森岡毅氏が率いる刀(大阪市)はなぜ結果を出せるのか。「数学マーケティング」を確立しているからだ。その威力はすさまじく、需要予測の精度は「誤差1%」も珍しくない。『森岡毅 必勝の法則 逆境を突破する異能集団「刀」の実像』(中山玲子著、日経BP)から一部を抜粋してお届けする(本文敬称略)。

 それは、AI(人工知能)でも簡単に導けないような予測だろう。

 長崎県佐世保市のテーマパーク「ハウステンボス」。2023年10月の月間入場客数を約3カ月前の予測値と照合すると1%しかずれがなかった。

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 驚異の誤差1%。なぜ、これほど正確なのか。22年秋、刀が運営支援に加わったことが大きい。刀による独自の需要予測が生かされている。

 「ここまで緻密なのか」

 ハウステンボスの担当者は、刀から示されたトラッキング(追跡)シートのフォーマットを見て驚いた。

 シートにはこの先の日々の入場客数の予測がびっしりと書き込まれていた。データは前年との比較だけでなく、なぜ予測が外れたかを細かく要因分析ができる形式になっている。刀から出向したハウステンボスの幹部は「何によって日々の入場客数がもたらされているのか、強く意識するようにしている」と語る。

(写真=八木 拓也)
(写真=八木 拓也)

予測の精度が利益を左右

 何がどこでいつどれくらい必要とされるかを示す需要予測は、パーク運営に限らず、小売り、外食などでも重要性が増している。

 運営効率化を目指す手段となり、精度の高さが費用の大きさを左右するためだ。予測を基に人員の配置や商品を確保するが、需要に対して予測が少ないと販売機会を失うだけでなく、クレーム発生や顧客満足度の低下につながってしまう。

 一方、予測が大きすぎると余分な人件費がかさみ、在庫過多となって費用は膨らむ。どの企業や組織も、過去の実績などを基に予測を立てて未来に備えるが、その精度を高めるのは難しい。とりわけ大規模パークの場合、予測が1%でもずれると、費用は大きく違ってくる。

 日々の予測の精度の積み重ねで、運営会社の業績も左右する大きな要因となる。そんなテーマパーク業界で「精度は通常8割で高い」とされる中、ハウステンボスにおいては1日単位の予測でも9割超えは常。99%のときもある。

 ハウステンボスは18年に約170万人だった入場客数(有料エリア)を28年に300万人まで増やす目標を掲げる。パーク内で体験施設が少ないといわれてきた中で、24年春には園内唯一のライド系アトラクション「ミッション・ディープシー」を導入した。探査艇に乗って超深海を探索する新感覚スリルライドで客に好評を博す。この新アトラクション導入後も需要予測を存分に生かす。

 では、独自の需要予測はハウステンボス内でどう生かされているのだろうか。

 客数の予測は、過去の集客データを基に、事前の予約状況や天候、プロモーションの影響なども加味して算出する。コミュニケーション部長(取材当時)の野中久実子は「測りづらかったPR効果も数字で示され、次に何をすべきかが考えやすくなった」と話す。

消費者行動を左右する3つの要素

 刀独自の需要予測システム。その根拠となっているのが、森岡が自身で構築した「数学マーケティング」にある。ベースとなるのが確率論だ。刀には情報分析を専門とする「インテリジェンスチーム」があり、確率を計算する数式を独自に開発し、特許も取得する。重視しているのは、できるだけ少ないインプットで、正確な予測値を導き出すことだ。

 消費者の行動を左右する要素は様々だが、「絞り込むと本質的には3つしか残らない」と、刀の最高インテリジェンス責任者(CIO)、今西聖貴は言い切る。

 最も重視すべき点は「プレファレンス(相対的好意度)」。次にどれだけ知ってもらえているかの「認知」。最後に、消費財であれば製品の手に取りやすさを示す「配荷」が続き、テーマパークなら、ここはパークまでの「距離」になる。刀には、独自の消費者調査も織り交ぜ、この3要素を精緻に数値化し、高い精度で確率をはじき出すノウハウがある。だから未来の需要を見通せるのだ。

 日本企業は品質や技術力といったパフォーマンスを重視し、優先順位を高くしがち。だが、刀の考えではその優先順位は高くない。インテリジェンスチームの河合桃子は「新機能を搭載しただけでは、消費者に響かない」と明言する。相対的好意度、認知、配荷のどれかが足りないと、どんなにいい製品でパフォーマンスを示しても、埋もれてしまうというわけだ。

日経ビジネス電子版 2025年2月13日付の記事を転載]

希代のマーケターとして知られる森岡毅氏の強さの根源を日経ビジネス記者が徹底解剖。挫折を経験した森岡氏はどのようにして立ち直ったのか。快進撃の背景にある、森岡氏率いる100人の異能集団「刀」とは?マーケティングだけでなく、森岡流の組織論やリーダー論も学べる1冊!2024年12月発売。

中山玲子著/日経BP/1870円(税込み)