「エンジンは終わった」と叫ばれてきた中、日本車メーカーはエンジン技術の研究開発の手を止めなかった。電気自動車(EV)の課題が顕在化し、欧州や中国は再びエンジンに目を向け始める。本連載では新刊『エンジンの逆襲 中国EV突き放す日本の最強技術』をベースに、世界の最新の潮流とエンジンの未来を読み解く。トヨタ自動車やホンダなど7社の戦略、「マルチパスウェイ」の思想、超高効率エンジンや水素エンジン、中国の進化など次の50年も確実に残るエンジンの全貌を描く。その第9回。
スズキはハイブリッド車(HEV)の全方位戦略にかじを切る。従来の低出力モーターを使ったパラレル方式に加えて、比較的高出力のシリーズ方式やシリーズパラレル方式の開発を進める。スズキの規模では異例だが、軽自動車から小型車、中型車までHEVやプラグインハイブリッド車(PHEV)を用意し、インドや日本、欧州などの環境規制に備える。電気自動車(EV)シフトの進展が緩やかになっており、今後しばらくHEVやPHEVが欠かせないと判断した。
「非化石エネルギーが十分に普及し切るまでは、HEVには確かな役割がある」。スズキ社長の鈴木俊宏氏は、HEVの全方位とも呼べる戦略を進める必要性を主張する。主力のインド市場における電動化の進展は緩やかで、HEVやPHEVの重要性が一層高まると見るからだ。インドで軽自動車クラスの小型車から中型車クラスまで手がけるスズキにとって、全車両の燃費性能を高めていくにはHEV方式の種類を増やすことが必要だと考えた。
スズキよりも規模の大きなホンダや日産自動車もHEVを重視する戦略に転換している。ただ日産はシリーズ方式、ホンダはシリーズパラレル方式に開発資源を集中している。スズキの規模で3方式を開発するのは異例だ。
スズキ取締役副社長技術統括の加藤勝弘氏は「数年前から複数の電動化技術の検討を進めていた」と明かし、地域ごとに異なる環境規制の対応にはシリーズHEVやPHEVが必要になると強調する。シリーズ方式はエンジンで発電してモーターを駆動する技術で、乗用車では日産やダイハツ工業がすでに量産している。スズキは後発になるが「(競合に比べて)コスト競争力を高められる」(同社の幹部)と自信をのぞかせた。
スズキはHEV技術として12V電源を使ったパラレル方式のものを量産している。今後48V電源を使ったHEV技術「スーパーエネチャージ(SEC)」を投入する計画だ。またトヨタ自動車の技術を備えた高出力のHEVもある。これらに加えてシリーズHEVやPHEVを新たに開発する。
複数のHEV技術の使い分けについては軽自動車に10k〜15kWのモーターを使ったスーパーエネチャージを主に採用する方針だ。一方で軽より出力の大きな中小型車では「48Vでは電流が大きくなりすぎて発熱の管理が難しくなってしまう」(加藤氏)という課題が生じる。高電圧のモーターを採用し電流を抑えて発熱管理をしやすくしたシリーズHEVやPHEVが必要になると説明する。
現時点ではシリーズ方式を開発しているが、将来的にはシリーズ方式を主に活用しながら高速走行時にクラッチを使ってエンジンとタイヤを直結するシリーズパラレル方式についても検討しているという。ホンダのHEVに近い方式と考えられ、スズキの加藤氏は「シリーズ方式の延長線上にある」と話し、技術的にはハードルが高くないと説明する。
HEVやPHEVのモーターやインバーターといった電動化技術の開発と並行してエンジン開発の手も緩めずに進めている。最近では2024年に世界戦略車「スイフト」から新しいガソリンエンジン「Z12E」を投入した。今後のスズキの電動化戦略を支えるエンジンに仕上げた。
排気量は1.2Lで従来の「K12C」と同じだが、4気筒から3気筒に減らすことで摩擦損失などを減らして熱効率を高めた。欧州の厳しい排ガス規制ユーロ7への対応を見据えたものだ。さらに多様なカーボンニュートラル燃料に対応する将来も想定する。スズキの幹部はZ12Eを「軽自動車から普通車まで水平展開していく」とし、主力エンジンに据える方針だ。
Z12Eでは3気筒に減らすことでロングストローク化した。ボア×ストロークはK12Cの73.0×74.2mmから74.0×92.8mmとし、ストローク/ボア比は1.25となった。一般的に1.0を超えるとロングストロークといわれている。
Z12Eの最大熱効率は40%に達した。3気筒に減らすと単気筒当たりの容積に対する表面積を小さくできる。燃焼室の壁面から熱が逃げにくくなり、熱効率を上げられる。また高速燃焼や高圧縮比化を実現したことも熱効率改善に寄与した。熱効率の高い運転領域も拡大できた。
バイオガスやバイオエタノールに対応
Z12Eはバイオ燃料や合成燃料など多様な燃料への対応も想定している。スズキの技術者は「Z12Eエンジンではバイオガスやバイオエタノールといった環境負荷が小さい燃料をうまく燃やす技術を追求していく」と話す。
特に同社の主力市場であるインドでは、バイオメタンガスを燃料に使う圧縮天然ガス(CNG)車が注目されている。スズキの幹部は「日本でもバイオ燃料への対応が話題になっている。CNGとともに対応できるエンジンが必要だ」と話す。
CNG車への対応技術はすでにZ12Eに導入している。インテークマニホールドにCNG用のインジェクターを備えたという。CNGに加えて、インドではガソリンにエタノールを20%混ぜた燃料「E20」の普及が進んでいる。Z12EはE20にも大きな仕様変更なく対応できるという。
エンジンの基本骨格をそろえつつ、燃料ごとにエンジンに使用する材料を変えることもできる。例えばエタノールのような腐食性や高分子材料への攻撃性が高い燃料には、壁面に腐食防止の処理を施したり、耐久性のより高い材料を使ったりする。
今後は開発中の簡易HEV技術「スーパーエネチャージ」にもZ12Eを適合させる。スズキの技術者は「エンジンの不得意な領域をモーター駆動で補いつつ、エンジンが得意とする領域ではさらに熱効率を磨く」という。
48V新HEV、コストと軽さ重視で機械式4WD
Z12Eと組み合わせる小型車用の新世代簡易HEV技術がスーパーエネチャージだ。汎用性を重視しており、多様なエンジンや駆動方式、変速機と組み合わせられる。スズキの幹部は「MT(手動変速機)やFR(前部エンジン・後輪駆動)でも組み合わせられるシステムにした」と明かす。
現在、スズキは12Vの簡易HEV技術「エネチャージ」を主軸に展開している。軽自動車用エネチャージは、エンジン出力が自然吸気(NA)で36kW、モーター出力が2kWである。ただ、スズキの幹部によると「将来的に少しモーター出力が足りなくなる」という。スーパーエネチャージでは電源電圧を48Vに引き上げ、モーターを高出力化する。
トヨタ自動車などの2モーター式の高出力HEVは、数百Vの電源電圧を使う。一方でスズキは小型車用でせいぜい10kW程度のモーターと組み合わせるため、スズキ幹部は「小型車向けであれば出力やコスト面で48Vが適切だ」と判断した。
従来のエネチャージはベルト駆動方式をとり、エンジンの外側にモーターを配置していた。ただベルトを介することによるエネルギー損失が大きく、効率改善には限界があった。スーパーエネチャージではギア駆動とし、エンジンと変速機の間にモーターを配置する構造にした。減速時の回生量を増やすことができ、エンジンの負荷低減につなげられる。普通車だけでなく軽自動車にも搭載するため「できるだけ薄くして、汎用性を高めた」(スズキの技術者)という。また他社製のモーター内蔵モジュールに比べ、スーパーエネチャージは全幅を約50%薄くできるという。
多様なエンジンや駆動方式、変速機に対応できる。例えばエンジンでは、4気筒、3気筒、NA・直噴ターボに対応できる。駆動方式もFF(前部エンジン・フロント駆動)、FR、四輪駆動車(4WD)。変速機だと自動変速機(AT)や無段変速機(CVT)、MTを選択できる。さらに、モーター出力と電池容量を変えることでモーター走行距離などを大きく変えられるようにしているという。
スズキが成功してきた大きな要因として、技術開発における徹底的なコスト削減がある。全方位戦略はコストアップにつながる可能性がある。HEVの種類が増える中でどこまで部品を共通化してコストを下げられるかがスズキの電動化戦略を左右する。
[日経クロステック 2026年1月21日付の記事を転載]
伏木幹太郎著/日経BP/2420円(税込み)



