日経文庫『人材マネジメント入門』(守島基博著)は、人材マネジメントの考え方を、獲得、育成、評価などのステップを追って解説しており、2004年の刊行以来、20年にわたって読み続けられているロングセラーです。本書から抜粋、再構成してお届けする連載の第1回は人材マネジメントの意義と、その短期と長期の視点について説明します。
人材マネジメントにおける経営と人
言葉の変遷というのは、レッテルの変化だけの場合もありますが、その裏にある考え方の変遷を表しているときもあります。本連載のテーマである、企業内での人材についてのマネジメントも、ここしばらくで、人事労務管理から人的資源管理、さらには人材マネジメントへと名称が変わりました。人事と労務という2種類の雇用管理を総称した名前から、人的資源という、人材が経営資源であるという認識を経て、今は、人材マネジメントという言葉が使われています。
だからといって、人事労務管理論が古いというわけではありません。あえていえば、少々とっつきにくいぐらいでしょう。人事労務管理の多くの教科書は、人事管理や労務管理の仕組みの詳細を教えることを目的としており、それはそれで大いに重要です。そうした仕組みがないと、いくら人材をどうマネジメントするかについて考え方が決まっても、どうしようもありません。でもここでは、そうした制度面の議論は専門書に譲って、その背景にある、人材をマネジメントするときの根本的な考え方について紹介します。
ここしばらく、多くの場面で使われてきた言葉は、人的資源管理でした。これは、アメリカのHuman Resource Management(HRM)の“硬い”訳です。人材のもつ、企業目標の達成のための資源としての役割が強調され、そのなかで、資源としての活用の仕方として、成果主義やコンピテンシーなどの方法論が生まれました。資源だから、その背景にある人の存在は、やや軽めになります。まさに、人の資源としての価値を強調する立場です。
こうした立場の延長線上に出てきたのが、経営人事あるいは戦略人事と呼ばれる考え方でした。人材は企業の目的や戦略を達成するために供給される資源で、そうした資源を共給するのが人事の役割です。したがって、人材の資源としての価値は、戦略達成への貢献度によって決まります。
ただ、それでは働く人からみるとなんとなく納得がいかない、というのも真実でしょう。私は、単に資源としての価値しかないのか。人間としては、認めてくれないのか。今もっている企業にとっての価値がなくなったら、どうなるんだ──。こんな疑問が湧いてきてもおかしくはありません。
そこで、本書では、Human Resource Managementの“軟らかい”訳としての、人材マネジメントという言葉を使うことにします。人的資源管理から人材マネジメントへの転換に込める意味は、人材は、成長し、発揮する価値を変化させていく存在であるという視点、さらに、人材は、単にそのときの戦略達成に貢献する資源ではなく、長期的な価値を高めていくという目標に向かって、企業と人が共同で、投資していくべき存在であることです。
もちろん、人材マネジメントは企業の経営機能ですから、戦略や企業目標を達成するために行われる作業です。その意味で、人材マネジメントにおいても、戦略達成のための資源としての面が強調されます。この側面は、しばしば戦略人材マネジメントと呼ばれます。
しかし同時に、人材マネジメントは、経営機能として人の視点ももたなくてはならないという点で、ユニークであることも強調したいのです。人は、心をもった、成長する存在です。したがって、人材マネジメントは、こうした心を大切にし、成長を支援しなくてはなりません。さらに、人は、単に資源として扱われるだけではなく、人間としての価直を認めてくれ、それを高めるための投資をしてくれる企業で、働く意欲が高まるでしょう。
また、企業自体も、個人の白律性や努力に依存する権限委譲型の組織に移行していることもあり、人材マネジメントは、こうした人の心を理解し、さらに成長に投資する考え方をもつことで、結局は、戦略を達成することにもつながっていくと考えられます。
短期と長期の視点
人材マネジメントには、短期的な視点と長期的な視点があります。人材マネジメントの存在理由の第一は、今の企業目的を達成するための人材を供給することです。これは、現在の戦略や企業目的という意味で、短期的な戦略です。しかし、それだけでは、持続的な競争力はもちません。
同時に、次の戦略、さらに次の次の戦略をつくっていくための、組織の能力を高めていくことも必要でしょう。つまり、組織の能力には、短期的な能力(戦略を実行・達成する能力)と、長期的な能力(戦略を構築する能力)があるのです。短期的な目標を達成しつつ、環境やビジネスの変化に伴い、戦略を変化させていかなくてはならないのです。
また、個人からみた場合も、同様に長期的な視点と短期的な視点があります。長期的には、キャリアの発達や人材としての価値(エンプロイアビリティ)の向上があります。短期的には、企業の目標に向かって成果を出し、貢献をしていくことがあります。言い換えれば、能力やキャリアの発達は個人としての価値を高め、成果による貢献はそうした能力によって組織のニーズを充足するのです。
ただ、こうした短期と長期の2方向は、いつでも調和するわけではありません。今までの日本企業は、長期の能力育成やキャリア開発を進めることが、組織のニーズに、今も、将来も適合的であるかのような前提を置いてきましたが、そうした前提は崩れています。個人の長期的な能力向上やキャリアを通じての学習が、短期的な組織のニーズに適合しない場合もあるのです。
一方、先にも述べたように、人材マネジメントを考えるうえで「経営の視点-働く人の視点」軸も大切です。人材マネジメントは、経営の視点に加えて働く人の視点を考えなければならないことで、他の経営機能と比較して、ユニークなのです。理由は単純で、人は、その人がやる気にならなければ人材とならないという事実です。人は採用し、配置すれば、ただちに人材になるわけではありません。育成し、やる気にさせなくてはいけません。
また、働く人の視点とは、個人の尊厳を考えるということでもあります。短期的には、公平な評価や処遇、選択をする場合の情報開示、職務上の配置や職務目標の設定における自分の意思の反映などがあります。また、そうした人間としての尊厳の裏側には、働く人の責任があります。その点も忘れてはいけません。
一方、働く人の長期的な側面としては、個人が自分の価値観に応じて、キャリアを選択し、エンプロイアビリティを高めていくための資源を獲得する機会が、公平かつ情報開示に基づいて提供されていることでしょう。いずれにしても、職業に就くことで自己実現をしていきたいと考える大多数の人の支援をするのも、人材マネジメントの役割でしょう。
20年間売れ続けるロングセラー。勝ち組企業となるためには、全社的視点からの人材活用が必要だ。その答えを提供するのが人材マネジメントだ。本書は、人材マネジメントの考え方を、獲得、育成、評価などのステップを追って解説する。
守島基博著/日本経済新聞出版/913円(税込み)

