リスキリング(学び直し)が注目される今、リベラルアーツ(教養教育)としての茶道を見直してみませんか。今回はいちごアセットマネジメント副社長の石塚愛氏に、茶道の精神と長期投資の関わりについてお聞きしました。(聞き手は、日経BP 総合研究所上席研究員 大塚葉)
表千家茶道を習っておられました。いつ頃、どんなきっかけで始めたのですか。
もともと日本文化が好きで、以前から茶道に興味があったのです。祖母や母がよく着物を着ており、子供の頃から着物にもなじみがありました。日本文化をもっと学び、深く知りたいと考えていました。
前職のモルガン・スタンレー証券に勤めていた頃、表千家の茶道を習っている友人がいて、すてきだなと思っていました。そのうち別の友人の叔母さまが表千家の先生のもとに通うことになり、私もその友人と一緒に田園調布の先生のお宅でお稽古を始めることになったのです。2006年から2週間に1回、土曜日に通っていました。
茶道を始めるとお菓子や着物、茶道具と趣味の幅が広がり、楽しかったです。半年くらいである程度お点前(てまえ)ができるようになりましたが、お点前をするときはいつも緊張して汗をかいていましたね。
お稽古のときなどで、印象深かったことはありますか。
茶室の静謐(せいひつ)な雰囲気が好きでした。無駄なものがなく、凛(りん)としていて。お釜の音もいいですよね。特に冬はしゅんしゅんとお湯が沸く音が印象に残っています。お点前の所作も、シンプルな中に研ぎ澄まされたものを感じました。慣れてくると、動きに無駄がなく合理的にできていることも分かってきました。
花入れのお花も好きでした。洋風のフラワーアレンジメントと違って、先生が「そこのお庭で採ってきたのよ」と、お花を何気なくポンと生けてくださったのがとてもすてきでしたね。
フラワーアレンジメントは華やかに盛ることが多いですが、茶花は「投げ入れ」といって野に咲いているように自然な様子に生けますよね。
そうなんです。朝お稽古をしたとき、朝摘みの野の花が花入れに挿してあって、そこに滴がついているのが素晴らしいと思った記憶があります。お茶会やお茶事も何回か体験させていただきました。お稽古は先生がご高齢になるまで4年くらい続け、いちごアセットに転職後もしばらく行っていました。
企業理念「一期一会」が茶道の精神とつながる
茶道でも目にする「一期一会」は、社名の由来になっています。
そうです。当社は、モルガン・スタンレー証券で株式統括本部長をしていたスコット・キャロンが2006年に設立した、日本株の長期投資に特化した資産運用会社です。投資先である日本企業との長期のお付き合いを大事にするため、企業理念に「一期一会」を掲げました。当時の金融業界では、このような理念に基づいて長期投資を行う機関投資家は例がなく、感銘を受けたのが当社に移った理由です。
私たちの仕事のスタンスは、相手をおもんばかってお付き合いすることです。投資先企業の経営者やIR担当者と話すときも、相手の立場になって考える。それが「一期一会」という企業文化として根付いていて、茶道にも通じるものがあります。投資の神様といわれるウォーレン・バフェット氏も優良企業に長期投資する手法を確立し、しっかりした「投資理念」を持った人です。キャロンはもちろん、長期投資を志す人は誰もが、彼の影響を受けていると思います。
不動産運用を行ういちご株式会社では、「心築(しんちく)」という言葉を信条にしていますね。
「心で築く、心を築く」という意味で、現在ある不動産を壊さずに新しい価値を付加する事業を目指しています。例えば建物の耐用年数が50年の場合、それを超えるとスクラップしてしまうことがよくあります。「新築のほうがいい」という考え方もありますね。でも耐震補強や稼働の改善をすれば、長く使い続けられるようになります。建物を壊さずに手当てをして必要な方にお届けすることは、環境負荷の低減にも通じます。
「新築」ではなく「心築」は、まさにサーキュラーエコノミー(循環型経済)ですね。茶道でよく行われる「金継ぎ」(欠けた茶わんなどを漆や金で修復する技法)に似ています。壊れたものを捨てずに新たな価値を付加して再生する、サステナブルな取り組みといえますね。
投資先企業を決めるとき、創業者や経営理念も勉強します。2015年から投資している荏原製作所は、創業者の畠山一清さんが茶の湯をたしなむ「数寄者(すきしゃ)」で、畠山美術館を残しています。茶道に関わっていることにご縁も感じ、文化を大事にして長期的に企業価値を向上させる経営方針に共感しています。畠山美術館には何度か通い、創業者に思いをいたしました。
投資をするときは企業の沿革など様々なことを調べ、美術館があれば行ってみます。三菱商事に投資していた際は、静嘉堂文庫美術館を何度か訪ねました。美術館を観て学ぶことで、有価証券報告書だけでは分からない企業の歴史や文化、創業の精神が見えてきます。企業とのエンゲージメントの際、経営者との話も広がります。思えば三井物産を創業した益田孝さんをはじめ、東急グループ創業者の五島慶太さん、阪急電鉄創始者の小林一三さんなど、昔は経営者が茶道を通じてネットワークを持っていました。
「数寄者」といわれた経営者は、収集した美術品を収蔵する美術館をつくることで、私財を一般市民に還元しました。こうした経営者も今は少なくなっています。
難しいのは、特に上場企業の場合は株主の理解が得られるかという点です。ご自身の資産ならともかく会社の資金を投入する場合、「今、美術館をつくる必要があるのですか」と株主から問われるかもしれません。上場企業としてお金の使途には説明責任がありますし、様々なステークホルダーの期待に応える必要があります。言い方を変えれば、文化事業を株主に理解してもらえるように丁寧に説明していくことが必要です。
文化活動を通じた社会貢献によって企業価値を向上させるというストーリーを、投資家に対してきちんと描いてみせられるといいのですね。
その通りです。例えばDMG森精機は財団などをつくり、芸術家の活動を支援しています。こうした方法で日本の文化を守り育てることも大事だと思います。
茶道を通じてグローバルなコミュニケーションも
海外の方とのコミュニケーションに茶道が役立ったことはありますか。
もともと海外に興味を感じて外資系企業に勤めたのですが、最初にお話ししたように子供の頃から日本文化にもなじみがありました。海外の方とやり取りするようになって、「日本人として、日本文化をもっと深く学ばなければ」と思うようになったともいえます。英会話にしても、最初の頃はなかなかうまく話せません。英語ができないならコンテンツを充実させるしかなく、そのためには日本文化について自分の言葉できちんと話せるようにならないと、と感じてアンテナを広げるようになり、茶道のお稽古につながりました。
海外のお客さまのお土産によく抹茶(粉末)を差し上げていて、とても好評です。飲料だと機内持ち込みできないことがありますし、お菓子も卵や小麦アレルギーのある方には差し上げづらいのですが、抹茶は小さくて軽いし、健康にも良く価格も手頃なので、お土産としてお渡しするのにちょうどいいのです。今、抹茶ブームで品薄になっていますが…。
海外といえば、2023年に当社でハイチ出身のレオナさんというインターン生を受け入れたことがあります。ある日会社の給湯室に茶筅(ちゃせん)が置いてありました。聞くとレオナさんが「実はお茶を習っているので、会社でもお茶を点(た)てて飲んでいる」と言うのです。海外にも茶道に興味のある人がいると知り、うれしくなりました。お茶というキーワードでネットワークが広がりますし、深まりますね。
今はお稽古をお休み中ですが、実は健康のために毎朝抹茶を点てて飲んでいます。鉄分補給のために、鉄瓶でお湯を沸かしています。コーヒーの代わりとして、毎日のルーティンになっています。また、今回のインタビューをきっかけにお稽古を再開しようと思い、先生を探し始めました。表千家のよい先生がいらしたら、紹介していただけるとうれしいです。
石塚愛氏がお薦めする茶道の本
取材・文/大塚葉(日経BP 総合研究所) 写真/稲垣純也
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