前回のタイトル(「『彼はこの部署で光るかな?』 人事に仮説を提供するFFS理論」)でも触れていますが、人事・HRの仕事は「この人はこういう場所、こういう上司・同僚・部下との組み合わせで実力を発揮するのでは」という仮説を立て、検証すること、と言い換えることもできそうですね。

今井のり・レゾナック・ホールディングス常務最高人事責任者(CHRO)(以下、今井):はい、前回も触れましたけれど、「人の個性には相対性がある」、つまり、いっしょにいる人によって現れる個性も変わる、と私は考えていて、そこに一番興味があります。

古野俊幸・ヒューマンロジック研究所代表取締役(以下、古野):「環境によって人は変わる」と言われたら、うなずかない人はいませんよね。だけど「それは同じ人間の個性の現れ方が変わるということ、つまり個性とは相対的なものなのだ」というところまで理解している人は、なかなかいないです。

FFS理論で「自分がなぜ誤解されるのか」が分かる

今井:そして、個性の相対性に注目したツールもFFS理論以外に見たことがなかったので、ここまでお話ししてきたように、「これ、面白い!」と飛びついたわけです。ただし、他の人に使う前に、まずやるべきことがあると思います。

今井 のり(いまい・のり)レゾナック・ホールディングス常務、最高人事責任者(CHRO)
今井 のり(いまい・のり)レゾナック・ホールディングス常務、最高人事責任者(CHRO)
1995年慶応義塾大学理工学部卒。旧日立化成に入社。経営企画、オープンイノベーション、海外営業(米国駐在)、複数事業の企画・事業統括を経て、2019年執行役(日立化成)に就任。昭和電工との統合では日立化成側の責任者として統合をリードした。(写真=大槻 純一、以下同)

それは……。

今井:最初に自分自身を診断することです。「自分がどういう人となりなのか」を知ることってすごく大事です。なぜかと言いますと、自分の自己認識と、他人から見られている自分って、たいていすごくギャップがあるからです。FFS理論は、自分を知るためにもすごくいいツールですね。

よろしければ、今井さんご自身は、自己認識とFFS理論の診断との間の、どういうところにギャップがあったか、教えていただけませんでしょうか。

今井:私自身ですか。そうですね、実は「冷たく見える」と言われることがあるのですが、自分では結構相手に寄り添うタイプだと思うんですよね。でもこれは「弁別性」が高いから、白黒キッパリとした発言を相手に対してしてしまうことが原因だと分かりました。

なんとなく共感を求めて聞いている相手に、スパッと「それはこういうことだね」と、結論を示してしまう。「弁別性」の高い方にありがちですね。

※参考記事「褒めてくれない“冷たい上司”とストレスなく付き合うには」(日経ビジネス電子版)

今井:理由が分かってからは、どうしてそのような決断をしたのか理由を説明するようにしています。

まっさらな新人管理職のうちに診断を

古野:これは、この春から管理職になられた方にぜひやっていただきたいのですが、自分を磨くためには、まず自分を知ったほうがいいですよね。

特に、新人管理職にお勧めする理由は?

古野:もちろんベテランの方も同じことなのですが、変な自己認識をしてしまう前の、まっさらな状態のほうが、FFS理論の診断結果をより素直に受け入れて、正しく自分を見ることができるからですね。もちろん、外からの指摘を歓迎する性格の方ならば、偉くなってから診断しても大丈夫ですけれど。

 自分を知ることが重要なのは部下側もそうです。しかし、特にマネジメント層には「自分が部下からどういう人間だと見られているか」を知っておくことが、決定的に重要だと思います。それは組織の生産性にも関わってきますから。

具体的にはどういうことでしょうか。

古野:「完璧にどんなタスクもこなせる人間はいない」という前提から始めましょう。どんな優秀な経営者でも、苦手とする部分はありますよね。そうすると、どうしますか?

自分より得意な人を見つけて、その人に任せる?

古野:その通りです。「ここは苦手だからやってください」と。つまり、自分が苦手なところの権限を部下に委譲することは、本来、すごく簡単なんですよ。

あ、確かに。

古野:ところが、得意なこととなると部下に任せることに抵抗感が生まれます。「自分ならすぐできるのに」と思いやすいからでしょう。その通りかもしれませんが、それは組織としては、トップの能力の範囲が成長の限界線、ということになります。

 FFS理論では、チームの能力を引き出すためには「異質補完」が重要だという考え方をしています。例えば、新しい発想で事業を立ち上げることが得意な人は、刈り取りに興味はありません。逆に立ち上げるのが苦手な人は、刈り取りは得意なのです。だから、刈り取りを任せる。

それって、理想的じゃないですか。

古野:ところが、「この人はこういう個性なんだ」と認識していないと、異質な人同士は反発してしまうんです。

異質な部下に権限を渡せるか

個性が異なる相手は、付き合いが浅いと「なんだこの人は」と思いがちで、権限委譲をためらったり、自分のやり方を強いてしまったりすると。

古野:そうです。一見相性が悪そうだけど、実は個性の弱点を補い合えるのが「異質補完」の組み合わせです。典型的なのが「保全性」が高い人と「拡散性」が高い人ですね。積み上げ型とひらめき型が組めば、すごい力を発揮できますから。

古野 俊幸(ふるの・としゆき)ヒューマンロジック研究所代表取締役
古野 俊幸(ふるの・としゆき)ヒューマンロジック研究所代表取締役
新聞社、フリージャーナリスト、出版社を経て、1994 年にFFS理論を活用した最適組織編成・開発支援のための会社を設立して、現在に至る。現在まで約900 社以上の組織・人材の活性化支援を行っている。チームの分析と編成に携わった実績は65万人、約6.5万チームを数える、チームビルディング、チーム編成の第一人者。

でも、自分の権限を、個性、言い換えると行動原理が自分と違う人に渡すのは、抵抗がありませんか?

古野:だからこそですよ。自分でやったのでは気付けない、達成できない成果が出せる可能性があるわけです。組織としても、新しい道が開けるかもしれません。

 逆に、部下と上司が同質同士だと意思疎通がスムーズで気が合う分、部下も上司も成長しにくいというリスクがあります。部下に任せたようでいて、それは「自分が理解できる、同じ行動原理のやり方」だから、ということなら、まさしく上司の能力が成長の限界線になってしまい、その事業の可能性を知らず知らずに閉ざすことになるかもしれません。

今井:あるあるですね、分かる。

古野:そうなんです。実は異質補完の関係にある上司と部下って、権限委譲が本当はしやすいんです。にもかかわらずそれをしないことが多い。

それは……。

古野:それは、自分の個性と部下の個性の違いがちゃんと理解できていないからです。

能力じゃなくて、個性の違いだと気付けば「自分と違うあいつにやらせてみよう」と思える。

古野:もちろん、仕事全体の経験値では自分のほうが上のはずです。ただ、自分の個性と異なる個性にチャレンジさせることには価値がある。失敗しても気にならない。成功すれば素直に褒められる。部下も成功体験を積めるのです。

なるほど。お互いの個性が分かっていれば権限委譲も、仕事の分担もスムーズにいきそうですね。今回の書籍では上司5、部下5の因子別に、順列25パターンを網羅したので、すべての上司、部下の方に参考にしていただけると思います。

今井:ということで、弊社では経営層のFFS理論による診断を公開しているわけです(こちら→「レゾナックの自己紹介」)。社外の方に「ちょっと不思議に思われるかもしれませんが、この人はこういう個性なんです」と理解していただければ、チームワークもスムーズにいくという期待です(笑)。

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これですね。しかしこんなことやっている会社、レゾナックさんのほかにありますか?

古野:実は何社かあります。

あるんですか。

古野:その中でも、レゾナックの活用法は一番進んでいます。レゾナック・ホールディングスの統合報告書(2023年1月に昭和電工と日立化成が統合してレゾナックが生まれた)の中に織り込む、というのはさすがに驚きました。

今井:そうですね。CEO(最高経営責任者)の髙橋(秀仁)、CHROの今井、両方とも「拡散性」が高いので「面白いから出しちゃえ」、そんな感じです(笑)。

面白いからですか(笑)。

今井:今度、社外取締役の方もやりたいなという話をしています。

古野:ぜひぜひ。お互いに個性を知ることで、忖度(そんたく)せずにもっと突っ込んだ議論ができますので。

今井:そうなんですよね。参加する人全員が「自分の立ち位置の理解」というか、「自分はこういう思考回路だし、それを発言してもいいんだ」と確信できることで、組織にダイナミズムが生まれる。それが、すごくいいんです。

誤解されている「心理的安全性」の意味

今回、この『あなたを伸ばす部下、つぶす部下』で、古野さんが大いにこだわったのが、「心理的安全性の本当の意味」なんですが、今のお話はそこにも深く関わっている気がします。

古野:心理的安全性は、その言葉の並びのせいなのか「ここなら、どんな拙いことを言っても攻撃されなくて安心だよね」という、なんだか幼稚園の教室のようなイメージで捉えられていることが意外に多いです。そうじゃなくて、どんな厳しいことを言っても、言われても、「それを個人攻撃ではなく、次の議論につながる題材として受け取ることができる」、前向きのテンションがかかっている状態のことなんですよね。

とんちんかんなことを言っていれば指摘も受けるだろうけれど、言ったほうも言われたほうも、それを「どうすれば議論を前に進める材料にできるのか」と考える雰囲気になっている、そんな感じですかね。

古野:というか、人はそれぞれの個性、価値判断の基準が異なっているので、その人なりに深く考えたことなのに、違う個性の人にはとんちんかんに聞こえることがあるわけです。それが「場を荒らすために突拍子もないことを言うのかな」と誤解される。でもそこで「この人は物事をこういう風に捉えるんです」という理解が先にあれば、「なるほど、荒っぽいけれど自分にはない、新しい視点だな」と、ポジティブに受けとめてもらえる可能性が高くなりますよね。

なるほど、誠実に考え、答えているのに誤解される、という悲劇が起こりにくい。それは相当議論がやりやすくなるでしょうね。

今井:相当やりやすいですね。実際に、新しく入った方で、飛び散ったというか、斜めの方向から議論を刺激してくるメンバーがいるんですけれど、みんな「ああ、(FFS理論で)こういう人だからそうなるよね」と、もういらないツッコミはしないんです。そこでちゃんと、それをみんなが理解しやすい方向に回収する役回りのメンバーも決まってきたりして。

新メンバーの方も周囲も、安心して思い切りぶっ飛んだことが言えるわけですか。

今井:そうそう、なあなあじゃないのに、不思議な安心感があるんです。

古野:聞いているほうが「そうきたか、でも確かにね」と思えるんですね。自分の発想にはない、異質な相手の発想に「自分が攻撃されている」とか「こいつは分かっていない」といった思い込み抜きで、「ああ、そう考える人がいるんだ」と向き合えるからそうなる。だから発言者も伸び伸びと言いたいことが言える。

会議室がさーっと冷えた

そういえば、会議で自分が口を開くと座の気温がさーっと冷えていくことがあったなあ。当時はなんとも思いませんでしたが、あれは全員引いていたのか。

古野:それは「拡散性」が高い人のあるあるですね。

今井:私は具体的に注意されていましたね。「お前は具体策もなしに、そんなアイデアを言うのか」って。

ああ、言われがち、言われがち(涙)。

今井:すごくだめ出しされて、会議室がしーんとしてしまうという。だいたい偉い人のいる会議では怒られていました。

古野:昔の話で、今は違いますよね。

今井:はい、今は全然、思ったことを発言できて、受けとめてもらえていますね。

(次回に続きます)

日経ビジネス電子版 2025年4月3日付の記事を転載]

この本が紹介している「FFS理論」は、すでにレゾナック、マネーフォワード、ポーラ・オルビスホールディングスなど日本の多くの企業に採用され現場で活用されています(チーム分析・編成の活用事例約900社、65万人)。部下の指導に悩む上司の方、そして理解のない上司に悩む部下の方どちらにとっても活用できる「楽しく働き結果を出す」ための本です。

古野 俊幸(著)/日経BP/1980円(税込み)