7月25日に沖縄で開業する注目の新テーマパーク「ジャングリア」。プロジェクトをけん引してきたのは、再生の旗手、希代のマーケターとして知られる森岡毅氏だ。誤差1%と高精度の需要予測を可能にする森岡氏の数学マーケティング。今や、刀の強さをつくる武器になっているが、森岡氏は容易にそこにたどりつけたわけでない。追い込まれた末のある決断がその後の人生を大きく変えた。『森岡毅 必勝の法則 逆境を突破する異能集団「刀」の実像』(中山玲子著、日経BP)から一部を抜粋してお届けする(本文敬称略)。
盟友、今西との出会い
のちに森岡や刀がビジネスを展開する際の武器とする数学マーケティング。その芽生えには、もう1つの運命的な出来事が不可欠であった。刀の共同創業者でCIO(最高インテリジェンス責任者)である今西聖貴との出会いだ。
2000年代中ごろ、森岡が米プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)の世界本社に移籍したとき、今西は世界中の市場分析と需要予測モデルの開発をリードしていた。
「英語で話しかけてきて、中央アジアの方かな?と思ったら日本人だった。僕より19歳も年上なのに偉ぶらず、カジュアルに接してくれた」(森岡)
意気投合した2人は「ダンキンドーナツ」でよく語り合った。そこで森岡は今西に、個人的に師と仰ぐアレンバーグの存在を明かした。
「アレンバーグの理論をどうやって実践マーケティングに取り入れるか。今まで僕がやってきたことをすべて今西に開示した。今西もすごく喜んでくれた。『うわ、こんなことをやる人が、自分以外におったのか』と」
森岡は「我々の需要予測が精密なのは、時間と距離抵抗を読むからだ」と明言する。テーマパークにせよ商業施設にせよ、目的地までの距離の受け取り方は人それぞれ。遠くても飛行機で行けるなら近いと感じる人もいるだろう。
千差万別の“距離”への抵抗感――。
「これを数学的に計算するのは不可能だといわれてきたが、統計学的に処理してしまう方法を彼(今西)は思いついたんですよ」と森岡は感服する。のちに刀へと続く物語は、森岡と今西の「奇跡の邂逅(かいこう)」から始まった。
数学で需要予測ができることに確信を得た森岡は、それを実ビジネスに応用し、次第に頭角を現していく。
まず森岡がつくったのが、商品やサービスの価格変動に対して需要がどのように変わるかを示す「価格弾力性」のアルゴリズムだった。
価格弾力性とは何か。例えば、298円の洗剤がある場合、10円値上げをしたら1個当たりの売り上げは増えるが販売数量が減る。一方、10円値下げをしたら1個当たりの売り上げは減るが販売数量が増える。値上げしたときに増える売り上げと、10円値下げしたときに下がる売り上げはシンメトリー(左右対称)ではないという。
森岡が導き出したのは、このアシンメトリー(左右非対称)が具体的にどのような傾向になっているかだった。 この理論がP&Gの代表的な商品の販売で用いられ、大きな成果を出した。

森岡の数学マーケティングは、その後も次々と取り入れられるようになった。そして、成果が表れるたび、森岡を見る社内の目はみるみる変わっていった。かつての落ちこぼれの姿はもうそこにはなかった。
「『会社にいてもいいかな』という状態になり、徐々に『いてもらわないと困る』という状態に変わっていった」(森岡)
いつしか、森岡は社内で無二の存在になっていった。 森岡は振り返る。
「数学マーケティングは体系的で他人にも伝えやすい。しかし最初は、人に伝えるために数学で体系化しようと取り組んでいたわけではなかった」
始まりはそんな美しい話ではなかった。周りの中で自分だけがセンスがなく劣等感にさいなまれる日々。苦しく、極限まで追い込まれた末の、数学への大胆な路線シフトの決断が森岡を大きく変えた。
森岡のマーケターとしての人生は、実は試行錯誤の中からスタートしていたのだ。
(つづく)
[日経ビジネス電子版 2025年1月6日付の記事を転載]
中山玲子著/日経BP/1870円(税込み)
