経営危機にひんしたシャープは、鴻海(ホンハイ)精密工業から来た戴正呉(たいせいご)氏が2016年に社長に就任、組織や人事制度を改革して再生に成功する。組織改革の実現のためには、債務超過の解消やコストカットの一方で、組織が本来持っている独自の強みに立ち返らなければならない。今回は戴氏が特に力を入れた特許・知的財産の見直しと物流改革について、その内幕を戴氏の著書『 シャープ 再生への道 』(日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。
自社の強みに立ち返る
シャープの構造改革のうち、第1回「 シャープ再生 V字回復の決め手はこれだった 」で紹介したのは、主に旧経営陣が残した負の遺産である高コスト体質にメスを入れる作業だった。
ここでは、私がシャープ本来の強みを生かす経営体制をいかにして構築し、東証1部(現在は東証プライム)復帰を果たしたのかを振り返りたい。2部降格から1年4カ月あまりでの復帰は、過去最短のスピード記録だという。
シャープの再生は、2016年8月の鴻海による出資が出発点だ。
債務超過の解消など即効性のある効果もあったが、私は事業上の具体的なシナジーは、特許・知的財産の管理と物流効率の改善の2つが大きかったと考えている。
シャープの特許・物流の管理は鴻海の資源・ノウハウを活用することで、かなり効率が上がったはずだ。
シャープは長らく、先進の技術や特許を保有する会社だとみられてきた。私が社長として精査したところ、多くの特許を持っているのは事実だが、管理体制が不十分であり、本来獲得できる利益を得ることができなかったり、ビジネス上の攻撃・防御の武器として活用できなかったりするという問題を抱えていた。
特許改革の6つの方針
そこで私は、特許改革として、以下の6つの方針を打ち出した。
(1)すべての特許の内容を確認する
特許の出願・維持に関する社内規程を策定して無駄をなくし、全社の特許品質を維持する。シャープにとって価値のない、あるいは利用する見込みのない特許は整理したうえで、他社に売却して利益を上げる。
(2)事業化を推進する
特許の担当部門と関連の人材を統合し、子会社として独立させたうえで、ビジネスモデルを作って事業化する。
(3)マネタイズを進める
特許の関連領域において世界と足並みをそろえ、マネタイズを目指す。特許の権益を確保したうえ、利益を生み出す。
(4)特許の質を向上させる
特許取得を加速することで、先端技術を競争力および収益性の高い優良資産とする。
(5)グローバル化を進める
シャープグループ内の技術部門の特許を統合し、グローバル市場に向けた総合的な特許戦略を策定・執行する。使用ライセンスを供与している特許の期限や範囲を全面的にチェックし、ライセンス収入で利益を上げるよう努力する。
(6)特許管理の専門家や特許に詳しい経営者を招へいし、戦略目標を達成する
知的財産の管理を目的とする新会社のサイエンビジップジャパン(SBPJ、大阪府)を設立する。
鴻海とのシナジーで物流改革を達成
もう一つの物流改革についても紹介しよう。
シャープは2016年10月には、社員80人規模の物流部門を別会社化した。この子会社は鴻海の物流子会社である準時達國際(JUSDA)から出資を受け入れた。
社名をシャープジャスダロジスティクス(SJL)といい、出資比率はJUSDAが51%、シャープが49%とし、社長は鴻海グループで長年、物流部門の責任者を務めていた楊秋瑾JUSDA会長が兼務した。物流部門をJUSDAとの共同運営に移行させ、鴻海グループの物流の活用や情報管理・人員配置の最適化で業務を効率化するのが狙いだった。
シャープは私が社長に就任した2016年8月時点で、中国を中心に数多くの海外工場を展開していたが、国際物流が非常に弱かった。当時の海外工場は社内カンパニーの指揮下にあり、それぞれがトラック便や船便、航空便を手配していて、全社で統一した運営基準が存在しなかったのだ。
物流業務に従事する社員の数も過剰で、中国語のできない日本人駐在員が物流業務に関与していることも、工場間のコミュニケーションの障害となっていた。
私はEMS(電子機器受託製造サービス)世界最大手である鴻海の物流部門の力を借り、この問題を解決しようと考えた。
シャープは以前から、事業部門の業績を四半期ベースで管理していた。事業部門は毎四半期末、製品を顧客に届けて売り上げ数字を計上する必要があり、担当者はこの時期に船便の確保で苦労していた。結局は船が入港せず、業績を達成できない例も珍しくなかった。
しかし、JUSDAは鴻海が使うコンテナがどこにあるかをリアルタイムで把握している。世界の物流大手にとって、鴻海は世界トップ級の得意先である。JUSDAは船便を優先的に手配してもらえるうえ、割安な運賃を享受できる。通関のスピードも速い。
いわば、業績を四半期ごとに「指さし確認」しているのだ。売上高を自ら日次で確認することで、事業本部長がさらに緊張感をもって仕事に当たるという効果もあった。
鴻海が出資する直前のシャープは、数百億~千数百億円規模で業績の下方修正を繰り返していた。その責任の所在はわからないが、少なくとも、私が経営トップを務めた6年近くは業績の予想と結果が大きくずれることはなかった。もちろん、物流コスト自体の削減効果も大きかった。
大きな魚ではなく、速く泳ぐ魚を目指せ
「皆さんの努力が確実に業績につながってきています。心から感謝します」
私は2017年2月27日に発信した社長メッセージで、シャープの社員にこう語りかけた。2月3日に発表した2016年10~12月期決算は連結最終損益が9四半期ぶりに黒字転換していた。
まさに構造改革の成果が数字に表れ始めていた。
4月末に発表した2017年3月期連結決算は最終損益が248億円の赤字だったものの、赤字幅は前の期の約10分の1に縮少した。営業損益は624億円の黒字を達成し、本業で稼ぐ力が明らかに回復していた。
私は鴻海による出資を発表した2016年4月2日の記者会見で、シャープの経営について「2年後の黒字転換が目標だ」と語っていた。テリーさん(鴻海創業者のテリー・ゴウ氏)は4年以内だと話していた。
正直に振り返ると、私はこんなにも早く黒字転換できるとは思っていなかった。皮肉っぽく言えば、旧経営陣が私に改善の余地をたくさん残しておいてくれたのだろう。
具体的には、太陽電池用のシリコン調達を巡る米社との契約見直しが最も業績の改善効果が大きかったのだが、全体の数字としては、取引先との不公平な契約の是正や社内の無駄なコストの削減を一つひとつ積み重ねた結果だと考えている。
確実に言えることは、私がこれらの構造改革にスピード感を持って挑戦したことだ。私は社長就任以降、「シャープは大きな魚ではなく、速く泳ぐ魚を目指せ」と繰り返してきた。
シャープが暮らしている電機・IT業界という海では、アップル、サムスン、ファーウェイ、ソニー、そして鴻海などの巨大な魚がうようよ泳いでいる。彼らとまともに体力勝負しては勝ち目が薄い。シャープは潮の流れやエサのありかを敏感に感じ取り、速く泳ぎ続けて生き残っていくしかないと思う。
スピード経営はテリーさんが重視する鴻海の経営哲学の1つでもある。この手法が日本の大企業であるシャープでも通用したことで、私はこの思いを確信に変えることができたのである。
戴正呉著/日本経済新聞出版/1870円(税込み)