「エンジンは終わった」と叫ばれてきた中、日本車メーカーはエンジン技術の研究開発の手を止めなかった。電気自動車(EV)の課題が顕在化し、欧州や中国は再びエンジンに目を向け始める。本連載では新刊『エンジンの逆襲 中国EV突き放す日本の最強技術』をベースに、世界の最新の潮流とエンジンの未来を読み解く。トヨタ自動車やホンダなど7社の戦略、「マルチパスウェイ」の思想、超高効率エンジンや水素エンジン、中国の進化など次の50年も確実に残るエンジンの全貌を描く。その第10回。

三菱自動車が日産自動車にOEM供給する「ローグプラグインハイブリッド」(写真:日産自動車)
三菱自動車が日産自動車にOEM供給する「ローグプラグインハイブリッド」(写真:日産自動車)
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 三菱自動車のプラグインハイブリッド車(PHEV)を軸に据えた電動化戦略が実を結びつつある。日産自動車へのOEM(相手先ブランドによる生産)供給が始まった。主力の東南アジア諸国連合(ASEAN)ではPHEV技術を生かし、ハイブリッド車(HEV)を異例の短期間で投入する。エンジンも改良した。限られる開発資源を長年つぎ込んだPHEV技術の蓄積が役立つ局面が広がっている。

 2026年1月13日、日産の北米向け「ローグプラグインハイブリッド」を岡崎製作所(愛知県岡崎市)で生産開始したと発表した。ローグプラグインハイブリッドは三菱自の「アウトランダー」をベースに開発した車両だ。日産は北米市場でPHEVを投入しておらず、三菱自のPHEVに白羽の矢を立てた格好だ。三菱自にとっては日産にPHEV技術が認められたといえ、PHEVの生産台数を増やしてさらなる進化につなげる契機となるかもしれない。

HEVを短期間で刷新

 三菱自は電動車戦略の中核にこれまでPHEVを据えてきた。一方で主要市場であるASEANでは充電インフラや電力事情を背景にHEV需要が急速に高まっている。米調査会社S&P Global MobilityはASEANのHEV販売が2030年に約86万台となり、2025年の3.3倍に達すると見込む。世界のHEV市場は同期間で1.7倍になると見込んでおり、ASEANのHEV需要の伸びは世界を大きく上回る。

 三菱自はASEANの市場環境を踏まえてPHEV技術を応用したHEVの開発にかじを切った。2024年2月、多目的車(MPV)「エクスパンダー」に初採用した。エンジンで発電しモーターで走行するシリーズ方式を基本としつつ、高速走行時などにはエンジンとタイヤを直結できる構成が特徴だ。

 さらに2025年4月、タイで発売した小型多目的スポーツ車(SUV)「エクスフォース」に第2世代HEVを投入した。エクスパンダーでの導入からわずか1年2カ月という異例の短期間で、大幅な刷新に踏み切った。

「エクスフォース」。写真は試作車(写真:日経Automotive)
「エクスフォース」。写真は試作車(写真:日経Automotive)
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 短期間で改良を加えたのは長年のPHEV開発による知見の蓄積に加えて、タイなどでのHEVの使い方を分析し、多人数で乗車する高負荷時や高速走行時の燃費性能などに課題があることが分かったためという。三菱自はアイシンと協業して独自のHEV技術を開発した。エンジンとモーターの切り離しで摩擦式の湿式多板クラッチからかみ合い式のドグクラッチに切り替え、2段変速機能を新たに追加する。

 アイシンの変速機技術を活用し、短期間でドグクラッチや2段変速機能の採用などを実現した結果、燃費性能を2割高められた。三菱自の技術者は「高速走行と多人数乗車時の燃費を早く改善したかった」と話す。

 アイシンは駆動モーターとギアボックスを組み込んだ部品開発を担当した。三菱自とアイシンの主な開発拠点は愛知県にある。三菱自の技術者は「約30分で移動でき、いつでも対面での打ち合わせを入れられたため円滑に開発が進んだ」と振り返る。

 三菱自は新しいHEV技術を日本などASEAN以外での投入も見据える。技術者は「仕向け地は選ばない。日本でも受け入れられる」と話す。高速走行時の燃費を改善したことで欧州や北米市場にも受け入れられやすくなったとも見る。

 三菱自のHEV技術はシリーズパラレル方式だが、エンジンで発電しモーターを駆動するシリーズ方式を基にしていることが特徴だ。高速域とけん引時など高負荷域でエンジンとタイヤを直結するパラレル方式で駆動する。ホンダの「e:HEV(イーエイチイーブイ)」と似ている。三菱自の技術者は、街乗りなどモーター駆動の得意領域はシリーズ方式とし、苦手な部分はエンジン駆動に任せる考え方は「ホンダと一緒だ」と話す。

 電池容量は1.1kWhとした。PHEVやEVの開発で培った電池制御の技術を生かし、モーターだけの走行時は「他社のシステムより電池からの電力消費量が大きい」(三菱自の技術者)という。

 エンジンの排気量は1.6LでHEVのために専用設計し、熱効率は40%超を達成した。例えばモーターでウオーターポンプなどの補器類を駆動できるためVベルトを廃止し、摩擦損失を低減した。加えて吸気弁を早閉じするミラーサイクルを採用し、さらにボア×ストロークは75.0mm×90.0mmとロングストロークにしたことが熱効率向上に貢献した。圧縮比は従来の10.0から14.0に高めた。

HEVにドグクラッチを採用した理由

 エンジンをタイヤとつないだり切り離したりする湿式多板クラッチをドグクラッチに変えることで、エンジン駆動時の燃費性能を高めた。摩擦で力を伝える湿式多板に比べて、爪のかみ合いによるドグクラッチの伝達効率は高い。

変速機の断面構造。ドグクラッチでエンジンとタイヤの直結と切り離しをする(出所:アイシン、三菱自動車)
変速機の断面構造。ドグクラッチでエンジンとタイヤの直結と切り離しをする(出所:アイシン、三菱自動車)
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 湿式多板クラッチにはエンジンからの動力を伝えるクラッチ板と、タイヤに動力を伝えるクラッチハウジングの間に潤滑油層がある。油の粘性を利用することでクラッチ締結時の振動を抑え、滑らかなクラッチの切り替えを実現する。潤滑油中で使うためクラッチ板の寿命も延びる。ただ油の粘性抵抗によってクラッチ動作時の伝達損失が大きくなりやすい。さらに複数のクラッチ板と潤滑油を使うために構造が複雑になりコストもかかる。

 一方、ドグクラッチは爪の物理的なかみ合いで締結するため湿式多板クラッチの摩擦による伝達に比べて損失が小さくなる。構造が単純で小型化しやすい。ただ高速回転中に爪をかみ合わせるには回転速度を合わせる同期作業が必要で、ずれたままかみ合わせると大きな振動や音が発生してしまう。同期制御をうまくやらないと消費者のクレームなどにつながりかねない。

 三菱自は湿式多板クラッチのために開発した技術をドグクラッチに応用することで振動などが発生しない同期制御を実現したという。湿式多板クラッチではクラッチ板が滑らないように回転速度を厳密に合わせて締結する技術を開発していた。三菱自の技術者はドグクラッチの締結について「いつクラッチがつながったのか分からないレベル」と自信をのぞかせていた。

 ドグクラッチを採用したHEV技術には、アライアンスを組むルノーのものがある。大きな違いはドグクラッチが作動する頻度だ。ルノーの技術では駆動モーターを2速、エンジンを4速のギアに搭載し、それらをドグクラッチがつなぐ。構造が複雑で、加速するたびにドグクラッチをつないだり離したりする。

 一方で三菱自の技術はエンジンを直結するときだけドグクラッチを動作させる。三菱自の技術者は「頻度が少なくシンプルだ」と自社の優位性を強調する。

 エンジンとタイヤを直結する軸に2段変速機能を設けたことも今回のHEV技術の特徴だ。高速ギアは中高速域で、新たに設けた低速ギアは低速の高負荷域でつなぐ。従来は中高速域に対応したギアだけだった。

 登板路や多人数乗車時など高負荷の走行時に低速ギアを使う「パラレルロー」と呼ぶ走行モードを新たに設けた。従来はモーターで走行していた。

 高負荷時にモーターで走行すると、モーターやインバーター、電池の効率が下がりやすい。ASEANでよく見られる大人5人が乗車する場面で燃費性能を高める需要に応えた。三菱自は多人数乗車時においてモーター走行よりもエンジン走行の方が効率を高められると見た。

 高速走行時に従来のギアをそのまま使うと、十分なトルクを得られない。コストをかけて新たに低速ギアを用意し、エンジンの回転数を下げてトルクを高めた。三菱自の技術者は「エンジン回転数を下げられたことで燃費性能も上がる。音も静かになり車内の快適性まで向上した」と話し、コストをかけた以上の多くの利点があったという。

 高速ギアにつなぐときは加減速が少ない郊外路の一部や高速路で「モーター切り離し(Parallel Motor Disconnect)モード」を新たに設定した。従来はエンジンとモーターの両方で駆動していたが、高速巡航時にモーター駆動を活用すると効率を下げる要因になると分析した。モーター切り離しモードにより、エンジンとモーターをクラッチで切り離し、主にエンジンだけを高速ギアでつないで走らせることで燃費性能を向上させた。なお詳細は明かさないが高速巡航から加速するときは「発電機を使ってエンジンの駆動力を補助する」(三菱自の技術者)という。

 同じ技術者は「(新HEVを導入する)タイでは一般道でも多くのユーザーが高速で走行している」とし、中高速域の約6割を切り離しモードで走ると明かす。中高速域の燃費性能は約10%高まったという。

新たな走行モードを新設。モーター切り離しモードとパラレルローモードを新設した(出所:三菱自動車の資料を基に日経Automotiveが作成)
新たな走行モードを新設。モーター切り離しモードとパラレルローモードを新設した(出所:三菱自動車の資料を基に日経Automotiveが作成)
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日経クロステック 2026年1月22日付の記事を転載]

「エンジンは終わった」と叫ばれてきた中でも日本車メーカーはエンジン技術の研究開発の手を止めなかった。電気自動車(EV)の課題が顕在化し、欧州や中国は再びエンジンに目を向け始める。本書は世界の最新の潮流とエンジンの未来を読み解く。トヨタ自動車やホンダなど7社の戦略、「マルチパスウェイ」の思想、超高効率エンジンや水素エンジン、中国の進化など次の50年も確実に残るエンジンの現在と未来を詳説する。

伏木幹太郎著/日経BP/2420円(税込み)