ハーバード・ビジネス・スクールの名誉教授、ジョン・コッター氏は、優秀なビジネスリーダーは大半の時間を様々な人に会って話すことに費やしていると言います。コッター教授がリーダーシップの本質をまとめた名著『 リーダーシップ論 第2版 人と組織を動かす能力 』(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部、黒田由貴子、有賀裕子訳/ダイヤモンド社)を、ヒトラボジェイピー社長の永田稔さんが読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。
様々な人に会って話す
コッター教授は数多くのリーダーの行動を観察した結果、優れたリーダーの日常は一般に思われているイメージとは異なることを発見しました。
リーダーはビジネスの戦略づくりや組織づくり、部下への指示命令などに大半の時間を割いていると思われがちです。実は、優秀なビジネスリーダーは大半の時間を様々な人に会って話すことに費やしているのです。会話もフォーマルとインフォーマルな話題が混じり合い、第三者が聞くと一貫したテーマや目的を感じさせない場合も見受けられます。会話自体は和やかに時に冗談も交えながら続きます。
なぜ優れたリーダーたちはこのような行動をとるのでしょうか。コッター教授はその理由はリーダーの「なすべきこと」と密接に関連していると述べています。
リーダーのなすべきこととは、連載第1回「 『リーダーシップ論』 リーダーとマネジャーはどう違うのか 」で述べたように、変革をリードし、実現することです。変革実現のためには不透明な環境の中で真に取り組むべき課題を見つけ、組織全体の様々な部門の人々を動かし問題を解決することが必要です。
リーダーの日常はそのために使われます。端的に言うと「課題づくり」と「人脈づくり」に集約されるのです。本質的な課題を見極めるには情報の量と質が必要です。リーダーが日常的に人に会い話をするのは、様々な人から情報を集め、色々な立場や角度から取り組むべき課題を見つけるためなのです。
様々な人と会うことで、リーダーは変革や課題解決に必要な人脈、協力関係を築いています。この人脈づくりは、社内はもとより社外のサプライヤーや関係企業にも及びます。変革を行う際には、築き上げた人脈を活用し、繰り返し働きかけ組織全体を動かしてゆきます。
リーダーたる人は普段から組織の中を縦横無尽に動き、情報を集め、人脈を形成し、変革に備えているのです。
ケーススタディー 「日常」に隠されたヒント
Y人事部長はリーダーシップ開発トレーニングのプログラムを具体化するにあたり、コッター教授の『リーダーシップ論』を何度も読み返しました。特に目をひいたのは、「リーダーの日常」という項目でした。
リーダーとは常にビジョンや戦略を考え、組織を率いているイメージがありましたが、『リーダーシップ論』に書かれているリーダーの日常は、常に人と会って話をし、その活動は通常みんなに思われているようなリーダーのイメージとは異なるものでした。
その時に、Y人事部長の頭にある人物が浮かびました。それはS事業を率いるK事業部長です。
K事業部長は過去いくつかの事業の変革を成功に導いているリーダーで、社内からも一目置かれている人物でした。しかし、その評価は社内でも分かれており、「Kさんは担当する事業や事業部内の人のことを全て把握している素晴らしいリーダーだ」と高く評価する声がある一方、「いや、Kさんはリーダーとしてとらえどころがない。確かに実績は出しているが、常にビジョンや戦略を語っているわけではないし、むしろいつも会社の中をうろうろして色々なことに口を出しているだけだ。単に運がいいか、部下に恵まれているだけではないか」という声もありました。
そこで、Y人事部長は、直接K事業部長に会って、実際の彼の行動やその意図を聞いてみました。
Y人事部長「Kさん、今、リーダーシップ開発プログラムを作っているのですが、社内からぜひKさんの話を聞くように言われています。Kさんがどのように実績を残されてきたのか、いかに変革してきたのか、実際にどのような考えや行動をとってきたのか聞かせていただけますか」
Kさん「そうですか、でも参考になるか分からないな。私は自分のことを世間でいわれるようなリーダーシップを備えたリーダーとは思っていないから。ただ、私は人の話は熱心に聞くことにしているね」
Yさん「そうらしいですね。他の人に聞いても、Kさんは常に誰かと話をして、事業部のことは隅々まで知っていると言っていましたよ」
Kさん「それは大げさだけど、確かに常に人の話を聞き、何が起こっているのかを知っておくようには心がけている」
Yさん「それは何か理由があるのですか?」
Kさん「私の目的は、当然最新の動向や情報を仕入れておくことにもあるのだけど、それ以上に『次に何を取り組むべきかの課題を見つける』ことにあるからなんだ」
Yさん「課題? それは変革の課題ということですか」
Kさん「そうだよ。ただね、はじめに私の考える変革というものを理解してほしい。私の考える変革というのはずっと続くプロセスと考えたほうが私の考えや行動が理解してもらえると思う」
Kさんは続けました。「よく変革というと、新しいビジョンや計画を打ち出し、大きな変革行動を起こしていくことを思い浮かべるけど、それは単に変革の1つの局面にすぎないと思う。現在のように変化が絶え間なく続く環境では、企業も常に変革し続けなければ生き残れない。当然、変革の大小はあるのだけど、常に続くプロセスなんだよ」
自分の目や耳で変革の芽を育てる
「私が変革を行うときもビジョンや戦略を打ち出し大きく仕掛けることがある。しかし、その後は、大きく目立った行動をとるというよりも、自分の目や耳を使って計画の反響や影響、微修正が必要かどうかを常に観察しているんだ。この観察にはコツがあって、社員が変革の取り組みを楽しんでいるかどうかを見るんだよ」
Yさん「楽しんでいるかを見るのですか?」
Kさん「そう。変革というものは本来辛いものなんだ。今までやっていたことを否定され、慣れ親しんできたやり方を変えなければならない。それが変革なんだ」
Yさん「それでも楽しんでゆくものですか?」
Kさん「人間はさっき言ったように慣れる動物だ。でもね、その一方、新しいものに興味を持ち新しい成功を求める部分もある。そして新たな成功を得ることで自信が生まれ、もっとやってやろうという気持ちになるんだ」
Yさん「確かにそういう面はありますね。それでは、Kさんは社員の人たちが楽しんでいるのかどうか、そのような点を見ていると」
Kさん「そう、本当に楽しんでいるかどうかはフォーマルな会議では分からない。現場に行って話をしてみると、その人たちの目の輝きや文句の言い方で楽しんでいるかどうかが分かる」
Yさん「文句を言っているのに楽しんでいるんですか?」
Kさん「そう。文句にも2種類の文句がある。前向きの文句と後ろ向きの文句だ。前向きな文句とは、変革を進めたいのにその支援が得られない場合に出るんだ。それは経営にとってすごくいいサインになる。社員はやる気になっているのに、会社の支援がついていってない状態だね。この場合には、求められている支援をすることで社員が勝手に変革を推進してくれる」
Yさん「すると、後ろ向きの文句は『抵抗の印』ですね」
Kさん「その通り。公には反対してこないけど、できない理由を延々と述べるんだ。これが後ろ向きの文句。この場合には、そもそもの変革の必要性や危機感が醸成されていない場合が多い」
Yさん「その場合はどうするのですか」
Kさん「その場合には、時に叱ることもあるが、本来的にはもう一度、必要性や危機意識の醸成が必要だね。変革のプロセスの初期に立ち戻るんだ」
Yさん「なるほど。変革の8つのプロセス(第3回「『
リーダーシップ論』 企業を変革する8つのポイント
」参照)の状態を見るために社内を歩き回り、社員の様子を確認しているのですね」
Kさん「あとは、社員と会うことによって関係をつくっていくんだ。会って話を聞くことで、次の大きな変革に備えてネットワークをつくっている面もある。普段からこのようにネットワークをつくっておくと、私の考えをすぐに理解してくれるし、実行が格段に早いんだ」
Yさん「よく分かりました。社員を観察し情報を集めることとネットワークをつくること。これがリーダーにとって普段から必要なのですね。リーダーシップ開発の参考にさせていただきます」
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