「技のデパート」と呼ばれた力士、舞の海さんの戦いぶりは、日本のビジネス変革のイメージにぴったりと話すのは『シン・日本の経営 悲観バイアスを排す』(ウリケ・シェーデ著/渡部典子訳/日経プレミアシリーズ)の著者でドイツ出身の経営学者ウリケ・シェーデさん。日本企業と相撲の共通点や、「舞の海戦略」によって世界のテックリーダーとして再浮上した日本の先進企業について、舞の海さんとシェーデさんが語り合う。
「小さくても勝てる」を証明した舞の海
ウリケ・シェーデさん(以下、シェーデ) 私はドイツ出身で、ドイツで日本学と経済学、経営学を勉強しました。現在は米カリフォルニア大学サンディエゴ校で教授をしていますが、日本には留学や研究などで通算9年以上の滞在経験があります。もともとスポーツが好きで、1990年代の大相撲に夢中になりました。当時、大きくてパワーのある小錦や曙も印象的だったのですが、私が一番面白いと感じたのは、思いもかけない技を使って自分より大きな相手を次々と倒す舞の海さんの取組でした。
2022年に出版した前著『 再興 THE KAISHA 日本のビジネス・リインベンション 』(ウリケ・シェーデ著/渡部典子訳/日本経済新聞出版)では、過去30年にわたって停滞している日本がなぜ依然としてGDP(国内総生産)世界3位(現在は4位)の経済大国なのか、どうしてそのようなことが可能なのかについて明らかにしました。その中で分かったのは、日本の優秀な企業は他から模倣されにくい技術を身に付けサプライチェーンの要になっていくというイノベーション戦略(集合ニッチ戦略)をとっていたことでした。舞の海さんはこのビジネス変革のイメージにぴったりでしたので、今回の本を出す際には「舞の海戦略」という言葉で表現しました。
米カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル政策・戦略大学院教授
舞の海秀平さん(以下、舞の海) 私の名前を付けていただき、ありがとうございます。
シェーデ 舞の海さんは33種類の決まり手があって、技能賞も5回獲得されました。当時、取組では毎回どのような準備をされていたのでしょうか。
舞の海 一番気をつけていたのは、正面衝突しないようにということです。正面から相手にぶつかると飛ばされてしまうので、横からや下からぶつかっていって相手が力を出しづらい体勢を取りました。体格の大きな力士は足を攻められるのを嫌がるので、そこに自分の強いところをぶつけていくというイメージです。
立ち合い直後に横に変化するのではなく相手を飛び越えるような動きや、まっすぐ前に向かって相手に当たっていくのではなく後ろに下がるような動きもしていました。普通はやらない動き方をすると相手はびっくりして一瞬動きが止まるので、その隙を突いてさっと動くように意識していました。体が小さいと相手と同じ速さで動いていたら絶対に勝てないので、スピードでカバーすることも重要でした。
NHK大相撲解説者、タレント
技術リーダーシップを取る日本の先進企業
シェーデ 高度な技術とスピードを武器に成果をあげた舞の海さんの姿は、大きくなりすぎた日本の複合企業がグローバル市場で競争に勝つための戦略を考える上でのお手本になります。
日本の製造業は1950年代から80年代まで30年をかけて欧米に追いつきました。この頃の日本企業は大きければ大きいほどよいという考え方が中心で、多角化による規模拡大と売上高の増大が産業政策として奨励されていました。
ところが、バブル崩壊を経て、中国や韓国の台頭、サプライチェーンのグローバル化が進むと、パワー(規模)だけでは国際競争に勝てなくなりました。パワーで勝負できなくなった会社は規模重視のマインドから脱却し、技(技術)を身に付ける必要があります。この企業再興へ向けた行動変革の道筋が、私が「舞の海戦略」と呼んでいるものです。
舞の海 日本経済はよく「失われた30年」といわれますが、それは日本企業がこの30年間、世界やアジアの変化に気づかなかった、あるいは気づいていても技に転換できなかったということでしょうか。
シェーデ そのようなことはありません。20年以上前から「舞の海戦略」をとり、現在、技術面でリーダーシップを取っている日本企業は少なくありません。先端化学の分野に強みを持つ会社に多いのですが、旭化成や富士フイルム、レゾナックなどがそうです。精密機械やロボット、センサーなどを手掛けるキーエンス、ファナック、オムロンなども優れた技術を持っています。鉄鋼部門でも日本企業は依然強みを持っていて、日本製鉄は普通の鉄ではなく特殊スチールを製造する技術を持っています。
これらの企業が手掛けるのは、素材や部品など中間財に集中しているため、世界の市場で大きなシェアを持っていても、一般の消費者からは見えづらいのです。社会に欠かせない半導体や電池の製造には、日本製の素材や精密化学品に100%依存している工程がいくつかあり、製造装置も多くは日本で生産されています。
パソコンにインテル製のチップが搭載されていることを示す「インテル・インサイド」という小さなシールが貼られていましたが、それと同じように、自動車や飛行機から家電まで、私たちの身の回りのものはほぼすべてに日本製の中間財が使われていて「ジャパン・インサイド」となっています。世界の認識よりも、日本ははるかに強いといえるでしょう。
同じ技に安住せず常にアップグレードを
シェーデ 今、「舞の海戦略」で変革し再浮上する必要があるのは、「JTC(Japanese Traditional Company)」と呼ばれる「昭和」の体質が残る大企業です。日本国内では大企業かもしれませんが、アメリカや中国の企業と比べると小規模か普通くらいです。国内市場だけでは成長が難しいですから、もっと技を習得する必要があります。
舞の海 相撲でパワーのある力士が、努力して新しい技を考えるよりも力に頼ろうとするように、大企業はわざわざ新しい技を考えようとしないかもしれません。
シェーデ おっしゃる通りです。大企業がパワーを維持するのは、資産を使って新しい人材や設備などを取り入れるだけなので簡単ですが、技術を習得し変革に取り組むのは本当に難しいのです。変革に取り組もうとする企業が「舞の海戦略」を設計するには「イノベーション・ストリーム・マトリックス」(*)が有効になります。このツールは現状の中核事業をどの方向に発展させていくか、どの技術で勝負するのかを合理的に考える上での指針となります。
すでにグローバル競争の中で国際競争力のある企業でも、同じ位置にとどまっていては成熟していずれ衰退していくでしょう。舞の海さんが同じ技に安住せず常に努力を続け毎回違った技を繰り出して成功を収めたように、企業も絶えず新しい技術を探索しアップグレードすることが重要なのです。
(後編に続く)
文/橋口いずみ 写真/鈴木愛子
『 シン・日本の経営 悲観バイアスを排す 』
ウリケ・シェーデ著/渡部典子訳/日本経済新聞出版/1210円(税込み)



