マクドナルドのとある店舗が2020年1月31日をもって閉店することを告げた大型ポスターを見つけたバーガーキングは、「同じように、1枚のポスターをつくって張り出し、話題化を図ろう」と動き始めた。その結果生まれたのが、当時話題になった、文章の左端を縦読みすると「私たちの勝チ」と読める挑戦的なクリエーティブだったのだ。日本のバーガーキングを大きく育てたビーケージャパンホールディングス代表取締役社長がつづった『バーガーキング流 逆襲のマーケティング』から一部再構成してお届けする。[日経クロストレンド 2026年3月4日付の記事を転載]
2020年1月。僕は東京・秋葉原の街をパトロールしていた。秋葉原にはバーガーキング秋葉原昭和通り店があり、その2軒先にはマクドナルド秋葉原昭和通り店がある。その時は「バーガーキングにはお客様が入っているかな」「マックはどうかな」と軽い気持ちで偵察するつもりで、両店の前を歩いていた。
そこで、目に飛び込んできたのが、マクドナルドが20年1月31日をもって閉店することを告げた大型ポスターだった。「これは何かを仕掛ける機会になる」。僕は、そう直感的にひらめき、「同じように、1枚のポスターをつくって張り出し、話題化を図ろう」と、担当のクリエーティブディレクター(CD)やコピーライターにけしかけたのだ。
早速、CDやコピーライターが僕に案を持ってきた。だが、それは僕が意図していたものとは少しピントがずれていた。「マックが閉店することによってバーガーキングの売り上げが伸びる」といった趣旨で、直接的過ぎて知性が感じられなかった。それらの案を見て、「今回は見送っておくか」と一度はトーンダウンした。
しかし、消えかけた闘志に再び火が着くことが起こる。同20年1月28日、マクドナルドが「ごはんバーガー」を発売するとプレスリリースを打ったのだ。これは、てりやきマックバーガーなどのバンズの代わりに炊き上げたごはんを使って、具材を挟むメニュー。いや、待てよ、モスバーガーのかの有名な「モスライスバーガー」の完全な二番煎じではないか――。
僕の中で何かがはじけた。対外的には「こうしたことをナンバーワンのブランドがやるのであれば、僕らも(モスライスバーガーのようなメニューを)チャレンジしていいのではないかと思った」と発言したことを覚えている。
だが、本音は全く異なっていた。生徒会長であるマクドナルドは、独自のナンバーワン戦略を行っていればいいのに、二番手の“おはこ”をそのまままねするとは、何事かと。実は激しく憤っていたのだ。
その情報を知った瞬間、クリエーティブチームに連絡をして「やはりマックに仕掛けるぞ」と発破を掛けた。マックに対する本格的な宣戦布告だ。CDやコピーライターが「先日の案でいいのか」と問うので、「いや、違う案をすぐに持ってきてくれ」と指示を出した。マクドナルドの閉店は3日後の31日。時間がなかった。
そんな慌ただしい中、翌日の29日にコピーライターが提示したのが3つの案だ。先日の案とは違って、どれもおおむね長く営業してきたマクドナルドをねぎらうような内容であり、温かみを感じるものだった。
「最後の案もちょっとタッチは違うけど、内容は一緒だよね」と一言感想を言うと、コピーライターがにやにやしている。「どうしたの」と聞くと、「左端の文字を縦読みしてください」と促されたので、言われた通りいってみた。その瞬間、僕は思わず叫んでしまった。
「私たちの勝チ」
そこには、そう書かれていたのだ。鳥肌がたった。「面白いことするじゃん、もうこれで行こう!」と即決した。挑発している文言で、リスクはあるかもしれない。でも「やろう」ということになった。ポスターをつくるのに何日かかるかと聞くと、「一枚なら一日でできる」とのこと。それなら、翌日の30日には刷り上がり、滑り込みでマクドナルド閉店の前日に張り出せる。
迎えた20年1月30日。僕たちは刷り上がったポスターを手にバーガーキング秋葉原昭和通り店を訪れ、午後6時に店頭に掲出した。マクドナルドの閉店が翌日午後6時だから、24時間はそのまま張り出しておこうと考えた。後は、これを目にした誰かが、写真に撮ってTwitter(現X)に投稿してくれるのを願うだけだ。
僕は社内のブランドマネージャーを誘って、街中のパブでシェリー酒を立ち飲みしながら、今か今かとその時を待った。そして、その瞬間は唐突に訪れた。ユーザーの一人がマクドナルドの閉店を告知するポスターと、それをオマージュして作成したように見えるバーガーキングのポスターを、それぞれ写真に収め、並べる形でTwitterに投稿したのだ。
だが、ポスター全体を撮った写真であるため、僕たちが仕掛けた「挑発文」に気付きにくい。「これは、分からないのでは」と話していると、しばらくして、「バーガーキングの方を縦読みして」と、他のユーザーがツッコミのコメントを投稿した。
それが引き金となった。そこからはコメントやリツイート、いいねが怒濤(どとう)の如く続き、話題が爆発的に拡散していったのだ。
だが、この手口には賛否両論が渦巻いたのも事実だ。巨人に対して小人が一泡吹かせる構図を面白おかしく捉え、「こういうのは大人の遊びで好き」「バーガーキングらしい」と好意的なコメントがある一方で、「残念」「これは嫌い」と否定的なコメントも少なくなかった。
僕は事の進展をはたから見ていて、「炎上するのではないか」とはらはらしていた。リスクは承知の上だった。賛否が起こるのも分かっていた。逆に、称賛だけの施策では話題性に欠け、SNSでの拡散力は乏しい。炎上しないがバズる、その絶妙なバランスの狭間にピンを立て、施策を打ち込むことこそが僕たちが目指すアプローチだと思っていた。
だが、そのバランスは実に危うい。何かをきっかけに大炎上し、自分たちの手に負えない領域に突入するかもしれない。
実際、会社への一般の方やマスコミからの問い合わせの電話が鳴りやまず、正直、「早く収まってくれ」と心中では手を合わせていた。もし、このまま事が大きくなれば騒動の責任を取って、辞職を迫られるかもしれない。そんな恐怖がポスターを張ってから数日、脳裏にちらついていたのだ。
(次回に続く)
野村一裕(著)、日経BP、2200円(税込み)

