「風の谷」という希望 残すに値する未来をつくる 』(英治出版)は、『イシューからはじめよ』『シン・ニホン』で知られる安宅和人さんが書き下ろした、1000ページ近い大著。本書では、都市以外の場所に「風の谷」をつくるための構想が、森と流域、基盤インフラ、エネルギー、ヘルスケア、教育、食と農、生活空間など、空間を支える大半の領域から議論されている。安宅さんインタビュー2回目では、「風の谷」とはそもそもどんな場所なのかを聞いた。

「村おこし」でも「コンパクトシティ」でもない

 前回は『「風の谷」という希望』の執筆の経緯について、お話ししました。今回は「風の谷」とはどんな空間かについてざっくりと説明したいと思います。

 自然豊かな疎空間を存続可能にすることを目指す「風の谷」の話をすると、「村おこしですか」と言われますが、違います。厳しい言い方ですが、日本だけでなく全世界的に、長期にわたって人口が減少し、産業革命前に戻っていくという人口調整局面にあるにもかかわらず、イベントや施設などで人を集める、つまりある種の都市化を目指すという発想自体がリスキーです。

 我々はテクノロジーの活用なしに「谷」はつくれないと思っていますが、とんがったテクノロジーを入れたら谷ができることはまずありえないというのがこれまでの検討の結論です。風力発電をとりあえず入れました、EV(電気自動車)の自動運転バスを入れました、などのアプローチは死屍累々(ししるいるい)です。

 そもそも何のために必要なのか、何が解決すればいいのか自体がまったく見えていない取り組みが大半だからです。ちなみに、現在、人が住む疎空間の大半にはグリッドによる配電が来ており、この状態で電力のオフグリッド化をすることはむしろ負のインパクトが大きい。解決すべき課題の見極めから始めるのではなく、新しく知ったソリューションをただ入れているだけなのです。

 「リゾート的な空間づくりですか」「コンパクトシティのようなものですか」と言われることもあるのですが、これらも違います。ここ15年ほど実験が相次いだスマートシティとも違います。リゾートはほとんどの疎空間が立地的に適していません。またかなりの環境負荷、経済負荷をかけ、土地の記憶も土地の人も大切にしない都市住民を対象とした空間づくりです。

 コンパクトシティ化は密度を上げるしか答えのない現状で、局部的に都市化を図るアプローチであり、必然性は深く理解しますが、疎のまま存続可能性を高めることを目指す「谷づくり」とは志的にほぼ真逆と言ってもよい。

 人工的なスマートシティづくり1.0は全世界的に失敗しました。スマートなだけなら、そもそもスマート化が最初に進む歴史と文化のある都市にいたほうがよほど良いからです。そして僕らが問題としているのは都市ではなく、疎空間です。

 僕らは疎空間が疎であることの良さを大切にしたままで生き続け、必要な変化を生み出し続けられる道を探っています。それが実現した時、「風の谷」が生まれたということができるでしょう。

「『風の谷』づくりは、多くの村おこしとはかけ離れた運動論です」と話す安宅和人さん
「『風の谷』づくりは、多くの村おこしとはかけ離れた運動論です」と話す安宅和人さん

 「風の谷」で大事なのは、疎密視点での疎空間という空間の捉え方です。疎空間は、密空間である都市に対する対概念ですが、この谷検討の中で、僕らがかなり検討の最初期に生み出した言葉です。多くの人が認識していませんが、地方ですら、密な都市的空間に人口の大半が住んでおり、「都会 vs. 地方」という図式ではこの問題は正しく捉えられないのです。そういう意味で地方再生とも異質な取り組みと言えます。とはいえ「地方」と呼ばれている空間の大半、日本全体でも土地の4分の3は疎空間なのですが。

 そんな疎空間が、存続可能かつ、持続可能になるにはどうしたらいいのかを空間全体のエコノミクス、求心力、文化・価値創造といった全体構造検討に始まり、森と流域、基盤インフラ(道、水、ごみ処理)、エネルギー、ヘルスケア、教育、食と農、ランドスケープ、生活空間、まち商業空間など、空間を支える大半の領域をカバーする形で検討してきました。

 疎空間が存続可能かつ持続可能となった状態、すなわち「風の谷」をつくるためには何が解決されるべきなのか。この課題の見極めを行い、その方向性を検討すると、さらに新しい課題がいくつか生まれます。こうして要素間の相互依存性も含むシステムの理解と解像度が上がっていきます。谷検討とは、この繰り返しで進むプロブレム・ソルヴィング(problem solving:課題の見極めと解決)です。

 例えば、自然との関係性を含む空間自体が途方もなく複雑な系で、これにどのようにメスを入れるか自体が当初の大きな課題解決でしたが、そこから塊が見えるごとに、お伝えしたように領域として切り出し、その中の本当の課題をさらに考えていく。その繰り返しでした。

 そういう意味では、この取り組みとこの検討をまとめた『「風の谷」という希望』はある種の巨大なイシューアナリシス(課題自体の腑分け)とその結果というべき綜合的な専門書の一種で、一つのテーマで上から下へ一気に書き下ろすようなビジネス書とは根本的に異質です(*)。

* (参考)「谷本とイシューアナリシス」
https://kaz-ataka.hatenablog.com/entry/2025/08/04/190956

風の谷プロジェクトの面々は『「風の谷」という希望』を略して「谷本」と呼んでいる
風の谷プロジェクトの面々は『「風の谷」という希望』を略して「谷本」と呼んでいる
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人は疎空間がないと生きていけない

 歴史ある自然豊かな疎空間の大半が存続困難であるという課題は日本だけではなく、世界各国に共通しています。都市は利便性が高く、生産的な活動ができて、仕事に困らず、害獣に襲われず、絶え間なく刺激がある空間です。一人あたりの環境負荷も疎空間よりずっと低い。人間は密になればなるほど、都市という巨大な巣的空間で、安定的かつハッピーに過ごせるでしょう。

 都市に人が集まること自体は問題がないが、一方で、人類が長らく過ごし、歴史を育んできた疎空間が立ち行かなくなってもいいのか? そんな未来を次世代に残したいのか? というのが、「風の谷」検討の原点となる問題意識です。

 例えば、誰もが小中学校で学ぶ縄文時代中期(約4500〜5500年前)の火焔型土器は、越後妻有(つまり)周辺に国宝級の名品が集中していることで知られます。「妻有」とは、一説に「どん詰まり」を意味するともいわれ、信濃国との境に位置する越後の最奥地です。現代の感覚で言えば、まさに疎空間そのものです。

 しかし時代を遡れば、当時その大半が海や湿地だった大阪平野や名古屋周辺、あるいは後に江戸文化が花開く荒川・江戸川流域ではなく、こうした場所こそが、文化的な中心の一つであったことが分かります。疎空間が常に「周縁」だったわけではない。私たちが当然視している空間の序列そのものが、歴史のある時点ではまったく逆だったのです。

 また、「自分は都市だけでいい」と考えていたとしても、実は都市は疎空間に水、食料、大型の発電所など生活に不可欠な資源の多くを依存しています。疎空間に豊かな森林があるからこそ、森に水が蓄えられ、森の栄養に依存する海も豊かになり、人間は生きていける。空気と水の循環も正常化する。こういった前提レベルのことも、谷検討から僕らが理解を深めてきたものですが、疎空間を軽んじていると、痛い目にあう日が来てしまうことは間違いないでしょう。

 疎空間は人口調整局面でのしのぎ方、地球との共存視点で見たレジリエンスと、社会が根源的に抱えている課題が先端的に凝縮して起きている空間です。谷づくりに向けた課題解決活動は、実は都市ですらいずれ求められる取り組みなのです。疎空間は都市から見たらある種のタイムマシン的な先端課題の集中する場所として捉え直すべきです。

 なお、これまでの視察に基づけば、日本だけでもおそらく1000以上の「風の谷」となりうる土地、つまり潜在的な谷候補地が存在すると考えられます。

 とはいえ、歴史のある疎空間によそから人が土足で踏み込むのは大変に失礼かつ無礼です。そこで受け継がれてきた文化に敬意を払うべきです。そして、もともとの村人の中に谷の外の目を持ち、「この場所を本気で変えたい」と思う比較的若い人が4~5人いれば、そこは谷の候補地に向けた取り組みが立ち上がりうると考えられます。

 候補地側で一つ大切なのは、外部の文化や人に対して過度の防衛心を持たず、是々非々で受け入れる文化的な開疎性です。これがなければ、起きるべき変化が生まれる速度は相当に落ちるか、ほぼゼロになるでしょう。

取材・文/三浦香代子 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子