その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は伊丹敬之さんの『 経営は無理をせよ、無茶はするな オーバーエクステンション戦略のすすめ 』。「はしがき」をお届けします。
【はしがき】
この本のテーマであるオーバーエクステンション戦略とは、自分に十分な実力がないことを承知の上で、あえて新しい事業活動に挑戦するという戦略である。その挑戦の過程で、実力不足の苦しみのなかで現場が学習し、その学習の結果として企業の能力基盤の大きな拡大につながる。だから、オーバーエクステンションは、多くの企業が成長の踊り場での挑戦としてとってきた戦略なのである。
オーバーエクステンションという言葉は私の造語で、1984年に出版した『新・経営戦略の論理』ではじめて本格的に紹介した。そして『経営戦略の論理』を改訂するたびに、オーバーエクステンション戦略を一つの章全部をあてて書いたりしたが、それでも不十分だと感じてきた。この戦略の論理の全体像を語るには、とても一つの章では足らないと思ってきた。そこで、一冊の本をこのテーマで書こうと思ったのである。
そして、2024年の今の段階でオーバーエクステンションについての本を書こうと私が考えた最大の動機は、失われた30年の間に迷走して成長のエネルギーが枯れてきた感のある日本企業が動くべき方向を、あらためて提案したいという思いである。
過去50年以上にわたって日本企業の観察者である応援団であり続けてきた私の観察の一つは、「失われた30年」の背後には「無理をしなくなってしまった」日本企業という悲しい姿がある、というものである。だから、この本のタイトルのように、「経営は無理をせよ、無茶はするな」と言いたいのである。
このタイトルは、オーバーエクステンションの実行が簡単だと思って気楽につけたタイトルではない。かなり綿密に論理を考えたうえで、行動のステップをきちんと踏まなければ、オーバーエクステンションは成功しないだろう。その成功のためには、オーバーエクステンションの基本論理のきちんとした理解と、段階をきちんと踏んでいくオーバーエクステンションのプロセスマネジメントが必要となる。それらを書いた第3章と第4章が、本書の中核である。
じつは、実力不足のままで新しい事業活動を始めるということは、企業自身の内部にあえて不均衡を抱えることになる。現実の保有能力(実力)と必要な能力基盤(戦略の達成が要求する能力基盤)の間の不均衡である。その不均衡は、かなり組織にストレスをかけることになるだろう。現場が苦しむ時期が生まれるからである。私が『新・経営戦略の論理』の英語版(Mobilizing Invisible Assets, Harvard University Press)をアメリカで87年に出版してから、オーバーエクステンションという概念は欧米でもさまざまな形で論じられるようになり、それを「ストレッチ戦略」という名前で呼ぶ人たちもあらわれた(たとえば、G・ハメルとC・K・プラハラードの『コア・コンピタンス経営』)。ストレッチというストレスを組織にあえてかけるというのである。
そのストレスをあえて受け止めて、きちんとしたオーバーエクステンション戦略をとる必要のある成長の踊り場がある。それは、2024年の日本企業に必要な戦略というだけでなく、時間を超えて国境を超えて成立する、成長のための戦略なのである。
オーバーエクステンションという概念の最初の提唱から40年。今回、いくつかの実際のオーバーエクステンションの事例を紹介したうえで、オーバーエクステンションの基本論理やそれを成功させるために必要なプロセスマネジメントの論理、さらにはオーバーエクステンションの密輸入の論理など、オーバーエクステンションの論理の全体像を書くことができた。40年という意外に長い時間がかかってしまったという感慨があると同時に、自分の戦略論の原点あるいは故郷に戻ったような感覚もある。
私は2012年に『経営戦略の論理』の第4版を書いたときに、そのはしがきに「鮭は自分が生まれた川に最後は戻る、という。私も学者人生の晩年期に、生まれた川に戻り、そこで産卵しようとしているのであろう」と書いた。オーバーエクステンションについてのこの本もまた、自分の原点に回帰する本である。だからこそ、故郷に戻ったような感覚があるのだろう。願わくは、その原点が読者の方々にとっても意味のある論理であることを祈りたい。
こうした私の長い学者人生の後半部分を私とともに伴走してくださった日経BPの堀口祐介さんに、この本の編集もやっていただいた。長いお付き合いに心からの感謝をささげて、はしがきを終わりたい。
二〇二四年師走
伊丹 敬之
【目次】




