イーロン・マスク、スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス……。天才的なイノベーターに共通する「思考法」を、本人たちへの取材や100冊以上の書籍から得た知識を基に解剖した書籍『 天才思考 世界を変えるイノベーションを生む10の思考法 』から一部を抜粋・再編集してお届けします。連載の第18回では、マスクがスペースXやテスラの経営において「物語思考」をどのように活用しているのかを取り上げます。 =敬称略
多数のSF小説やファンタジー作品を愛読するイーロン・マスクは、優れた物語の構造を理解しており、自分自身や企業、商品のストーリーづくりも巧みです。マスクが好きなアイザック・アシモフの『ファウンデーション(銀河帝国興亡史)』シリーズやJ.R.R. トールキンの『指輪物語』といった一連の作品には、壮大なビジョンと克服すべき困難という共通の構造があります。マスクはそのようなエッセンスを現実のビジネスに上手く取り入れ、さまざまな製品にも、聞いた人がわくわくするような物語をまとわせるのが得意です。
例えば、2023年12月にテスラが公開したEV(電気自動車)「サイバートラック」の関連動画では、機関銃で撃たれてもボディーに穴が空かないという特徴をアピールしています。サイバートラックはボディーの外板に高張力のステンレス合金を使っており、アルミニウム合金と比べて剛性が高いことを強調するためです。
大容量の電池を搭載するので車体が重くなりがちなEVは、軽量のアルミ合金を使うケースが目立ちます。しかしマスクはあえて常識に反する選択をし、それ自体をストーリーの中核に据えました。「なぜこの素材を使うのか」という問いへの答えが、次のような動画の場面につながっていきます。
例えば、「私たちはアル・カポネ式に、運転席のドアに向かってトミーガンのドラムマガジン(弾倉)1本分を空にしたが、弾丸はひとつも運転席に貫通しなかった」という動画のコメントは印象的です。ロバート・デ・ニーロがアル・カポネ役を演じた『アンタッチャブル』のような映画のワンシーンを想起させます。
「アル・カポネ式」という言葉の選択が絶妙で、単純に「機関銃の弾を打ってテストした」と述べるよりも、聞き手の脳裏に鮮明な映像を呼び起こします。技術の話を、誰もが知るギャング映画の世界観に結びつける手法は、物語思考の典型といえるでしょう。もちろんクルマを買う人が銃撃戦に遭遇する可能性は極めて低いのですが、ストーリーとしては興味を引く内容だったので、多くのメディアが報じ、動画は500万回近く再生されました。
このような物語を活用するマーケティングは、製品の実用性を超えた強い印象を消費者に与えます。サイバートラックを買うことは、単なる移動手段を手に入れるのではなく、そのタフさと非凡さのイメージを手に入れることだと思わせようとしているのです。
さらに高性能仕様のサイバートラックの場合、停止状態から時速100㎞にまで加速する際にかかる時間はわずか2.7秒で、高級スポーツカー「ポルシェ911」の3.4秒よりも速いといったアピールもしています。
ポルシェという固有名詞を選んだ背景にも計算があります。ポルシェは「速い高級車」の代名詞として世界的に認知されたブランドです。それを比較対象として意図的に挙げることで、トラックというカテゴリへの先入観を覆し、サイバートラックは特異な外観を含めて「まるでSFの乗り物のようだ」といった驚きを与えます。技術的な仕様を語りながら、実は消費者の固定観念を覆すという二重の効果を狙った、マスクらしい語り口といえるでしょう。
聞いた人がわくわくする物語
ニュースを聞いた人がわくわくするような物語を、マスクは一貫して提供しようとしています。2008年に発売したテスラの初代ロードスターも、フェラーリを上回る加速性能を売りものにしていました。
テスラがまだ世間に知られていない新興メーカーだった時代に、そのフェラーリを比較対象に選んだこと自体、マスクが優れた物語思考を持っていることを象徴しています。「無名の挑戦者が巨人を倒す」構図は、SF小説にも映画にも繰り返し登場する普遍的なドラマであり、消費者の感情に訴えかけるものです。新刊『天才思考』で、アップル創業者のジョブズの事例などを詳しく取り上げたように、スタートアップが活用しやすい手法です。
さらに2018年には、マスクが所有するEVのスポーツカー『テスラ・ロードスター』をスペースXのロケットで宇宙に打ち上げています。ロードスターの運転席には宇宙服を着たマネキンが搭乗し、BGMとしてデヴィッド・ボウイの名曲「Life on Mars?」が流されました。その様子はユーチューブで世界に配信され、最大で230万人が視聴しました。
ロケットによる打ち上げ費用は1回当たり数億~数十億円以上かかるとされます。そこまで高額な費用をかけて、わざわざEVを宇宙に送るのは全くのムダのように思えます。しかしマスクは「1台のクルマが宇宙を果てしなく漂流し、何百万年後に宇宙人によって発見されるかもしれないと想像するだけでうっとりする」と語り、意に介しませんでした。
常日ごろから経済合理性を重視するマスクですが、ここでは物語を優先しています。人間の心を動かすのは、理屈ではなく、わくわくするような物語への共感であることを理解しているからでしょう。
このパフォーマンスは、テスラとスペースXという2つの企業を同時に世界に印象づけるという、広告費に換算できないくらい大きな宣伝効果をもたらしました。“非合理的な夢”に巨費を投じる姿勢を見せることで、マスク自身が「利益だけを追う経営者ではなく、人類の未来を本気で考えるビジョナリー(夢想家)だ」というイメージをグローバルに印象づける力になりました。これは緻密な計算に基づく非合理性、ともいえるでしょう。
マスクが率いるテスラは、創業初期に、開発でも工場の建設でも、さまざまな補助金を政府や地方自治体から引き出してきました。もちろん実績がほとんどない新参者のスタートアップに巨額の補助金や優遇措置を提供するためには、正当化するための理屈が必要になります。その際にマスクが日ごろから語ってきた「EVを普及させることによって二酸化炭素の排出を減らして地球を救う」という物語は、強い力を持ちます。
スペースXもテスラも、テクノロジーによって成功したというイメージを持たれがちです。しかしそれだけではなく、物語を重視するマスクの姿勢が多くの人の心をつかむうえで役立ってきたことも見逃せません。

[日経ビジネス電子版 2026年6月12日付の記事を転載]
山崎良兵(著)/日経BP/2640円(税込み)
