政治や経済、社会の構造を変えるための思考法や手法を提案し、将来の世代に何を残すべきかを論じる。それがフューチャー・デザイン(FD)だ。「経済学の書棚」第25回前編は、その方法論を日本に根付かせた出発点といえる西條辰義氏らによる『フューチャー・デザイン 七世代先を見据えた社会』と、その研究と実践を概観できる決定版『フューチャー・デザイン』を紹介する。

「経済学の書棚」第25回では、過去、現在と未来をつなぐ「世代」という概念を軸に、政治や経済、社会の構造を変えるための思考法や手法を提案し、将来の世代に何を残すべきかを論じた本を紹介する
「経済学の書棚」第25回では、過去、現在と未来をつなぐ「世代」という概念を軸に、政治や経済、社会の構造を変えるための思考法や手法を提案し、将来の世代に何を残すべきかを論じた本を紹介する
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イロコイ・インディアンの「7世代思考」

 頻発する自然災害、生物多様性の喪失など、環境破壊の影響が急速に広がっている。このままでは人類を含む生命体の存続が脅かされると訴える著作は多い。今回は過去、現在と未来をつなぐ「世代」という概念を軸に、政治や経済、社会の構造を変えるための思考法や手法を提案し、将来の世代に何を残すべきかを論じた本を紹介する。

 西條辰義編著『 フューチャー・デザイン 七世代先を見据えた社会 』(勁草書房/2015年4月刊)は、フューチャー・デザイン(FD)と呼ばれる方法論を日本に根付かせた西條氏の出発点といえる書だ。

『フューチャー・デザイン 七世代先を見据えた社会』(西條辰義編著)。フューチャー・デザイン(FD)と呼ばれる方法論を日本に根付かせた西條氏の出発点といえる書。画像クリックでAmazonページへ
『フューチャー・デザイン 七世代先を見据えた社会』(西條辰義編著)。フューチャー・デザイン(FD)と呼ばれる方法論を日本に根付かせた西條氏の出発点といえる書。画像クリックでAmazonページへ

 同氏がFDのアイデアに引き付けられたきっかけは2012年の米マサチューセッツ工科大学でのセミナーだ。セミナー後の夕食会で、現在の意思決定が将来世代に多大な影響を及ぼすような問題について、そもそも将来世代は存在しないので彼らと交渉できないという話題になったところ、ある人が米国のイロコイ・インディアンは7世代後の人々になりきって彼らの視点で今の意思決定をすると紹介した。

 7世代後とは自分の直系の子孫ではなく、自己の血縁の系列では想像のできない世界を指す。「仮想将来世代」を現代につくるのだ。

 こうした発想を参考に、将来世代を考慮に入れ、様々な変動からレジリエントな(復元力のある、耐性のある)制度を考案する手法がFDである。

 同書では、FDのワークショップに参加したメンバーが、将来省の設置、科学技術イノベーション政策、水・大気環境問題、都市づくり・まちづくり、日本の財政などのテーマ別に今後の研究計画を表明している。

市場と民主制が将来世代の資源を奪う

 西條氏によると、ヒトは自己の生存確率を高めるために、過去のいやなことは忘れ、今の快楽を追い求め、将来を楽観的に考えるように進化した可能性が大きい。そして、20世紀から今世紀にかけ、ヒトの楽観性と結びついて将来世代の資源を惜しみなく奪っているのが市場と民主制だ。市場は将来世代の財や資源を徹底的に奪う装置であり、民主制は将来世代の損得を勘案しない制度だ。こうした現状に歯止めをかけるために、FDでは、将来世代に「なりきる」人々の集団を形成し、現役世代と交渉する。

 FDが普及し、憲法に将来世代が明示され、「将来基本法」が制定されれば、将来省や将来課のような組織がデザインされる。多くの大学で将来学部やその大学院が設立され、若者たちがそれらを目指す。将来学の研究者を目指す者や、将来省、将来課に職を得る者も現れる。そのような人々が羨望(せんぼう)され、尊敬される新たな社会の出現を期待したいと述べ、FDによる社会変革を訴えている。

 西條辰義・宮田晃碩・松葉類編『 フューチャー・デザインと哲学 世代を超えた対話 』(勁草書房/2021年10月刊)は、FDの取り組みを踏まえ、哲学の観点から議論を深め、発展させるために編集した本。

『フューチャー・デザインと哲学 世代を超えた対話』(西條辰義・宮田晃碩・松葉類編)。フューチャー・デザインの取り組みを踏まえ、哲学の観点から議論を深め、発展させるために編集した本。画像クリックでAmazonページへ
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 哲学者たちは将来ないし未来に関する思索と議論を重ねてきた。「将来に対して私たちはどのような責任を負うのか」、「責任を負うとすればそれは何に由来するものなのか」と問う「世代間倫理」の問題はその一つ。哲学とFDの「双方向的な探求の可能性」を探るのが同書の狙いだ。12人の研究者が全部で11の論考を寄せている。

メカニズム・デザインからフューチャー・デザインへ

 第1章「フューチャー・デザイン×哲学」では、議論の前提としてFDの特徴を確認する。西條氏のかつての専門は経済学の一分野であるゲーム理論を応用したメカニズム・デザイン。人々の考え方を与件(一定)と見なし、社会の仕組みを変えようとする試みだ。経済学には、社会の仕組みを与件(一定)と見なし、人々の行動を変えようとする行動経済学という分野もある。

 一方、FDは人々の考え方そのものを変革する社会の仕組みをデザインする。市場や民主制という社会の仕組みそのものが、人々の考え方を形作っているため、社会の仕組み、人々の考え方の双方を変えていく必要があると主張している。FDが提唱するのは、「将来可能性」という概念。「現在世代が自分の利益を差し置いても、将来世代の利益を優先する可能性」を指す。

 第2章以下では、マルティン・ハイデガーが唱えた「現存在」の概念、古代ギリシャの時間概念、ジョン・メイナード・ケインズが描いた未来像、「世代間倫理」という言葉を世に知らしめたハンス・ヨナスが展開した「将来世代への責任」を巡る議論、デイヴィッド・ヒュームが唱えた「共感」とアダム・スミスが重視した「同感」の比較など、多様な観点からFDを基礎づけようとしている。

人類存続への責任

 論考の一つを紹介しよう。将来世代への責任を論じる中で、ヨナスはテクノロジーが持つ「強制性」を指摘する。新しいテクノロジーが一度でも社会に実装されると、私たちはそのテクノロジーを発展させ、大きな規模で応用することを余儀なくされる。テクノロジーの社会実装においては、善意に基づく行為が、結局のところ最悪の結果をもたらす事態が想定される。その責任はもはや動機を根拠とした倫理学の原理によって説明することはできない。

 ヨナスは人間が担いうる様々な責任のなかで、最も優先度が高い責任として、人類の存続への責任を挙げる。この責任は、将来世代が責任能力を持つような存在として、自由で道徳的なあり方で存在することを義務付ける、と議論を展開する。このパートの著者である戸谷洋志氏は、ヨナスのいう将来世代への責任はFDの倫理学的な基礎づけに一つの示唆を与えるとの解釈を示している。

 FDの研究と実践を概観できる決定版が、西條辰義著『 フューチャー・デザイン 』(日本経済新聞出版/2024年7月刊)である。2015年に刊行した『フューチャー・デザイン 七世代先を見据えた社会』を「これからこんな研究をするぞ、というマニフェストであった」と位置づけ、それ以降の国内外での実験や実践を通じて得た知見を体系立てて紹介している。

『フューチャー・デザイン』(西條辰義著)。国内外でのフューチャー・デザインの実験や実践を通じて得た知見を体系立てて紹介した決定版。画像クリックでAmazonページへ
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 「フューチャー・デザインは何をめざすのか」(第2章)で、FDの基礎を解説し、教科書として使える構成になっている。著者の実体験や感想などが随所に盛り込まれており、読み物としても楽しめる。冒頭で著者自身が「本書の読み進め方」を解説しており、解説を参考にしながら、興味を持つパートを拾い読みしても良いだろう。

岩手県矢巾町の挑戦

 FDを実践してきた世界初の自治体として、岩手県矢巾(やはば)町の事例を詳しく取り上げている。水道事業を市民の目線で何とかしようとしている矢巾町の活動を紹介するテレビ番組を出張先のホテルで見た著者は感動し、若手の研究者を通じて共同研究を提案した。そうしてスタートしたのが、「矢巾町2060年のフューチャー・デザイン」(2015~16年)だった。

 バングラデシュにおけるフィールド実験、ネパールでの「アカウンタビリティ実験」など海外の事例も紹介している。アカウンタビリティ実験とは、意思決定の理由とアドバイスを次世代に残す試みである。

 著者が「ぜひ読んで欲しい」と強調するのが、「フューチャー・デザイン:実践の原則」(第10章)だ。

 2017年、矢巾町でFD実践の準備をしているとき、ある職員から「あなた方はうちの町でデータをとり、それで論文にするのが目的でしょ」とささやかれ、衝撃を受けた経験を披露している。論文もインセンティブの一つかもしれないが、本来の目的はFDの導入で町民の役に立ちたいということだった。実践の主役はFDを実践する人々や町民であり、研究者は「黒子」に徹すべきではないかとの思いから、FD実践の原則を真剣に考え始めたという。

研究者はサポーターに徹すべき

 情報公開、対等性、当事者、証拠に基づく手法選択、外部の目といったキーワードを柱とする原則を示している。例えば、「当事者」原則とは、FD実践のワークショップの準備や実施にあたって研究者はサポーターの役割に徹し、担当者が様々な意思決定をするという原則である。実践するのは担当者で、研究者が実践の場で何らかの役割を果たすことがあってはならない。FD実践のあらゆる局面で研究者が強制・誘導する場面があってはならないと訴えている。

 第14章「将来世代のしあわせ法と市民会議」では、FDを社会の仕組みの中に導入するうえで参考になる2つの流れを紹介している。

 1つ目は、イギリスの構成国の一つであるウェールズで2015年に制定された「将来世代のしあわせ法」。2つ目は、市民が政治的な決定をする市民会議。前者はトップ・ダウン型、後者はボトム・アップ型である。FDではトップ・ダウンかボトム・アップかにはこだわらず、2つの流れと連携する姿を思い描いている。

(後編に続く)

写真/スタジオキャスパー

将来世代が私たちに「ありがとう」と感謝したくなる社会

私たちは現世代の便利さと引き換えに将来世代に「脅威」を残し続けている。フューチャー・デザインとは、将来失敗を回避し可能性を最も発揮できるような社会の仕組みを現世代がデザインすること。その考え方から実践の原則、課題までを、第一人者が包括的に解説。

西條辰義著/日本経済新聞出版/4180円(税込み)