ミステリの名手であり、ホラーや純文学なども手掛ける芦沢央(よう)さんのエッセイ連載。前回(参照:自己啓発書500冊読んでも「できるビジネスパーソン」にならなかった話)は、出版社勤務時代に自己啓発的な本を500冊は読んだのに、「できるビジネスパーソン」にならなかった、という話でした。今回は、メールの返信が遅れがちでうまい対策が見つからない、という話です。(編集部より)

(イラスト=くぼ あやこ)
(イラスト=くぼ あやこ)

「メールの返信が遅い」というクレームが…

 残念なお知らせである。

 この「芦沢央のひとり反省会」にクレームが入った。

 私が連載第5回で「〆切を勝手にぶっちぎって編集者に追われたことはデビューからの13年半で一度もない」と書いた箇所について、他社の担当編集者から「そうでしたっけ?」と疑問を呈されたのだ。

 え、まさか私は、〆切を破ったどころか、破ったことさえ忘れて生きてきたのか……?

 元々このエッセイ連載は私がいかにダメ人間かについて反省し続ける場であるが、さすがにそれはダメ人間すぎる。動揺しながら「いつ〆切破りましたっけ……」と恐る恐る尋ねると、担当編集者は「いつ?」と知らない言葉を耳にしたような反応をした。

 「いつっていうか、芦沢さんはいつもメールの返信が遅いイメージがありましたけど……」
 「メールの返信?」
 「たとえば打ち合わせ日程のご相談をしたり、契約書のチェックをお願いしたりしても、なかなかお返事をいただけないことが多いので……」

 なるほど、つまり「おまえはメールでの回答〆切を何度もぶっちぎってきただろう」という話らしい。

 私は「原稿の〆切」について書いているつもりだったが、たしかに文面を読み返すと、まるですべての〆切を守ってきたかのように読める。

 そして、原稿以外の問い合わせに対する返信をしそこねて催促の電話をもらった記憶はあった。

 ああ、よかった。記憶喪失になったわけではなかった――などと安堵している場合ではない。

 そもそも、なぜ〆切を破ってはならないのかと言えば、編集者からの信頼を損ねるからだ。こいつは〆切を守らないから仕事がしにくいなと思われたら依頼が来なくなるかもしれない、という恐怖から、原稿の〆切については心身に異常をきたすほど気にしてきたというのに、結局信頼を失っているではないか……!

 これは、よくよく反省しなければならない。ひとり反省会の出番である。

「ToDoリスト」を書かされていた会社員時代

 さて、それでは、なぜ私はメールの返信が遅い人間になってしまったのだろうか。

 勤め人時代には、それなりに常識的なタイミングで返せていた。なぜなら、出勤したらまずメールの確認をして返信するというのがルーティンになっていたからだ。

 当時私が勤めていた会社では、毎日朝一番に「今日の予定」なるものを上司に提出することになっていた。月曜日の朝には、そこに「週間予定表」も加わった。つまり、しょっちゅうToDoリストを作成していたわけだが、これらの予定表は上司が目を通した後、社長にまとめて届けられてチェックされることになっていた。

 このチェックというのは、単に最終的に社長が受け取るだけというような形式的なものではない。本当にチェックされる。書いてある項目が少ないと、社長から呼び出されて「おまえはこれしか仕事をしないのか! 仕事が足りないんじゃないか!」と叱責されるのだ。

 そこで、私は項目を増やすため、仕事内容についてできるだけ細分化して書くようにしていた。当時私は編集者だったのだが、たとえば〈6月単行本『ダメ人間を抜け出す100の方法(仮)』編集作業〉などと書くのではなく、〈6月単行本『ダメ人間を抜け出す100の方法(仮)』タイトル案検討〉〈6月単行本『ダメ人間を抜け出す100の方法(仮)』見出し案作成〉〈6月単行本『ダメ人間を抜け出す100の方法(仮)』原稿整理〉などと、いちいち項目を分けることによって文字数をかさ増しし、やることがたくさんあるように見せていた(一応弁明しておくと、実際やることはたくさんあった。ただ、普通に簡潔に書くと項目数が少なくなってしまうため、あえてごちゃごちゃと詳しく書いていたという話だ)。

 よく見れば同じ本の編集作業をしているだけなのだが、社長はそこまでは見ていない。ただ、予定表の紙に余白が多いと怒られるため、とにかくぎっしり書くというのがポイントだったのである。

 私は、書けることなら何でも書いた。項目が足りないときには〈企画立案〉(企画になりそうなアイデアはないかなーと考える)、〈他社本研究〉(他社で売れている本を読む)など、それ、わざわざ予定として書く必要ある? ということまで書いていた。

 そして、その中でよく使っていたのが、メールの返信をするだけのことを〈◯◯先生打ち合わせ〉と表現する手法だった。

 ここまで書いていて、さすがにそれは……と我ながら呆れたが、試しにAI に打ち合わせとは何かと訊いてみたところ、〈打ち合わせは、プロジェクトや仕事の進め方、役割分担、納期などの具体的な事項を、相談・調整・情報共有する場です〉との回答があった。その定義で言えば、メールの返信も打ち合わせであると言い張れないこともない、かも、しれない……いや、やはり無理があるか?

 まあ、ともかく、そうしてメールの返信すら無理やりToDoリストに入れていたため、メールの返信を忘れることはなかったのだった。

 だが、専業作家になって以来、まず出勤するということがなくなった。特にここ数年は寝ている間も仕事のことを考えており(夢を見ながら、小説のネタに使えないか検討している)、起きるとすぐに夢の内容についてメモを取るところから仕事が始まってしまう。よし、今から仕事の時間だぞ、という区切りがないのだ。

 しかも、今はメールが届くと同時にスマートフォンに通知が来るため、返信をする態勢でないタイミングで内容を確認し、後で返信しようと思ったままになってしまうことが増えた。

頭ではわかっていてもできない

 これではまずいと思い、勤め人時代のようにメールの返信も含めたToDoリストを作成したこともある。

 しかし、もはやこの連載の読者には結果が想像できているのではないかと思うが、私はすぐにToDoリストを作り忘れるようになった。提出する相手はおらず、作成しなくても怒られることはないからだ。

 そもそも、返信していないメールを書き出してリストにしてチェックをしていく作業自体、非効率極まりない。そんなことをしている間に返信してしまった方が早いに決まっている。

 そこで私は、「返信済みフォルダ」なるものを作成し、返信を終えたメールから移動させていくことにした。そうすれば自然と未返信のメールが残るわけで、それをToDoリストのように消化して減らしていけばいいと考えたのだ。

 けれど、これも上手くいかなかった。返信したのにフォルダ移動を忘れることが多いため、返信済みメールと未返信メールが混在するようになってしまったのである。なぜ、私は何でもかんでも忘れてしまうのか……

 結局のところ、やはり読んですぐに返信する癖をつけるのが一番なのだろう。思い返してみれば、編集者時代に担当したビジネス書にも、そう書いてあった。後で返そうとすると、二度文面を読まなければならなくなる。読んだその場で返してしまうのが最も無駄がないのだ、という説明に、なるほどその通りだと思った覚えがある。

 しかし、頭ではわかっていても実行できないからダメ人間なのである。

 たとえば、契約書がメールで送られてきたら、過去に他社と交わした契約書と照らし合わせてから返そうと考えて後回しにしてしまう。

 対談原稿やインタビュー原稿などは印刷して紙でチェックしたいから出先では返せないし、ファイル転送サービスで送られてきたりすると、スマートフォンでは上手く開けないこともある。

 新規の依頼については、スケジュールを調整してみなければ引き受けられるかわからず、保留して検討しているうちに数日経ってしまいがちだ。

 それでも、本の帯の推薦文や文庫解説など、私が引き受けられない場合は他の人に頼むだろうことが予測されるような依頼については、私が返信を滞らせた分だけ誰かの時間を奪ってしまうことになるため、できるだけ一両日中にリアクションをするようにしているが、「いつか一緒に仕事をしたいからお時間があるときにでもぜひ一度顔合わせを」とか「しばらく会っていないので暑気払いでもどうですか」というような連絡だと、1週間以上返信しそこねてしまったりする(そのうちに払うほどの暑さではなくなる)。

 相手からすれば、さぞ不安になることだろう。本当に申し訳ない。

よかったらLINEを交換してください

 また、ここ数年、新たな問題が発生している。私が使っているのがフリーメールだからか、編集者から送られてきたメールが勝手に迷惑メールフォルダに入ってしまったり、私が送ったメールが先方のサーバーで弾かれてしまったりということが多発するようになった。ただでさえ返信が滞りがちだというのに、「迷惑メールフォルダに大事なメールが入ってしまっていないか」を確認する手順も加わるようになってしまったのである。

 この問題を解決するには、もはや仕事で使うメールアドレスを変更するしかないだろうが、そのためにはこれまで名刺交換をしてきた相手に新しいメールアドレスを伝えていかなければならず、全員に連絡するとなると数百人に送ることになる。一斉に送るにしても、返信があればさらに返信をする必要が出てくるし、そもそも名刺交換しただけでメールのやり取りはしたことがない人がほとんどだ。

 担当編集者に相談してみたところ、「今までメールでやり取りしたことがある相手にだけ変更の連絡をするんでいいんじゃないですか」と言われたが、それでは今後も念のため今のアドレスをチェックし続けなくてはならなくなる。

 そう答えると、「どっちみち1年くらいは両方のアドレスをチェックすることになりますよ」と言われた。

 「アドレス変更のお知らせを送っても、前のアドレスに送ってきちゃう人は結構いますし、気長に訂正し続けて移行していくしかないです」

え、みんなアドレス変更するのにそんな大変なことやってるの!?

 ――とてもじゃないが、私には無理だ。

 しかも、たとえば転職などで前のアドレスが使えなくなるのなら、送った相手に届かなかったことが通知されるだろうが、フリーメールではアカウントを削除しない限り届いてしまう。そして私は、仕事以外でも同じメールアドレスを使っているため、アカウントを削除することはできない。

 ああ、なぜ13年前の私はフリーメールで仕事を始めてしまったのだろう……

 もはや反省なのか、ただの嘆きなのかわからなくなってきた。私はここまで書いてきた今も、問題解決のための方法が見えずにいる。誰か、ダメ人間にでもできるメールアドレス変更法があれば教えてほしい……

 ただ、最近、良い兆しも見えてきている。

 編集者も「こいつはダメだ……」と理解してくれたのか、電子書籍のキャンペーンについての承諾やオーディオブックの読みの確認など、基本的に毎回〈問題ありません〉と返している件については、メールに「何か問題があれば、いついつまでにご連絡ください。何もなければこのまま進めさせていただきます」と書いてくれるようになったのだ。

 あまりにダメ人間すぎてあきらめられたのだと思うと情けないが、私としては本当にありがたい。

 また、密に連絡を取ることが多い担当編集者とはLINEを交換するようになったため、返信が格段に楽になった。メールだと〈お世話になっております〉とか〈冷え込む日も増えてきましたのでどうぞご自愛くださいませ〉といった本題とは無関係な文面を入れた方がいい気がして時間がかかる(そういうのは入れなくていいから早く返せ、という声が聞こえてきそうだが、送られてくる文面のトーンに合わせないと落ち着かないたちなのだ)が、LINEでは先方も要件のみ送ってくるため、〈OKです〉と返すだけでいい。

 特に新刊刊行前になると、ゲラのやり取りや、カバーデザイン、帯コピーの確認、プロモーション取材日程の調整、刊行記念イベントについての相談など、細かな連絡が毎日のように来る。今までは途中でどれに返信したかわからなくなって結局電話をしてしまうことが多かったが、LINEならその都度すばやく返せるし、何より読むだけで既読がつく。しかも、トーク画面を開くたびに前のやり取りが目に入るため、返信しそこねていたものがあればそこで気づけるのだ。

 というわけで、この連載を読んでいる担当編集者の方は、よかったら私とLINEを交換してください。メールでやり取りするよりは早い返信ができるはずです……