「取締役と会社(株主)は委任契約である」という会社法の定めは、取締役が、医師や弁護士と同様に、(経営の)プロフェッショナルの立場にある、ということを示すものだ。株主が取締役候補者を信頼して選任したとしても、「経営者失格だ」と思ったら、いつでも解任してよい。そして、株主がよりよい経営の実現を経営者に働きかけるのが、コーポレート・ガバナンスである。『会社と株主の世界史 ビジネス判断力を磨く「超・会社法」講義』(中島茂著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。
株主は取締役と委任契約を結んでいる
所有と経営の分離とは、株式会社の所有者である「株主」が経営に直接関与できなくなり、経営の専門家である「経営者」(取締役)に経営を任せざるを得なくなったことをいいます。このとき、取締役と会社との間では「委任契約」のルールが適用されます。
それはどのような契約なのか。委任契約の意義をしっかりと理解することが、(1)株主の経営者に対する姿勢、(2)経営者の株主に対する姿勢、(3)社会の人々が株式会社をみるときの基本線――になります。
委任契約とは、委任者が「その道の専門家(プロフェッショナル)」に専門的な事柄の対応を委託する契約です。プロフェッショナルは、英語の「プロフェッション」(誓約する)から生まれた言葉で、「誓約して就く職業」という意味です。もともとは、中世の「大学」で神学、医学、法学を学んだ人だけが就く職業である聖職者、医師、弁護士に限られて使われていた言葉です。
「取締役と会社は委任契約である」という会社法の定めは、取締役は「経営者」として、聖職者、医師、弁護士と同様に、経営の「プロフェッショナル」の立場にある、ということです。
委任契約は他のビジネス契約にはみられない、大きな特徴があります。それは、委任者、受任者のどちらからでも、いつでも解約できることです(委任の相互解除の自由)。委任契約は「プロの能力と人格に対する信頼感」から成り立ちます。ですから、信頼がなくなってしまえば終わりです。いつでも解約できるのです。
患者や法律相談の依頼者であれば、「この医師は不勉強だなあ」とか、「この弁護士は人格的に信頼できない」と感じたら、即時に解約してよいのです。これを「解任」といいます。
株主が持つ「取締役解任権」の意味
この「取締役解任権」は、株主にとって大きな意味を持ちます。取締役候補者を信頼して選任したとしても、「経営者失格だ」と思ったら、解任してよいのです。ただし、株主の場合は、株式会社という権利の「入れ物」を通じて委任契約を結んでいます。ですから手続き的には、株主総会を通じなければ解任はできません。
取締役の任期は2年ですが、現在の上場会社の過半数は1年としています。そして、いまや定時の株主総会は「取締役総選挙」になっています。ですから、解任といわないまでも、定時株主総会の「取締役再任の議案」に「賛成しない」と1票を投じれば、それだけで解任の意思を表明したことになります。
2023年、精密機器メーカーの経営トップの再任議案に関して賛成票が50.59%になったことがあります。あわや「解任か?」という出来事でした。取締役会に女性取締役がいなかったことが原因だと推測されています。株主が取締役に対して「選任権」と「解任権」を持っていることは、コーポレート・ガバナンスにおける最大のポイントです。
「真の委任関係」がもたらす緊張感
取締役に対する委任の場合、医師や弁護士の場合と違う点があります。それは委任契約が直接か、間接的かというところです。医師や弁護士の場合は、患者や依頼者と「直接的」に委任契約を結ぶのですが、取締役の場合は、株主と、株式会社を通じて「間接的」に委任契約を結びます。
上場会社の取締役が1人ひとりの株主と委任契約書にサインすることは無理です。そこで、株式会社が多くの委任契約の「入れ物」として使われます。法形式的には、株式会社が株主共通の「入れ物」として、取締役と委任契約を結びます。けれども実質的には、株主は会社を通じて取締役と委任契約を結んでいると考えてよいと思います。私はこの関係を、株主と取締役との間の「真の委任関係」と表現したいと思います。
株主と取締役との関係を真の委任関係と理解することで、株主は、「取締役選任を通じて取締役に会社の経営を委託した。だからプロとしてきちんと経営してくれると期待するが、本当にそうかを見守らなければならない」という意識を持ちます。他方、取締役は、「取締役選任を通じて、株主から会社の経営を受託した。だから医師、弁護士と同じレベルの緊張感を持って経営を行わなければならない」という意識を持つことができます。
この「期待と緊張」の相乗効果で、株式会社の「質」が向上していきます。所有と経営が分離されてしまっている現在では、この「真の委任関係」が株主と経営者を結ぶ大切な絆です。双方のこうした緊張感は、株主有限責任制という特典が与えられた「2つの条件(約束)」、すなわち、(1)正当な目的のために株式会社を使う、(2)経営者、株主とも株式会社を適正に管理する、に即したものです。正しい緊張感です。
コーポレート・ガバナンスはなぜ必要なのか
株式会社の所有と経営が分離している現代では、株主が経営者に働きかける「仕組み」が必要不可欠。それが、コーポレート・ガバナンスです。
コーポレート・ガバナンスをきちんと定義すると、(1)株主が、(2)企業価値を向上させるため、(3)株主権を背景に、(4)取締役、特に経営トップを監督すること――です。主役は株主です。目的は会社の価値を向上させることです。手段は株主権で、特に取締役に対する「選任権」「解任権」が威力を発揮します。
と、一応、定義はできるのですが、「所有と経営が分離している現代」にあって、コーポレート・ガバナンスを本当に実現できるでしょうか。
もちろん、会社法の充実で株主の意向を経営に反映させ、取締役に対する監督を充実させる制度は整っています。
会社法では、経営トップを監査・監督する制度が3種類もあります。(1)監査役型、(2)監査等委員会型、(3)委員会型です。社外取締役、社外監査役の制度もあります。証券取引所が、大株主のやりたい放題を防ぎ、一般株主を守るために求めている「独立役員」という制度もあります。また、コーポレートガバナンス・コードによって経営トップの役員人事権を牽制するために、任意で「指名・報酬委員会」を設置することも要望されており、実際、多くの会社が設置しています。
会計面では、資本金5億円以上の会社に対しては、会計の専門家である会計監査人が、株主や一般投資家のために計算書類、事業報告などについて会計監査をすることになっています。
このように制度が充実している割には、企業不祥事を防ぐ効果は、いまのところあまり上がっていません。現に、入札談合事件、カルテル事件、検査不正事件、架空請求事件、人権侵害事件などは後を絶たないのが現状です。
その根本的な理由は、株主からの受託責任を重く受け止めて、株主・世論の意向や願いを聞くべきだと本音で思っている経営トップが、まだまだ少ないからです。いかに優れた社外の役員を採用しても、経営トップの側に「外部意見」を取り入れる姿勢がないようでは、改善は困難です。また、社外の役員も、社内の深層情報を得ることは難しく、適正な対応をアドバイスすることは困難です。
結局のところ、株式会社の所有者であり、法的に取締役の選任権・解任権を持っている株主が、取締役に直接に意見を述べ、期待に反するなら選任に反対票を投じることで経営トップに影響を与えていくのが最も効果的な方法だということになります。それが、経営の質を高め、企業価値を高める、最後の、そして最強の手段です。
取締役再任に「不賛成」の威力
いま、上場会社の65.2%は取締役の任期を1年としています。法律上は取締役の任期は2年とされていますが、定款または総会の決議で短くしてもよいことになっています。この定めを受けて半数以上の上場会社が「任期1年」としているのです。株主の意向を、2年ごとではなく、1年ごとに聞こうという経営陣の覚悟の表れです。今後も任期1年の会社は増え続けることでしょう。
ということは、過半数の会社で、毎年、取締役の「選挙」(選任、再任)が行われているわけです。あなたが株主として現経営陣、経営トップの姿勢を支持できないなら、会社が提案する「取締役再任の件」の議案に「賛成しない」と1票を投じればよいのです。先ほど紹介した、2023年に精密機器メーカーの経営トップの取締役再任議案に関して賛成票が50.59%になったエピソードは、社会に大きな衝撃を与えました。こうした「インパクト」を生み出せるのは株主だけです。
その権利行使の場は株主総会です。やはり株主総会が決め手なのです。
中島茂著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)


