「頭が悪すぎるのでは?」「そんなこともできないのか」--取引先から連日浴びせられる暴言。しかし、その取引先が会社として大切な顧客だとしたら、担当者がうまくかわして会社の利益を守ることも大事な仕事なのでしょうか? 複雑化・多層化する現代のハラスメントリスクについて、「何がNGだったのか?」というポイントを、管理職・若手社員・人事部・弁護士などさまざまな立場のメンバーの会話を通して読み解いていきましょう。日経文庫『ハラスメントの予防と対応』(野中高広著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けします。

<ケース概要>
 ある企業の営業担当社員Xは、主要取引先の担当者Yから、繰り返し人格を否定する発言を受けていました。「そんなこともできないの?」「頭が悪すぎるのではないか」といった言葉が毎週のように飛び交い、他社の前でも𠮟責されるなど、Xの精神的な負担が積み重なっていきました。Xは「取引先との関係を悪くしたくない」と考えて我慢していましたが、次第に体調を崩し、最終的に休職に至りました。社内でも問題視されたものの、営業部門の一部からは「相手は大口の得意先であり、波風を立てるべきではない」といった声も根強く、会社としての対応が難航しました。

社員の尊厳をどう守るか

 今回のケースの対応に必要だった視点とは、どのようなものでしょうか。管理職・若手社員・取引先社員・人事部・弁護士などさまざまな立場のメンバーの対話を通して探ってみましょう。

野中弁護士 言葉の暴力は、ハラスメントと認定されやすい一方で、「若手のうちは皆から強く指導されるものだ」などと放置されやすい側面もあります。取引先との関係性を保ちながら社員の尊厳をどう守るか、多角的に議論していきましょう。まず管理職Aさん、ご意見ありますか?

管理職A 私自身も若い頃に似たような立場に立ったことがあります。大手の取引先担当者に毎回ダメ出しをされ、「君みたいな人間に任せたのが間違いだった」と言われ続けました。当時の上司には「我慢してこそ営業」と言われました。

若手社員B 人格を否定され続けると「自分はこの仕事に向いていないのではないか」と思ってしまいます。Xさんも「自分が悪い」と思い詰めてしまったのではないかと感じました。

人事部員C このようなケースは、実は報告されにくいものです。取引先についての問題だからこそ「報告すれば、自分が責任をとらされる」という不安も生じます。会社としては報告を歓迎する雰囲気をつくっていくのが第一歩ですが、容易なことではなく、営業部門の現場風土がそういう雰囲気を阻むことがあります。

取引先社員D 顧客側の担当者もプレッシャーを抱えていることが多いです。ただ、それを理由に相手の人格を否定するのは許されません。どの会社も、自社の担当者が社内外に対して過度な言動をしていないかを意識しなければならない時代になってきています。

根強い「担当者が我慢すべき」という意識

野中弁護士 顧客相手であれば暴言を受けても我慢して当然という風潮が、営業部門に残っていることが課題の一つですね。管理職Aさん、部下が取引先との関係でこういった状況に置かれたとしたら、どのように対応しますか?

管理職A 部下から報告があった場合には、よく状況を聞いたうえで、部下の心身の状態を最優先します。ただ、相手が大手取引先ですと、対応に迷うこともあります。私個人で判断するのは難しいので、人事部門や法務部門などと連携し、会社としての対応を検討するのがよいと思います。「それくらいは自分でなんとかしろ」と上から言われるかもしれませんし、自分の力不足をさらけだすようで気が引ける面もありますが。

若手社員B 上司に相談する立場ですと、会社が守ってくれるという安心感があるかどうかが重要だと思います。以前、トラブルがあり上司に相談したときに「またか」と軽く流された経験があり、それ以来相談しづらくなりました。

人事部員C カスハラの場合は、組織的な対応が不可欠です。ヒアリング記録、エスカレーション・フローの作成、対応方針の明文化など属人的な個別ケースごとの対応からの脱却が必要です。こうした整備を進めることで、部下を守る仕組みが機能していくと思います。

取引先社員D 得意先としても、自社の信頼を維持すべく社内教育による意識改革が必要です。「その一度の取引さえうまくいけば、どのような手段をとってもよい」と思っている担当者が、中長期的な信頼関係、会社のレピュテーションを損なう可能性もある点を自覚すべきです。

許容すべきでないラインとは?

野中弁護士 会社として、取引先の要望をどのように線引きすべきか、という観点からも考えてみましょう。人格否定と厳しい指摘の違いについて、どのように考えますか?

管理職A 「業務上の指摘でないものは、まずアウト」と考えています。「資料の完成度が低い」といったものは、言い方や頻度にもよりますが、基本的には業務との関係性は高いと思います。「君は無能だ」といった一般的、抽象的な指摘は論外ではないでしょうか。フィードバックの枠を超えて、相手の存在、人格などを否定する言葉や表現は許されません。

若手社員B 確かに仕事のアウトプットについて𠮟責されるよりも、人格を否定されたときの精神的ダメージのほうが大きいと思います。また、他社の担当者の前で𠮟責されるなど、状況によってはダメージを強く受ける場合があります。

取引先社員D 顧客側も、厳しい意見を伝える場合には、言い方を工夫すべきだと改めて感じました。「この点をこのように改善してほしい」といった建設的かつ具体的な言葉や表現なら許容されると思いますが、相手の気持ちをまったく考えない、感情的な罵倒は自分たちの信頼を失うだけですね。

<今回のケースを考えるポイント>
  • カスハラを放置することは、社員の尊厳と心身を損なう深刻なリスクとなる。
  • 顧客に対しては「我慢して当然」という文化が、社員の沈黙を助長し、対応の遅れにつながる。
  • 人事や法務部門等と連携し、属人的な対応から組織的対応へと転換していく必要性が高い。
  • 顧客側としても、相手の人格を否定する発言と業務上の厳しい指摘は明確に区別しなければならない。良好な取引継続のために双方の要望の伝え方を工夫し、見直すことが重要。
取引先から業務上のフィードバックとしての一線を超えた言動があった場合、「担当者個人の頑張りどころ」ではなく、組織としての対応が望まれる(写真:Mugi/stock.adobe.com)
取引先から業務上のフィードバックとしての一線を超えた言動があった場合、「担当者個人の頑張りどころ」ではなく、組織としての対応が望まれる(写真:Mugi/stock.adobe.com)
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野中高広著/日本経済新聞出版/1210円(税込み)