「また一人で過ごすの? 寂しくないの?」「結婚しないと出世も難しいぞ」。雑談好きで明るい50代上司ですが、部下の私生活についてちゃかした言動をとることも。最初は笑って流していた部下もだんだんと上司の発言に負担を感じ、人事部に相談する事態に…。複雑化・多層化する現代のハラスメントリスクについて、「何がNGだったのか?」というポイントを、管理職・若手社員・人事部・弁護士などさまざまな立場のメンバーの会話を通して読み解いていきましょう。日経文庫『ハラスメントの予防と対応』(野中高広著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けします。

<ケース概要>
 ある企業の30代の男性社員Xは、真面目で誠実な仕事ぶりのため、上司や同僚の信頼も厚い人物です。しかし、最近になって異動した先の新しい上司Yとの関係に悩んでいました。その上司Yは50代の男性で、部下との距離感を縮めるために冗談や雑談を多く交えるタイプでしたが、Xに対しては、「また一人で過ごすの? 寂しくないの?」「結婚しないと出世も難しいぞ」などと、私生活に関わる皮肉を頻繁に口にしていました。

 Xは当初、「冗談のつもりだろう」と笑顔でやり過ごしていましたが、次第に会議中や他の同僚がいる場面でもそうした言動が繰り返されるようになり、精神的に負担を感じるようになりました。その後、人事部に相談が寄せられ、上司Yに対する厳重注意が検討されています。

「相手も笑っていたから大丈夫」?

 今回のケースの対応に必要だった視点とは、どのようなものでしょうか。管理職・若手社員・人事部・弁護士などさまざまな立場のメンバーの対話を通して探ってみましょう。

野中弁護士 今回のケースは、独身という個人的な属性に対する上司の言動が、職場での疎外感や心理的ストレスにつながったものです。プライベートに関する発言が日常的にハラスメントの芽となり得ること、「独身であること」が職場で偏見の対象になることの問題性を浮き彫りにしています。Aさん、このような上司の言動には、どのようなリスクがありますか?

管理職A 私自身、若い頃には職場で「結婚して家族をもって初めて一人前」みたいな空気を感じたことがありました。ただ、今の時代、家族の形も価値観も多様化していますし、独身であることに何らネガティブな意味はありません。無意識に「結婚=安定」「独身=未熟」といった価値観を押しつけるのは、現代の価値観とは合いません。冗談のつもりが、人を深く傷つけてしまうこともある点は、再度自分でも意識したいと思います。

若手社員B 以前、同僚が似たような冗談を上司から言われている場面を見たことがあります。その場では皆笑って軽く流していて、言われている本人が本当に嫌がっていたかどうかは、分かりませんでした。後から「実はかなり傷ついていた」と打ち明けられた際に、空気に流されて何もしなかった自分にハッと気づかされました。場の空気に流されるというのは怖いなと思い、誰かが傷つくような言い方は、冗談であってもしないように気をつけるようになりました。

人事部員C 冗談とハラスメントの線引きは本当に難しいものです。特に「本人が笑っているから大丈夫」と思っていても、実は本人は深く傷ついていて、気づかないうちに関係性が壊れてしまうこともあります。こうしたケースでは、本人はずっと我慢していたものの、限界が来て初めて声を上げることが多いです。

個人的な属性をちゃかす冗談は許されない

野中弁護士 限界が来るまで声を上げられない、というケースが現実として多いのであれば、未然に気づく感度が管理職には求められます。Aさん、こうした言動が繰り返されないために、何か心掛けていることはありますか?

管理職A 管理職研修などで感覚をアップデートし、自分の日常的な言動を振り返るように心掛けています。冗談のつもりであったとしても、相手の属性──独身か既婚か、子どもの有無、性的指向、宗教など──に触れるのは非常にセンシティブです。普段から部下の変化にも目を配るよう意識し、特に、冗談に対して苦笑いしているような場面には敏感になるべきだと思います。

若手社員B 上司だけでなく、周囲も声を上げやすい雰囲気ができていることも大切です。「今の発言はさすがにちょっと言いすぎではないですか?」と率直に言える同僚がいるだけでも、その発言の問題意識が共有され、上司の言動が繰り返されにくくなります。そういう雰囲気をつくれるように少しでも貢献していきたいと思います。

人事部員C 人事部門としては、悩みを相談してもらうことについてハードルを下げていきたいと思っています。なかなか上司や職場の人に打ち明けるのもつらいなかで、「これは人事に相談するまでのことではないかな」と思わせない工夫が必要です。匿名チャットボックスや、信頼できる相談員による窓口の設置も有効といえます。

野中弁護士 このケースを総括して、伝えたいメッセージなどがありましたら、いただけますか?

管理職A 冗談を言うのであれば、その場にいる全員が楽しめる冗談でなければならない、誰かを傷つけるものであってはならない、ということを常に意識していこうと思います。

若手社員B 自分にとっては笑える冗談だとしても、他人が同じように笑えるとは限らない。そういった感覚を忘れないようにしたいです。

人事部員C 誰もが安心して働ける職場というのは、安心感のあるコミュニケーションの積み重ねから築かれていくものだと実感しました。

<今回のケースを考えるポイント>
  • 結婚や子供の有無についてなどの私生活に関する言動は、容易にハラスメントにつながり得る。
  • 冗談ですませがちな言動のリスクについて再認識が必要。冗談を言われた本人が笑っていても、内心は傷ついている可能性が十分にある。
  • 周囲の無関心や同調圧力が、ハラスメントを助長する職場環境を作ることがある。「今の発言は言い過ぎでは?」と言える空気が大事。
  • 誰もが安心して働ける職場は、全員の感受性と配慮の積み重ねから生まれてくる。
どのようなものであっても、個人的な属性をちゃかすことはハラスメントの芽になり得る。かつてはそのような冗談が許容される空気があったとしても、意識をアップデートすることが望まれる(写真:taka/stock.adobe.com)
どのようなものであっても、個人的な属性をちゃかすことはハラスメントの芽になり得る。かつてはそのような冗談が許容される空気があったとしても、意識をアップデートすることが望まれる(写真:taka/stock.adobe.com)
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野中高広著/日本経済新聞出版/1210円(税込み)