「あの事例がなぜうまくいったのだろうか」「自社が参考にすべき数値目標や指標はどう設定すべきか」。限りある時間のなかで、効率的に失敗・成功事例を分析し、目標を設定しなくてはいけない。外資系トップコンサルファームであるボストン コンサルティング グループ(BCG)のコンサルタントは他社事例とベンチマークをうまく使い分け、こうした課題に対処している。『BCG 経営課題解決「20の思考ツール」 成果を最大化する「7つの要素」』(井上潤吾著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。

誤った使い方をされる「ベンチマーク」

 「他社事例」と「ベンチマーク」という言葉は、混同して使われることが多い。関連する概念ではあるが、用途も手法も成果物も異なるので、ここでは並列で説明する。

 他社事例は、他社の具体的な成功事例や失敗事例を参考にして、自社のビジネスの課題解決や新規事業の創出に生かすものである。対してベンチマークは、他社や業界標準と自社を比較して、自社の立ち位置を把握するために用いられる。

 調査する対象も、他社事例は、個別の事例(成功・失敗事例など)であるのに対し、ベンチマークは、業界全体・競合他社のデータやKPI(重要業績評価指標)である。検討する手法も、他社事例は「事例を収集して分析し、自社への応用を検討する」という流れであるのに対し、ベンチマークは比較する指標を設定し、その数値を収集した後に分析し、劣後している指標に対して対策を考える、という流れである。

 よって成果物も、他社事例は、具体的な成功・失敗事例とそこから得られた自社への示唆であるのに対して、ベンチマークは、設定した指標の比較結果と劣後した指標の改善策である。それでは、それぞれの具体的な目的や例、情報収集の方法、そして陥りやすい罠(わな)とその対策について説明する。

他社事例を参考にする5つの目的

 他社事例を活用する目的として、具体的には以下の5つが挙げられる。

 1つ目は、他社が成功した施策を分析し自社に応用すること。

 2つ目は、他社の失敗から学び、同じミスをしないようにすることと、事前にリスクを検討し適切な対策を立てること。

 3つ目は、競合他社や業界全体の動向を把握し、自社の強みや差別化要素を見つけることと、適切な事業戦略を策定すること。

 4つ目は、新しいアイデアが生まれた背景を知ることで、既存の施策を改善・最適化するヒントを得ること。

 5つ目は、「他社でも成功している」という実績を示し、社内での承認を得やすくすること。

5つの目的を意識して効率よく情報を収集する(写真はイメージ)(写真:Yellow duck/stock.adobe.com)
5つの目的を意識して効率よく情報を収集する(写真はイメージ)(写真:Yellow duck/stock.adobe.com)

 具体的な事例としては、新規事業開発では「A社がサブスクリプションモデルを導入し顧客リピート率を15%向上させた」、ESG(環境・社会・ガバナンス)では「B社が環境負荷を低減する施策を導入し、企業ブランド調査ランキングで5つ順位を上げた」といったものである。情報収集の方法としては、業界レポートやニュース記事、競合他社のプレスリリースやIR(投資家向け広報)情報、業界団体の発表資料などがある。

情報におぼれないように徒歩の帰宅も効果的

 陥りやすい罠は、調査する範囲が漠然としているため、時間の限りありとあらゆる情報を集めた結果、情報の海におぼれてしまい、自社への示唆へたどり着かずに終わることだ。この原因は、情報を収集しているうちにそれ自体が目的化し、他社事例の活用目的をつい忘れてしまうことである。

 例えば「飛ぶ鳥を落とす勢いで成長しているZ社の新規事業開発を参考に自社の新規事業開発のプロセスを再定義しよう」という目的で調査を始めたはずが、調べていくうちにZ社の経営方針に関心が移り、自社への示唆を抽出する意識が希薄になる、ということが起きる。

 対策は、調査途中に立ち止まって自社への示唆を考えることだ。具体的には、1日の終わりに歩いて帰宅したり、お風呂に入ったりしているときに、その時点での自社への示唆を考えてみる。そうすることで、本来調べたかったことを想起できる。

定量目標を設定し改善に生かすベンチマーク

 ベンチマークの活用目的は、競合他社のデータ、業界標準や平均値、他社のベストプラクティスとの比較を通して、自社が劣っていた点についての改善策を立案することである。比較の際は、定量的な指標を設定する。例えば、業務効率の改善を図る際はリードタイム、作業時間、生産性などを指標とする。マーケティング領域ではコンバージョン率(購入、登録に結びついた割合)、サイト訪問数、広告ROI(投資収益率)、顧客満足度ではNPS(顧客の他者への推奨度)、CSAT(顧客満足度スコア)などを指標として設定することが多い。

 具体的な例として、A社が人材配置の効率化のために行ったベンチマーク調査を示す。業界9社平均と自社のデータを比較したところ、A社の間接人員率が平均の1.4倍だった(図表1)。この調査結果を、間接部門の業務整理や導入システムの見直しといった具体的アクションにつなげるのである。

図表1 ベンチマークの例:間接人員比率比較
図表1 ベンチマークの例:間接人員比率比較
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 ベンチマークでは、自社データ、公開データ、競合データを集めて比較に利用する。自社データの情報収集の方法としては、Google AnalyticsやCRM(顧客関係管理)があるだろう。公開データは、業界レポートや政府統計を活用できる。競合データは、各種ツールを使ったWebトラフィック、SEO・広告データ、企業の人事データなどの分析や、業界の専門家やパートナー企業の知見、カンファレンスなどから収集する。

定期的に見直すことでアップグレードできる

 ベンチマークで陥りやすい罠は、適切な比較対象を選べなかったり、分析の方向性がぶれたりすることだ。この対策は、まず「業務の効率化を図りたい」「売り上げを伸ばすためのマーケティング手法を知りたい」といった明確な目的を立てることである。

 また、ベンチマークで得られた改善策は、いきなり全面展開するのではなく、まずパイロットで実行してその効果を検証することが重要だ。効果を確認できたら本格的に展開し、その後も時間を置いて定期的に検証を行うべきである。

 効果検証は一度で終わらせるのではなく、四半期ごとや年度ごとに繰り返し実施する必要がある。特にDX(デジタルトランスフォーメーション)やIT、マーケティングといった外部環境の変化が激しい領域では、定期的にベンチマークを行って進化を続けることが重要である。

現状分析、戦略・施策立案、成果の創出・維持を促すための思考法を、20のツールとして縮約。20の思考ツールを自由自在に使いこなすことで、ほぼすべての経営課題に対応できる。実践を想定したケーススタディでは、思考ツールの応用方法を学べる。

井上潤吾著/日本経済新聞出版/2860円(税込み)