお重要であると考え、刊行することにしたと新潮新書編集部は説明している。

『人間の経済』(宇沢弘文著)。宇沢弘文氏の講演やインタビューなどをまとめた本。社会的共通資本の研究を始めたきっかけなど、興味深いエピソードが盛り込まれており、「人間・宇沢弘文」の実像に迫ることができる。画像クリックでAmazonページへ
『人間の経済』(宇沢弘文著)。宇沢弘文氏の講演やインタビューなどをまとめた本。社会的共通資本の研究を始めたきっかけなど、興味深いエピソードが盛り込まれており、「人間・宇沢弘文」の実像に迫ることができる。画像クリックでAmazonページへ

 同書には、若き日の思い出、米シカゴ大学での出来事、社会的共通資本の研究を始めたきっかけなど、興味深いエピソードが盛り込まれており、「人間・宇沢弘文」の実像に迫ることができる。

 例えば、「教育とリベラリズム」の章では、旧制一高の恩師である安倍能成氏が占領軍の将校に英語で「ここは聖なる場所であり、占領という世俗的な目的のためには使わせない」と宣告した場面に居合わせた経験を振り返っている。

 先祖が残した貴重な遺産をできるかぎり吸収して次世代に残すのが大学や学校なのだという意思の表明であり、「社会的共通資本としての教育」という考え方が芽生えた原点だったと回想する。

デューイが唱えたリベラル教育が理想

 19世紀後半から20世紀にかけて米国で活躍した哲学者、ジョン・デューイが唱えたリベラルな教育を理想とし、全寮制の中高一貫の6年制学校をつくろうとしたことなども披露している。

 宇沢氏は制度主義の経済学者、ソースティン・ヴェブレンと並び、デューイの思想から多くを学んだ。同書では、デューイが唱えた「教育の三大原則」を紹介し、福沢諭吉との共通点の多さにも触れている。

 社会的共通資本の研究を始める契機となった出来事は2つある。1956年、世界銀行から日本の道路調査のために派遣された調査団の研究助手を務めた宇沢氏は「日本のために全国どこでも自動車が通れるようにすべきだ」という結論ありきの調査に憤った。住民が道路建設の中止を訴えても、調査団に気をつかう建設省(現・国土交通省)の担当者は聞く耳を持たなかったという。

人生観を変えた水俣訪問

 1970年、熊本県の水俣を初めて訪れたときに胎児性水俣病の患者に接し、母親の悲しみを知って衝撃を受けた。「高度経済成長の陰の部分を直視させられた経験は、それまでの経済学に対する私の考え方を根本からくつがえし、人生観まで変えたと言っても過言ではない」。こうした経験を胸に、社会的共通資本という概念を深めていった。

 教育に情熱を注いだ同氏は多くの経済学者に影響を与えた。東京大学名誉教授の岩井克人氏はその一人だ。新聞や雑誌への寄稿、インタビューや講演録などを収録した『 資本主義の中で生きるということ 』(筑摩書房/2024年9月刊)には、日本経済新聞に寄稿した追悼文(2014年9月28日付)が収録されている。

『資本主義の中で生きるということ』(岩井克人著)。恩師・宇沢弘文氏の問題意識を受け継ぎ、新古典派理論と対峙し続けてきた岩井氏の格闘の記録として読むこともできる。画像クリックでAmazonページへ
『資本主義の中で生きるということ』(岩井克人著)。恩師・宇沢弘文氏の問題意識を受け継ぎ、新古典派理論と対峙し続けてきた岩井氏の格闘の記録として読むこともできる。画像クリックでAmazonページへ

 追悼文によると、宇沢氏は東大赴任後、大学紛争の影響で講義ができなくなり、若手向けのセミナーを日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)の設備投資研究所で開いた。メンバーは主に助手や大学院生だったが、大学院志望の学部生も加わり、岩井氏もその一人だった。

酒席で知った宇沢氏の「心」

 セミナーの後は必ず東京・新宿歌舞伎町の飲み屋に繰り出した。岩井氏は、世界最先端の数理経済学者として仰ぎ見ていた宇沢氏の「心」が別のところにあることを知った。このときすでに新古典派からの脱却を試みていたという。

 岩井氏はその後、米国に留学した。1981年に帰国し、恩師と再会した。社会的共通資本の研究に取り組んでいることを知り、この概念自体には新しさがないと感じたが、本人もそんなことは承知のうえで、市民をいかに動かすかという社会的な実践を優先していたとの見方を示している。

 『資本主義の中で生きるということ』には、新古典派経済学を乗り越える理論構築に取り組んできた岩井氏の論考が詰まっている。恩師の問題意識を受け継ぎ、新古典派理論と対峙し続けてきた格闘の記録として読むこともできるだろう。

 東京大学教授の松島斉著『 サステナビリティの経済哲学 』(岩波新書/2024年8月刊)はサステナビリティ(持続可能性)の視点から、伝統的な経済学の方法論や経済学教育の見直しを求める書だ。

『サステナビリティの経済哲学』(松島斉著)。サステナビリティ(持続可能性)の視点から、伝統的な経済学の方法論や経済学教育の見直しを求める書。画像クリックでAmazonページへ
『サステナビリティの経済哲学』(松島斉著)。サステナビリティ(持続可能性)の視点から、伝統的な経済学の方法論や経済学教育の見直しを求める書。画像クリックでAmazonページへ

 松島氏は1980年頃、東大の経済学部生として宇沢弘文ゼミに参加した。宇沢氏は数理経済学などで多大な学術的貢献がある国際的なスーパースターであるが、その評価において社会的共通資本が果たす役割は非常に小さく、しかも宇沢氏は社会的共通資本の提唱を通じて既存の経済学を激しく批判していた。松島氏は「私は当時、感銘と憧れと困惑が入り混じった、なんとも割り切れない感情に振り回されていた」と率直につづっている。

 松島氏は学者への道を歩むが、社会的共通資本を追究していくと学術業績を積んでいくことが難しくなると判断し、将来的には社会的共通資本に役立ちそうな研究テーマとしてゲーム理論と情報の経済学を選んだという。

 同書では、倫理的な経済主体が市場を通じてサステナビリティのための社会的責任を果たせる社会システムを「新しい資本主義」、気候変動への対応や生物多様性の保全などに関する国際交渉の手続きの方法を開発する国際システムを「新しい社会主義」と命名し、両システムが共生する世界を構想している。

サステナビリティ経済学の先駆者

 最終章では社会的共通資本を取り上げている。サステナビリティを経済学の中心的な問題と捉え、体系化の必要性を説いた最初の経済学者の一人は宇沢氏であるとしたうえで、先駆者としてもっと評価されるべきだと主張する。

 社会的共通資本とは、「全ての人々がゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置」であり、通常の経済学に見られるような、外部性のない私的財を中心とした最適配分の考え方では捉えきれない要素をたくさん含んでいると高く評価している。

 ただ、社会的共通資本は、広範囲のサステナビリティに関する問題領域を念頭に置いているものの、具体的な目標や取り組みのための枠組みを提供してはいないという。社会的共通資本の維持管理のためにどのような制度を考えるべきか、その制度設計にどのように取り組めばよいのかについても具体的なガイドラインを示さなかったと指摘している。

 宇沢氏の没後、社会的共通資本はますます荒廃しているように見える。同氏の問題提起を踏まえ、各部門を早急にどのように立て直すべきか。残された私たちは重い責務を負っている。

写真/スタジオキャスパー