その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は鈴木哲也さんの『 セゾン 堤清二が見た未来 』。日経ビジネス人文庫版のまえがきをお届けします。

【文庫版まえがき】

 堤清二とセゾンは再び敗れた──。

 2023年の暑い夏、半年以上にわたる紛糾の末に、そごう・西武が米投資ファンドと家電量販大手ヨドバシホールディングスの連合へと売却された時、筆者のあたまには「敗戦」という文字が浮かんだ。

「なにをいまさら敗戦なんて。セゾングループはとっくに解体されているでしょ」。そんな声が聞こえてきそうだ。たしかに、そごう・西武は2006年からセブン&アイ・ホールディングスが所有してきた子会社だ。堤清二は2013年に亡くなっている。

 それなのになぜいま敗戦なのか。今回の売却を巡る騒動では、西武池袋本店というセゾングループ発祥の「聖地」が不動産売却の対象になった。それだけではない。その聖地が象徴していたのは、かつて人々を魅了したセゾン文化だ。言い換えれば、数値や金銭には直接還元しにくいが、確実に生活の豊かさと関係があること。

 売却騒動のなかで、西武百貨店やセゾンが長年培ってきた価値を見つめ直す機運がなかったわけではないが、大きな流れでは、そうした価値はあまり重視されなかった。結局は資本の力が前面に出て、不動産価値として値踏みされた百貨店がファンドやヨドバシに売られたということになる。

 セゾン文化という言葉からは「おいしい生活。」という広告や「西武美術館」に代表されるアートを想起するひとが多いかもしれないが、ここで言っているのはもっと幅の広いセゾン的なるものであり、無印良品やパルコ、ロフトという旧セゾングループが生み出した今も健在な企業たちの性格も含んでいる。そこにはセゾングループ創始者である堤という人間の生い立ちや理想が色濃く反映している。2018年刊行の本書は、それを掘り下げたもので、今回文庫化にあたって大幅に加筆した。

 最初の敗戦はいつかというと、バブル期の負債処理に伴って2000年代前半までにセゾングループが解体された時だ。セゾン各社が資本関係の面で、ばらばらになっていった。そして事業の整理やリストラの過程で多くの社員がもがき苦しんだ。グループを率いていた堤の責任は当然、重い。解体への道筋については第5章を読んでいただきたい。

 一方で、セゾン解体の過程を経ても、グループ各社は他社の傘下に入ったり、独立したりして生き抜いている。そこには「無印良品」を運営する良品計画のように、堤の目指した理念やDNAを引き継ぐ企業もある。事業家として大きく挫折した堤だが、社会や消費の先を見通す目を持っていたからだ。

 堤は決して成功者ではないが、彼の歩んだ人生から学べるものは小さくない。

 2018年、本書の「はじめに」で、筆者は堤についてこう書いている。

「バブル経済の〝あだ花〞だったという紋切り型の評価で、歴史に葬ってしまってもいいのだろうか」

 そこから5年が経った。そして、堤とセゾン的なるものは、2度目の敗戦を迎えた。いま筆者はより強く思っている。堤清二は何を目指していたのか、そして、なぜ破綻したのか。光と影の両面を掘り下げるべき人物だと。混迷が深まる時代に何か示唆があるはずだ。


 直近のそごう・西武売却に関しては、最後に第8章を新設し、詳しく論じた。2度目の「敗戦」から、堤による大切な「問い」が浮かび上がってくるからだ。まずはここで簡単に、売却が紛糾した構図を示しておく。「ステークホルダー資本主義」というキーワードからみると分かりやすいだろう。

 セブン&アイが子会社のそごう・西武を、経済的によい条件を提示した米ファンドとヨドバシ連合に売却することは通常、何ら問題は生じない。セブン&アイはコンビニエンスストア事業に集中しようと米国の同業を巨額買収したばかりで、不振が続く百貨店事業を切り離す判断は妥当な経営判断だ。従来、資本主義経済のなかで優先されてきたステークホルダー(利害関係者)は株主であり、そうした判断はセブン&アイ株主にとって喜ばしいことだ。

 だが、株主に限らず多様なステークホルダーを重視しようというのが、過去数年、欧米などから議論が盛り上がってきたステークホルダー資本主義という考え方だ。2008年のリーマンショックなども経て、格差拡大や環境破壊など、行き過ぎた株主資本主義の弊害が指摘されるなかで、働き手、地域社会や自然環境、取引先といった多方面のステークホルダーの声に耳を傾ける経営を求める流れが強まった。2019年には米国主要企業の経営者団体が、資本主義のあり方を転換すべきと提唱した。

 そごう・西武の売却を巡っては、同社の従業員や西武池袋本店が立地する地元の行政といったステークホルダーが待ったをかけた格好だ。企業の売却そのものに抗議したわけではなく、売却後の店舗の状況や売却先の動向に関して懸念を持った。本店にヨドバシが出店することが想定されるなか、百貨店としての事業や店の形態はどこまで維持できるのか、雇用は守られるのかといった懸念が拭えず、そごう・西武労働組合はついに大手百貨店として約60年ぶりという異例のストライキを決行した。

 ステークホルダー資本主義と近い議論が、堤がかつて提唱していた「マージナル産業論」だ。小売りなど流通産業は、「資本の論理」と「人間の論理」の境界に位置する、マージナルな産業であるという主張だ。この堤の発想にこそ、ダイエーの中内㓛、セブン&アイの伊藤雅俊、イオンの岡田卓也といった、他の小売大手をつくった創業経営者とは異質の個性が表れている。金銭的な利益追求が目標であるはずのビジネスを展開しながら、セゾン文化という柔らかなイメージをまとって生活者や地域社会、そして社員らにも新しい生き方を問いかけようとした。

 こうした理想主義は、そごう・西武の売却に伴って今回も敗れ去った印象だ。セゾングループの起点は、堤清二が父親から事業を継承した西武池袋本店であり、やはり象徴的な意味を持つ。清二は1954年に27歳で、西武百貨店に入社した。当時、西武グループは封建的な父・康次郎が率いており、西武百貨店の前近代的な組織風土に清二は反発。なんとか会社を変えたいと労働組合の設立にこだわったという。

 2013年11月25日に堤は死去した。1970年に陸上自衛隊市ケ谷駐屯地で自殺した作家、三島由紀夫と奇しくも同じ命日だ。堤は「辻井喬」として詩人や小説家の活動もしており、多くの文化人との親交があるなかで、三島とも親しかった。「楯たての会」の制服は三島から依頼され、西武百貨店が受注しデザインしたものだ。

 日本という国はどうあるべきか、日本人はどのように生きるのか。三島は残した作品と自身の生涯によって、いまも我々に問いを投げかけ続けている。簡単に答えが出ない問題を発し続けているという点においては、堤も共通しているのではないだろうか。

 2023年は堤が他界してから10年という節目であった。まるで10年後に動き出す時限爆弾を仕掛けていたかのように、世の中を騒がす今回の大きな問題が噴出した。もしも堤が存命だったら、何を思っただろうか。

 最晩年に取材した時のことを思い出す。最後まで堤の思い入れが強かったパルコに対して突如、イオンが出資した頃だった。

「私の内部での戦いです。目の黒いうちはやれることはやるという思いもあります」。提携することに反対だった堤。経営の表舞台を退いてから、既に約20年も過ぎていたが、静観すべきだとの思いと、何かできないかという気持ちが交錯していた。「パルコの株主総会に出席して反対意見を述べようか」と考えていたほどだ。

「流通業は『マージナル産業』であるという仮説を立てて、頑張ってきました。しかしいまの流通業界からは、大義名分がなくなってきているように感じます」。こう話していた堤は既に世を去ったが、10年後に起きた今回の売却騒動は、彼の理想に通じる大きな問題提起をしたとともに、人々に考える材料を与えたのは間違いない。

 筆者は1990年代の終わりから2000年代にかけて、記者としてセゾングループを担当した。グループの解体過程を取材したのちも、旧セゾングループ各社や堤の動向に関心を持ち続けてきた。堤とセゾンに対して、最後までこだわり迫った記者だと思う。

 堤と2人だけで会ったときには独特の言い回しで、胸の内をみせてくれた。「3人ともそれぞれ優れたところがあるのだけれど、それらの良さを合わせたような人がいないものかな」。セゾングループは1990年代、集団指導体制へ移行すべく、高丘季昭、竹内敏雄、和田繁明という3人の「代表幹事」に舵取りを任せた。グループのバブル期の処理が難航していた1990年代後半。既に高丘は他界し、堤は有能な部下であった和田との確執に苦慮していたのだ。第5章で取り上げているが、危機においてグループ幹部が一枚岩になれなかったこと、そもそも堤は人の使い方が決してうまくなかったことが、セゾンの挫折の一因となっている。堤の言葉から、部下との関係に悩んだ堤の内心が浮かび上がってくる。

 そして、これも遠回しな言い方であったが、自身の異母弟で西武鉄道グループを長年率いた堤義明への強烈な対抗心が会話からにじんでいた。筆者は義明が手掛ける「プリンスホテル」の評判について清二から話を振られ、答えに窮したことがある。清二のホテル事業への思い入れは大変強いものだった。この頃既に、国際的なホテルチェーンであるインターコンチネンタルホテルは売却していたが、銀座の高級ホテルとして知られた「ホテル西洋」などセゾンにはまだホテル事業が残っていた。話のなかに、いかにセゾンのホテルが上質かということの強い自負心とこだわりを感じた。

 2018年に本書を刊行してから、セゾン全盛期を知る世代だけでなく、いわゆるZ世代を含む若い層からの反響も多くあった。良品計画や西武百貨店、パルコ、ファミリーマートなど本書で取り上げた企業がかつて同じルーツだったとは知らない世代だ。

 先見性のあった堤の発想に刺激を受けたとの声があった。30年以上前に現在の消費ビジネスを見通すような視座を持ち得ていたことに驚きを感じた読者もいた。あらためて彼の歩みを再考してみることは無駄ではないだろう。

 2018年の出版後に、取り上げた旧セゾングループ企業の動向も大きく変化している。そごう・西武だけでなく、良品計画やパルコ、西友、ファミリーマートといった主要企業について加筆をした。加筆にあたり、良品計画の金井政明会長ら関係者の方々に取材をさせていただいたほか、「日経MJ」の同社関連の記事なども参考にした。

 本書のもともとの記述については、基本的には手を入れずに、そのまま残している。一例として「はじめに」の冒頭、無印良品がファミリーマートで売られていることを記載したくだりもそのまま残した。既に無印良品を売るコンビニエンスストアはローソンに変わっていることを、第1章で加筆した。もちろん変化を加筆できなかった事例が多いことは、お断りさせていただきたい。


 時代は大きな変わり目にある。どう働き、どう暮らすか、そして人生をどう歩むか。もちろん正解がみえているわけではないが、人々の模索のなかで、新たな価値観が生まれつつあることは確かだろう。今回の文庫化によって、本書がより多くの方の目に触れ、考える材料になれば、筆者として望外の喜びだ。

2024年1月 鈴木哲也


【目次】

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