「アメーバ経営」「カイゼン」など、優れた企業には優れた経営理論が存在する。では、日本を代表する高収益企業キーエンスの経営理論とは何か。顧客ニーズに基づいた独自性の高い商品開発やソリューション提案を続ける仕組み、ファブレス経営といった取り組みの根底に流れるキーエンスの思想とは何なのか。大企業・中小企業を問わず、多くの企業を指導してきたキーエンス出身のコンサルタントである高杉康成氏は、キーエンスとそれ以外の会社の違いを体感してきた。キーエンスは「性弱説」で動いている、というものだ。本連載では、キーエンス流の性弱説に基づいた経営手法について紹介する。その第2回。

 ソリューションビジネスの重要性が増している。賃上げ基調が旺盛な中、原資を確保するために利益率の改善が必須だからだ。ところが、このソリューションビジネスは難度が高く一筋縄ではいかない。このビジネス形態について、キーエンス流の「性弱説」の視点から見ていこう。今回は、ロボットなどを活用した自動化設備を設計製作している会社を例に考えてみる。

 「人手が足りなくて困っているのでロボットなどを活用して自動化を進めたい」

 これは、飲食店を営んでいる顧客から持ち込まれた依頼だ。最近、人手不足からくるこの手の依頼が増えてきている。

 今までは顧客から言われた設備をそのまま作ってきた。例えば、「タブレットを使った注文システムを作りたい」というニーズに対しては、いろいろな仕様(どんなサイズのタブレットを使って、どんなボタンをつけるかなど)を確認し、システムを作り上げてきた。こういったケースでは、顧客から出てくる課題が明確なため、欲しがっているものをそのまま作ればよかった。

 ところが今回のようなケースでは、「どの作業を自動化すれば効率が上がるか」が自分たちはもちろん、顧客にも正確には分からない。自動化をすれば効率が上がるという漠然とした思考が前提になっているからだ。従って、顧客が抱える「本質的なニーズ」をしっかりと把握する必要がある。

 早速、この会社ではソリューション活動を強化することにした。顧客が抱えているニーズの本質を聞き出し、それを解決する方法を見つけ出して顧客に提案し、採用してもらう活動である。

 ところが、いきなり壁に当たってしまった。現状の営業担当者のスキルでは、顧客のニーズの本質をなかなか把握できなかったのだ。なぜ把握できなかったのか。その理由を深掘りしてみよう。

顧客の主観や作文に惑わされる

 顧客自身がニーズの内容をしっかりと把握していれば、単純にそれを実現すればいいので難度はそれほど高くない。先ほどのような「タブレットを使った注文システムを導入したい」というような類いである。ところが、今回の「人手が足りなくて困っているのでロボットなどを活用して自動化を進めたい」というような、ニーズが漠然とした依頼では、まず「何がどう問題なのか」を捉える必要がある。

 依頼者に詳しく聞いてみた結果、「配膳の人手が足りないので配膳を自動化したい」というニーズが出てきたとする。最初のものよりは具体的になったため、一見、顧客ニーズをしっかりと拾えている。しかしながら、注意しないといけないのは、顧客の要望には「顧客の主観や作文」が含まれていることだ。そのため、額面通りに受け止めるべきではない。

 顧客は、自分が見える範囲(普段接している業務など)の問題点は良く見える(気づく)一方で、他の業務や、問題そのものの本質には気づかないケースが多い。先ほどの「配膳の人手が足りない」という問題について「なぜ配膳の人手が足りないのか」という「問題の本質」の視点が抜けてしまいがちなのだ。

 もしかしたら、配膳の人手が足りない理由が、調理の優先順位付けにあるかもしれない。同じようなオーダーが入る可能性があるにもかかわらず、一つ一つの注文に対して1人前ずつ作って配膳しているため、配膳の効率を落としている可能性があるのだ。このケースだと、配膳の自動化をする前に、オーダーから調理に至る作業の効率化をすることが、配膳の人手不足問題解決にとっても有効だ。

 このような視点で見ると、「配膳の人手が足りないので配膳を自動化したい」というニーズに対して「配膳作業にロボットなどを入れて自動化する」というのは、「表面的なニーズ」を拾っているにすぎない。仮にうまく導入できても、問題の本質がオーダー周りにあるならば、人手不足を根本的に解決できない可能性が残る。つまり、これだと顧客にとって役立ち度が高くならない可能性があり、当然、販売価格も高くならない。

 表面的なニーズに対応してしまう問題は、この会社がこれまで取り組んできた「タブレットを使った注文システムを作りたい」というニーズにそのまま応えるシステム開発でも同様だ。

 このように、顧客の本質的なニーズを捉えないと顧客への役立ちを最大化できない。今回のような漠然とした依頼の場合、単にどの作業を自動化するかという内容ではなく、その背景をしっかりと押さえ、隠れたニーズを見つけ出す必要がある。この一連の取り組みこそがソリューションビジネスだ。

 このような視点が欠如したまま、安易にソリューションビジネスを導入したことが、この会社が失敗した原因だった。現状の営業担当者のスキルを見誤っていたのだ。先程のケースだと、「配膳の人手が足りないので配膳を自動化したい」という要望までは聞き出せるが、そのあとの「なぜそもそも配膳の人手が不足するのか」までたどり着けない。

 そして、このような結果を招いたのは、「うちの営業は真面目だしそこそこ優秀だから、ソリューションビジネスにもすぐに対応してくれるはず」という「性善説」に基づき、準備をせずに取り組みを始めたことだ。

本質の見極めが肝心

 ここまでが、自動化システムを製作・販売している会社のソリューションビジネスへの取り組みである。既述のように、ソリューションビジネスは簡単ではない。だからこそ「性弱説」の考え方が重要になる。

 次は、このソリューションビジネスについて「性善説」「性悪説」、そしてキーエンス流の「性弱説」の視点からみていこう。下の図を見てほしい。この図は、ソリューションビジネスのフローと各段階での理想(あるべき姿)、そして、それぞれの段階で「性善説」「性弱説」「性悪説」の視点に立った場合にどうなるかを示している。

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 第1段階はニーズ把握だ。ここでは、いかに「ニーズの本質」を捉えられるかがカギとなる。次は、「解決案検討」。この段階では、第1段階で見定めたニーズに対する解決案を検討する。第1段階でニーズを見誤ると、ここでの修正はできない。

 次は、「導入可能性模索」に進む。何らかの解決案を見つけ出したとしても、顧客にとって費用対効果が高くなければ導入に至らない。また、店内のスペースの問題など、物理的に導入できるかといった面での導入可能性も検討する。最後は、顧客への提案だ。この段階は、①~③がしっかりとできていれば、それほど難度は高くない。

 上段は、「性善説」に基づいたフローだ。基本的な方針については、性善説では、各個人に任せれば十分できるという前提に立つので、「個人に任せる」となる。しかしながらこの方針だと、「ニーズ把握」の段階で、先ほどの自動化事例のように本質的なニーズが拾えず、質の高いソリューション提案につながらない。仮に本質的なニーズを収集できる優れた社員がいても、その作業の難度が高いため、できない人がそれを習得できず、社員ごとの成果のばらつきが大きい。

個人の能力頼みにせず、仕組みを持つ

 次に、中段の「性弱説」によるアプローチを見てみよう。ここでの方針は、それまでの類似の成功事例の活用だ。最も難しい「ニーズ把握」の段階では、各個人のヒアリングスキルに依存しない仕組みを考える。似たような成功事例を顧客に打診して、顧客から本質的なニーズを引き出しやすいアプローチを構築する。

 先ほどの配膳の自動化ニーズの顧客であれば、性善説に立つと、「なぜそれが必要なのか」という突っ込みを各個人がする必要がある。一方、「性弱説」アプローチでは「配膳の人手不足対策で、タブレットを使った注文システムを導入し成功している顧客がいる。貴社でも当てはまるのではないでしょうか」などと、他社での成功事例を当てることからスタートする。

 このやり方には2つの利点がある。1つは、他社の成功事例を話しているだけなので、営業担当者のスキルによるばらつきが発生しにくい。事前に部署で用意した資料を使うなど、共通ツールを使うとさらに難度が下がり、ばらつきが減少する。

 もう1つは、配膳にばかり注目している顧客の思考を注文システムに向けられることだ。配膳だけではなく、注文周りについてもヒアリングでき、その後の解決案を検討する上での選択肢が増える。

 つまり、難度が高く最も重要なニーズ把握段階において、顧客がイメージしやすい成功事例を資料として用意すると、各個人のヒアリングスキルへの依存度を下げつつ、顧客からより多くの情報を収集できるようになる。

 同様に、②解決案検討、③導入可能性模索についても、性善説のような個人任せにはしない。性弱説では、「似たような事例を探す」という、より簡単な方法でアプローチする。そして最後の、顧客への提案においても、他の担当者が成功したフォーマットを共有し、各個人のスキルへの依存度を下げる。

 参考までに、下段の「性悪説」によるフローも見てみよう。今回のケースでは、「ソリューションビジネスは難しいので、現状の営業担当者任せでは成果が期待できない。従って、自社の製品の良さをしっかりと訴求しよう」となる。

 第1段階のニーズ把握については、本来なら顧客のニーズをヒアリングして本質を把握すべきだが、そもそもそれができることを営業担当者に期待していない。そのため、自社側の視点(プロダクトアウトの視点)をアピールして顧客に興味を持ってもらう手法を優先する。第2段階、第3段階も同様で、プロダクトアウトによるアプローチが中心となる。

 性悪説視点の課題は、顧客ニーズ起点のマーケットインではなく、自社製品・サービスの特長、良さを主張するプロダクトアウトのアプローチしかできず、自社サービスの「役立ち」を顧客が考えないといけない点にある。

 その結果、顧客にとって検討の難度が非常に高くなり、自社に対して興味を持ってもらいにくい。このように、性悪説に立つと自分たちから顧客の真のニーズを引き出し、それに対する解決策を提示するというソリューションビジネス自体が成り立たないのだ。

 ここまで、ソリューションビジネスを社内に導入しようとする際、「性善説」「性弱説」「性悪説」の視点でどのような動きになるのかを見てきた。性善説では、「各個人のスキルと努力でソリューションビジネスに対応できる」という前提に立ったアプローチ。性弱説では、「個人任せにすると、それぞれのスキルの高低で成果にばらつきが出るため、できるだけ簡単にソリューションビジネスができる仕組みをつくる」となる。

 「性悪説」では、「任せてもできないので、プロダクトアウト的に自社製品・サービスをひたすら売り込む」という、ソリューションビジネスを放棄する結論になる。

依存せず、育てる

 ソリューションビジネス成功のカギは、本質的なニーズが把握できるかにかかっている。キーエンスでは、第1段階のニーズ把握で顧客の本質的なニーズをできるだけ簡単につかめるように、ツール、仕組みを整備している。守秘義務などに触れない範囲で、他社での成功事例を顧客に簡単に説明できるツールを作り上げる。

 さらに営業担当者は、顧客の目の前で製品のデモンストレーションができるように必要な機材を持ち歩いている。そして、それらを使ったロールプレイング型の研修も日常的に実施する。こうすることで個人個人を成長させながら、個人のスキルに依存しない「簡単化」された体制を築いている。

 スキルの高いごく少数の担当者だけに任せるなら、性善説的な思考でも問題はない。しかしながら全社で取り組んで競争力・利益率を高めようとするなら、いかに簡単にソリューションビジネスを実践できる仕組みを整備するかが重要なのである。

(写真:わたほこり/stock.adobe.com)
(写真:わたほこり/stock.adobe.com)

日経ビジネス電子版 2024年5月21日付の記事を転載 
※本記事は「日経トップリーダー」2024年5月号の記事を基に構成]

超高収益企業キーエンスを貫く根本的な考え方「性弱説」とは、人を善悪ではなく弱いものと捉え、その前提に立ってビジネスにまつわる仕組みや制度を整えていくこと。日経トップリーダー、日経ビジネス電子版での連載「キーエンス流『性弱説経営』」に、100ページ以上の書き起こしを加えて再編集した本書は、キーエンスと一般的な企業の間にある考え方の違い、それによる行動の違いについて理解を深め、読者の皆さんがご自身の働き方を見つめ直すきっかけの提供を目指しています。

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