グローバリゼーションやダイバーシティの進展によって、リーダーのEQの重要性が増しています。どのような能力が必要なのでしょうか? 全世界でベストセラーになった 『EQ こころの知能指数』 (ダニエル・ゴールマン著/土屋京子訳/講談社+α文庫)を、ヒトラボジェイピー社長の永田稔さんが読み解きます。 『ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕』 (日本経済新聞出版)から抜粋。
グループ内の多様な感情を理解
職場をまとめ上げるリーダーにとって、EQの重要性が増しています。その背景にはグローバリゼーションや職場のダイバーシティの進展があります。多様な人々が参加する職場では、いかに人間関係や感情を処理してコントロールできるかが、組織の能力、全体のパフォーマンスに大きな影響を与えます。
現在必要なリーダーシップとは、多様な人材を、共通の目標に向かって能力を発揮できるように誘導し説得する能力のことです。連載第2回 「『EQ』が高い人はここが違う 重要な5つの能力」 で示したような「他者の感情を認識し共感し」「人間関係をうまく処理できる」ことが重要なのです。
例えば、リーダーがメンバーに評価を伝える際、共感能力を発揮して、相手の気持ちを推し量りながら伝えることが必要です。不適切な批評を行い、部下のやる気をなくしてしまうことは避けなければなりません。
「偏見」との闘いも欠かせません。「偏見」は皆の心に生まれ得るもので、行動に影響を与える感情の1つです。偏見によって不当に低い評価を下したりすると、職場のモラールが低下し、メンバーが能力を発揮しにくくなります。リーダーは偏見を容認しない風土をつくり、偏見に基づく行動を見逃さないよう徹底する必要があります。
リーダーとして必要なのは、グループ内にある多様な感情を理解し、恨みや妬み、怒りなど負の感情が生まれないようにすることです。メンバーの協力体制を作るため、皆の努力を認めてまとめ上げる、協力を促し衝突を避ける工夫をする、メンバーの立場になってものを見る、という力が必要になります。
このように、リーダーには個人の能力を高めるだけでなく、メンバーの感情を理解しながら、組織としての能力を最高度に発揮させる力が求められます。リーダーは高いEQ、つまり自制と共感力を発揮し、組織としてのIQ、「グループIQ」を高めることが求められているのです。
動機づけの重要性
A社のEQに関する勉強会は進み、「職場でのEQの重要性」について話は進みました(連載第3回 「『EQ』 最高のパフォーマンスを生む“フロー状態”とは?」 参照)。
講師が現在、職場に起きている変化について尋ねました。「現在、皆さんの職場ではどのような変化が起きていますか? 例えば、昔より働く相手が多様になったりしているのではないでしょうか?」
X課長が答えました。「そうです。うちの会社も近年ダイバーシティやグローバル化が進み、社内もだいぶ多様化が進んできました」
講師は尋ねました。「多様化によって何か変化はありましたか?」
X課長が答えました。「そうですね。多様な価値観を持つ社員が増えたことで、マネジメントが難しくなってきたと感じています。昔は、新卒、男性、正社員で長期雇用という同質的な集団で、似た価値観や会社に対する愛着心も同じような感情を持っていたと思うのですが、様々なバックグラウンドの社員が増え、働き方や会社との関係、仕事に対する姿勢もだいぶ変わってきたと思います。さらに、グローバル化が進むことで様々な文化を持った外国の方も入社しており、マネジメントが難しくなってきたと感じています」
「そうですね、今、日本では職場の多様化が急速に進んでいます。大きな流れとしては、Xさんが言われたようなグローバル化の進展がまず1つ。第2に、女性や高齢者の方々などをはじめとした多様な人材の本格的な職場での活躍、第3に雇用形態も含めた多様な働き方が広がってきたことが挙げられます。このように、職場での多様性が様々な方向で広がると、Xさんが感じておられるようなマネジメントの難しさが増すと思われます」
X課長が尋ねました。「マネジメントの難しさはなぜ高まっているのでしょうか?」
講師は続けました。「マネジメントをするにあたって、重要なポイントはいかに個々の従業員を会社の向かう方向に『方向づけ』、『動機づける』かということです。特に、『動機づけ』は従業員の感情に訴え、共感ややる気を引き出さなければなりません。多様化は、この動機づけの部分を難しくしているのです」
「もう少し詳しくお願いします」
「動機づけは、従業員の感情に訴えることが必要だと述べました。そのためには、まず感情の理解が必要です。ただ、様々な個性を持つ人が増えたことで、感情のありようも多様化しています。この多様な感情を理解するのが大きな難しさになっています。さらに、感情を理解した上で、やる気を高めるような働きかけが必要です。この働きかけも、当然、多様な手段が必要になっています。このように、職場の多様性が増すにつれ、皆さんに求められるEQも高度化しているといえるでしょう」
講師は続けました。「その中でも、特にグローバル化の進展は皆さんに必要となるEQのレベルをさらに引き上げます。皆さん、今、米国で『グローバル鬱(うつ)』という問題が起きているのをご存じですか?」
「グローバル鬱」を乗り越えるために
「グローバル鬱ですか? 聞いたことがありません」
「グローバル鬱というのは俗語ですが、現在、米国のビジネス界で問題になっているのは、米国人ビジネスリーダーの異文化への不適合です。米国企業も本格的にグローバル化を進めているのは日本と同じで、その過程で異文化環境の中で米国人リーダーがうまく適合できず、マネジメントに支障を来し、自信を喪失し米国に戻ってくるというケースです」
「米国人は多様な文化に慣れていると思っていたけど、それでもうまく適合できないのですね」
「そのようです。この問題は米国のビジネス界でも問題となり、なぜ異文化環境の中でも成功する人とそうでない人が分かれるのかという研究が行われました。その結果、分かったのは、異文化の中でのEQの重要性です。研究者により、『グローバルマインドセット』などと呼ばれています。異文化におけるEQの難しさは、感情の理解や感情への働きかけに加え、異文化の理解とその応用が必要になる点です。単に、異文化を知識として知るだけでは不十分なのです。
異なる文化がその文化圏にいる人たちの感情にどのような影響を与えているのか、そして、あなたの言葉や行動がどのように彼らに解釈され、どのような感情を喚起するのかを理解する必要があります」
メンバーの1人が応じました。
「そういえば、うちの会社の中期計画の中にも『グローバル人材の育成』という目標があるのを見ました。TOEIC何点以上を社員に課すという目標も見ました。自分はそんな高い点数がとれるかどうか不安ですが、今の話を聞いて、単に英会話や異文化の知識を持っているだけではグローバル人材になれないということが分かりました」
「おっしゃる通りです。真のグローバル人材とは、異文化の中でもEQを発揮できる人材です。難しく感じるかもしれませんが、まずはEQをきちんと高めていくことが基本になると思います。自制心と共感力を高め、皆さんもぜひ職場の多様化に適応できる人材、さらにはグローバル人材になっていただきたいと思います」
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