「エンジンは終わった」と叫ばれてきた中、日本車メーカーはエンジン技術の研究開発の手を止めなかった。電気自動車(EV)の課題が顕在化し、欧州や中国は再びエンジンに目を向け始める。本連載では新刊『エンジンの逆襲 中国EV突き放す日本の最強技術』をベースに、世界の最新の潮流とエンジンの未来を読み解く。トヨタ自動車やホンダなど7社の戦略、「マルチパスウェイ」の思想、超高効率エンジンや水素エンジン、中国の進化など次の50年も確実に残るエンジンの全貌を描く。その第1回。

ベルギー・ブリュッセルのEU本部(写真:日経ビジネス)
ベルギー・ブリュッセルのEU本部(写真:日経ビジネス)
画像のクリックで拡大表示

 電気自動車(EV)に前のめりだった欧州が方針転換する。欧州委員会は2035年にエンジン車の新車販売を禁止する方針を事実上撤回する方針を固めた。性急なEV普及政策は中国メーカーを利する一方で欧州メーカーに打撃を与えると判断した。EV促進の象徴だった欧州政策の撤回は世界の自動車メーカーに開発戦略の転換を迫る。欧州勢はハイブリッド車(HEV)などエンジン搭載車の開発を再び加速し始めた。

 欧州委員会は現地時間2025年12月16日、エンジン車の販売禁止を撤回する提案を提出したと発表した。一定の条件を満たせば2035年以降もエンジン車の販売を認める。エンジン車禁止を主導してきた委員長のUrsula von der Leyen(ウルズラ・フォンデアライエン)氏は「テクノロジーがモビリティーを急速に変革し地政学的な要因が世界の競争を再構築する中で、欧州は世界のクリーンモビリティーへの移行において引き続き最前線に立っている」とコメントした。

VWの不正問題が転換点

 欧州委員会が方針転換する背景にあるのが、EVシフトが想定通りに進んでいないことだ。世界の新車販売に占めるEV比率は約2割にとどまり、補助金が縮小された国では販売が急減するなど普及は鈍化した。ドイツMercedes-Benz(メルセデス・ベンツ)グループやスウェーデンVolvo Cars(ボルボ・カー)は完全EV化の方針を撤回し、ドイツAudi(アウディ)も方針転換に言及するなど主要メーカーが軒並み方向修正に走っている。

世界EV販売台数。左軸はEVの新車販売台数、右軸はEVの比率(出所:マークラインズのデータを基に日経Automotiveが作成)
世界EV販売台数。左軸はEVの新車販売台数、右軸はEVの比率(出所:マークラインズのデータを基に日経Automotiveが作成)
画像のクリックで拡大表示

 実のところ欧州は2035年以降のエンジン車存続に向けて地ならしを進めていた。「エンジン廃止規制」ともいわれた燃費・排ガス規制「ユーロ7」の当初案を大幅に緩和し、現行の「ユーロ6」並みの規制値にとどめていたことだ。厳しいが達成できる水準で、自動車メーカーはエンジン車の開発継続を事実上認めた判断と受け止めていた。

 米国も同じ流れだ。2025年1月に就任したトランプ大統領は前政権時に打ち出したEV優遇政策を次々と撤回している。カリフォルニア州のゼロエミッション車(ZEV)規制「ACC II」は2035年までに新車販売の100%をZEVとする非常に厳しい内容で、日本メーカーに巨額の罰金リスクをもたらした。だがトランプ氏は同規制を無効化する共同決議に署名した。州側は反発して訴訟に踏み切ったものの、当面は撤回方針が優勢となっている。

エンジンが残る3つの理由

 性急に進んでいたEVシフトからの現実的な路線への切り替えを模索する動きが広がっている。単なる揺り戻しなのか長期的な傾向なのか、電動化の行方は依然として不透明だ。長期的にはEVの販売比率はまだ拡大する余地がある。それでもこの5年ほどのEVシフトの結果、エンジンは今後も一定の役割を果たすということが明らかになった。大きく3つの理由がある。

 第1に地域ごとの発電構成の違いだ。EVは走行時こそ二酸化炭素(CO2)を排出しないが、電源が石炭火力中心の地域では環境メリットが限定的だ。電池製造時のCO2排出量も大きく、ライフサイクル全体で見れば、HEVやプラグインハイブリッド車(PHEV)の方が環境負荷を低く抑えられる地域は多い。

 第2にカーボンニュートラル(温暖化ガス排出量実質ゼロ)燃料の開発進展である。合成燃料、水素、バイオ燃料といった次世代燃料が実用化されれば、既存のエンジン技術を大きく変えずにCO2低減が可能となる。インフラや産業基盤を生かせる点でも現実的だ。

 第3にEVそのものの限界だ。航続距離や充電時間の制約が大きく、特に大型車や長距離用途には不向きである。高いエネルギー密度を持ち、短時間で補給できる液体燃料とエンジンの組み合わせは合理性が高い。

 エンジンにはEVとは異なる魅力があり、実のところEVと対立関係にあるのではなく、それぞれの強みを生かしながら共存していく未来が見えてきた。

EVシフト下でもエンジンを磨き続けた日本

 日本勢は欧米の急激なEVシフトにそこまで乗らなかった。トヨタ自動車を中心に日本の自動車業界はおおむね「マルチパスウェイ(全方位)戦略」を進めてきたからだ。カーボンニュートラルの実現に向けてEVだけに頼るのではなく多様なパワートレーンの可能性を同時並行的に追求する。

 マルチパスウェイの中核が次世代液体燃料の開発だ。液体燃料はエネルギー密度が高く、貯蔵や輸送をしやすい。既存のインフラをそのまま活用できることも大きな利点だ。次世代燃料として注目を集めるのが合成燃料とバイオ燃料だ。日本ではいずれも経済産業省が中心となり普及に向けた取り組みを加速させている。

化石燃料と合成燃料との比較。合成燃料は、硫黄化合物や窒素化合物、重金属を含まないため、環境負荷が小さい(写真:日経Automotive)
化石燃料と合成燃料との比較。合成燃料は、硫黄化合物や窒素化合物、重金属を含まないため、環境負荷が小さい(写真:日経Automotive)
画像のクリックで拡大表示

 合成燃料はCO2と水素から合成する炭化水素で、既存の輸送インフラやエンジンをそのまま利用できる利点がある。経産省は官民協議会を設置し、2030年代前半の商用化を目指す方針を示した。ENEOSは2024年に国内初の合成燃料実証プラントで「ファーストドロップ」を採取し、大阪・関西万博では合成燃料で走るバスが導入された。

 バイオ燃料も着実に進んでいる。マツダは微細藻類由来のバイオディーゼルの実用化研究を進め、石油代替燃料として国内外で注目を集めている。バイオエタノールも航空燃料を含めて開発が加速しており「燃料の脱炭素」が現実解として再び重視され始めた。

 次世代燃料としては水素も選択肢にある。水素エンジンの開発はトヨタが最も積極的だ。例えば水素エンジンに「THS(トヨタ・ハイブリッド・システム)」を組み合わせた商用車「ハイエース」を公開した。大型商用車の分野では三菱ふそうトラック・バスも水素エンジンの開発を進めている。エンジンを使いながらCO2をほぼ排出しない水素エンジンは、EVでは代替が難しい領域で新たな選択肢となりつつある。

 トヨタの豊田章男会長は「エンジンにはまだ役割がある」と話し、エンジンの開発を続けることは雇用を守ることにもつながると強調する。EV化を急げばエンジン部品産業の需要が急減し、雇用喪失のリスクが大きい。EVの部品点数はエンジン車より3割程度少なく、産業構造が大きく変わってしまう。

 急激なEVシフトが揺らぎ、世界の規制と産業が現実的な方向へと軌道修正し始めた今、エンジンは「過去の遺産」ではなく、新たな燃料技術と結びつくことで未来に役割を持ち続ける存在へと再評価されている。欧州、米国、そして日本。各地で静かに進むエンジン回帰の流れは脱炭素という大目標を達成するうえで、エンジンを排除するのではなく、最適な電動化と共存させていくという現実的な時代の到来を示唆している。

日経クロステック 2025年12月17日付の記事を転載]

「エンジンは終わった」と叫ばれてきた中でも日本車メーカーはエンジン技術の研究開発の手を止めなかった。電気自動車(EV)の課題が顕在化し、欧州や中国は再びエンジンに目を向け始める。本書は世界の最新の潮流とエンジンの未来を読み解く。トヨタ自動車やホンダなど7社の戦略、「マルチパスウェイ」の思想、超高効率エンジンや水素エンジン、中国の進化など次の50年も確実に残るエンジンの現在と未来を詳説する。

伏木幹太郎著/日経BP/2420円(税込み)