7月25日に沖縄で開業する注目の新テーマパーク「ジャングリア」。プロジェクトをけん引してきたのは、再生の旗手、希代のマーケターとして知られる森岡毅氏だ。数学という科学的見地からのマーケティングに強みを持つ、刀率いる森岡氏。事実上の経営破綻状態にあったユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の入場客数を飛躍的に伸ばす要因となった「ハリー・ポッター」エリアの開業に裏付けを与えたのが、まさに数学マーケティングだった。『森岡毅 必勝の法則 逆境を突破する異能集団「刀」の実像』(中山玲子著、日経BP)から一部を抜粋してお届けする(本文敬称略)。

 森岡毅が掲げる「数学マーケティング」が、その実力を大きく世間に示したのは、彼の代名詞といえる実績の1つ「USJのV字回復」だろう。

 2001年の開業時は年間で1000万人を超える客数を誇ったUSJだが、翌年以降に低迷。森岡がプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)を退社してユー・エス・ジェイ(USJの運営企業)に移った10年度の客数は約750万人と厳しい状況が続いていた。厳しい経営環境下ではあったものの、森岡はパーク開業以来初となる巨額投資の必要性を声高に訴えた。

米国人CEO「おまえは正気か」

 復活の鍵となったのは映画「ハリー・ポッター」エリアの開業(14年)だ。今や人気絶頂のテーマパークとなったUSJは、次々と新たなエリアを開業している。だが、当時は入場者数の減少に苦心する日々。そんな中で、大きな投資を伴う新エリアの開業は、当然リスクにもなり得る。

 「おまえは正気で言っているのか」

 マーケティング部長だった森岡の進言に対し、米国人の最高経営責任者(CEO)は、にべもなく言い放った。

 当時、同社の株主には米ゴールドマン・サックスを筆頭に、MBKパートナーズなど外資系ファンドが名を連ねていた。

 森岡が求めた投資額は450億円。当時、USJの会社としての売上高の半分を上回る額だ。失敗すれば会社は揺らぐ。当初、森岡をヘッドハントしたCEOだけでなく、再建を推し進めるはずの外資系ファンドでさえ慎重姿勢だった。

 それでも森岡はひるまなかった。投資に対するリターンが見込める自信があったからだ。その自信の根拠となったのが、数学マーケティングだ。

 巨額投資をした後のリターンの確実性を高めるため、森岡は自身が予測するだけでなく、数学マーケティングを構築するうえで運命的な出会いを果たした現・刀CIO(最高インテリジェンス責任者)の今西聖貴にも需要予測を依頼していた。

 条件が異なるアプローチで予測し、しかもその内容は互いに明かさない。予測によって算出するのは、エリア開業後1年で入場客がどれだけ増えるかだ。

 それは緊張の瞬間だった。

見せ合ったメモ「ああ、同じだ」

 結果次第では、巨額投資の根拠は揺らぎかねない。この投資は実行すべきか否か。当時の森岡にとって、ビジネスマン史上最大の賭けであり挑戦でもあった。

 「いっせのーで」で見せ合った2人のメモにはこう書かれていた。

 「210万人」
 「240万人」

 緊張でこわばっていた2人の表情が一瞬にして崩れ、満面の笑みに変わった。

 少なくとも200万人の入場客を呼び込める可能性はかなり高い――。森岡はそう読んだ。「メモをみた瞬間に『ああ、同じだ』って。森岡くんはえらい喜んでいた」(今西)

当時の売上高の約半分となる450億円を投じて開業したUSJの「ハリー・ポッター」エリア(写真=共同通信)
当時の売上高の約半分となる450億円を投じて開業したUSJの「ハリー・ポッター」エリア(写真=共同通信)

 特に日本企業のマーケティングは、人の感情を読み取るように、消費者のニーズを読み取るのが一般的だ。それに対し、数学的な裏付けを根拠に巨額投資を決断した森岡と今西の手法は、日本のマーケティング界に一石を投じたと言える。そして、刀はこの手法をこれからより幅広いビジネスで生かそうとしているのだ。

(つづく)

日経ビジネス電子版 2025年1月10日付の記事を転載]

希代のマーケターとして知られる森岡毅氏の強さの根源を日経ビジネス記者が徹底解剖。挫折を経験した森岡氏はどのようにして立ち直ったのか。快進撃の背景にある、森岡氏率いる100人の異能集団「刀」とは?マーケティングだけでなく、森岡流の組織論やリーダー論も学べる1冊!2024年12月発売。

中山玲子著/日経BP/1870円(税込み)