その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は名和高司さんの 『経営改革大全 企業を壊す100の誤解』 です。

【はじめに】

「グローバル・スタンダード」に惑わされるな

 「グローバル・スタンダード」が、まことしやかに標榜されて久しい。バブル崩壊とともに、日本的経営が行き詰まってから早30年。その間、日本企業の多くは、経営のOSを世界標準に切り替えようと努力してきた。

 しかし、グローバル・スタンダードという言葉自体、欧米に対して卑屈になりがちな日本人の和製英語にすぎない。そもそも、世界標準などというものは、どこにも存在しないのだ。

 グローバルと呼ばれているものは、しょせんアングロサクソン型でしかなく、アメリカ企業のものまねにすぎない。しかも、そのアメリカにおいてすら、旧来のモデルからの脱却が模索されている。たとえば、企業は株主のものであるという通説は、もはや20世紀の遺物でしかない。またそのような前提に立って唱えられてきたROE(株主価値)至上主義は、いま抜本的な見なおしを迫られている。

 それにもかかわらず、わが国では最近ますますグローバル・スタンダードという教条主義が猛威を振るっている。その象徴が、日本版コーポレート・ガバナンス改革だ。社外取締役や女性の役員の数を増やすことに躍起になっている企業ほど、非連続な未来に向けた企業の舵取りというガバナンスの本質を見失っている。またROEの数字合わせのために自社株買いに走る経営者は、未来に向けてリスクをとって事業投資をし続けるという、企業家本来の役割に背を向けていると言わざるを得ない。

 もう一つのはきちがえの典型が、働き方(Work-Life Balance)改革。ここでも、時短やリモートワークなどといったうわべだけのブームに走っている企業が後を絶たない。それだけでは、アメリカのGAFAM(Google,Apple,Facebook,Amazon,Microsoft)や中国のBATH(Baidu,Alibaba,Tencent,Huawei)との競争において、日本企業の遅れは致命的になるだろう。ひところのゆとり教育の大失態の再現だ。

 本来目指すべき方向は、働き甲斐改革なのだ。WorkとLife(自己実現)が切り離されるのではなく、Work in Life、あるいはLife in WorkというWorkとLifeが融合する状態をいかに作り上げるかが、21世紀的な働き方の本質となるはずである。

 このような間違いだらけの経営論は、枚挙にいとまがない。グローバル経営、デジタル変革(DX)などといった大上段に振りかざしたものほど、上滑りなものばかり。オープンイノベーションやビジネスモデルイノベーションといったアメリカ型経営モデルも、一過性のブームで終わりがちだ。ESGやSDGsなどという最近の潮流を後追いしているだけでは、いつまでたっても周回遅れを取り戻せない。先見性を自負している経営者や勉強熱心なエリート層ほど、間違いだらけの経営モデルに飛びつきがちなので、ますますたちが悪い。

存在理由(パーパス)と「習破離」

 このような不毛な努力には、いい加減に終わりを告げようではないか。そのためには、借り物のモデルに振り回されず、まずは自社の存在理由(パーパス)をしっかり見極めなおす必要がある。しかもそれがどこにでもありがちなもの、たとえば、「地球や社会にやさしく」などというものであっては、誰の心も動かさない。自社ならではの志に根差し、多様な顧客や従業員の共感を勝ち得て初めて、その企業としての存在価値が研ぎ澄まされていくはずである。

 外にではなく、内にこそ答えがある。自社らしさの原点を見つめなおし、それを起点に非連続な成長を目指していくこと。そのような自分探しの旅の過程で、自社ならではの勝ちパターンが見えてくるはずだ。

 筆者は、四半世紀にわたり、マッキンゼー・アンド・カンパニーのシニアパートナー、ボストン・コンサルティング・グループのシニアアドバイザーなどという立場で、100社を優に超える企業に助言をしてきた。2010年に経営学者という立場に転じた後も、社外取締役やカウンセラーという立場で、経営変革のお手伝いをしている企業は30社を超える。

 外資系コンサルは、アメリカ流の経営理論やベストプラクティスを持ち込むというスタイルに走りがちだ。また、ビジネススクールのケースやフレームワークも、アメリカのものが大半だ。しかし、それを器用に学ぶだけでは、日本企業独自の優位性は築けない。

 日本では古来、武術や芸術などの世界で道を究めるうえで、「守破離」というプロセスが重んじられた。筆者はこれを「習破離」と言い換えている。日本人は学習が得意だと思われがちだが、日本的なイノベーションは、学習したうえで脱学習する力から生まれるのである。これを筆者は「学習優位」と名付け、経営の現場で提唱してきた。詳細は、拙著『学習優位の経営』(ダイヤモンド社)を参照されたい。日本企業は、アメリカの優れたモデルを学んだうえで、それを破り、独自のあらたなモデルを築くことを目指さなければならない。

100の通説と真説

 本書では、世の中に出回っている経営モデルの間違いを指摘し、それらをいかに正しく理解すべきかを説く。ここに挙げたもの以外にもまだまだあるが、きりがいいので、100の通説と真説という形で列挙した。

 第Ⅰ部では、ガバナンス、働き方改革、顧客指向など、最近の上滑りな経営論を取り上げる。いずれも、株主、従業員、顧客などに、「おもねる」経営にすぎない。これらの誤謬を指摘するとともに、正しい方向性を提示する。

 第Ⅱ部では、デジタル、グローバル、イノベーションなど、最新の経営モデルを吟味する。ここでも、世の中に流布している通説のウソを暴き、より本質に迫る方法論を展開する。

 第Ⅲ部では、通説を超える最先端の経営論を紹介する。経済モデル、組織モデル、人財モデルなどといった経営のファンダメンタルズを取り上げ、21世紀にふさわしい新たな枠組みを提案する。

 第Ⅳ部では、従来の日本型モデルとアメリカ型モデルを超える第3の道(ピボット)を提唱する。そこでは、志、和、共感などがキーワードとなる。このハイブリッド型経営モデルは、日本企業が自信を取り戻し、世界を力強くリードしていく礎となるはずだ。

 本書では、古典から最新の事例まで登場する。また、経営学に限定せず、哲学や宗教学、生物学や認知科学など、カバーするジャンルも多岐にわたる。時空を超えて、経営、社会、そして人間の本質に迫ることを心掛けたためだ。

 100項目のうち、関心の高いところを拾い読みしていただいてもいい。通勤途中やちょっとした隙間時間に、サクサク読んでいただけることを心掛けたつもりだ。どの項目にも、筆者の基本的な論点が、ぶれずに盛り込まれているはずである。経営者から学生まで、幅広い世代の皆さんに、手に取っていただければ幸いである。

 21世紀に入って早20年。そろそろ世界の後追いから、日本発の新しい経営モデルに舵を切りなおそう。

 世界各地で、反グローバリズム旋風が吹き荒れている。市場経済という名のグローバリゼーションは、富の一極集中という歪いびつな構造を増殖してきた。とはいえ、そこに背を向けて民族主義に立ち戻ろうとする最近の風潮にも、正しい答えはない。日本企業が、志を基軸とした新しい経営モデルを世界に示すことができれば、世界に共感と融和をもたらすことができるはずだ。

 本書がそのような新しいジャーニーに向けて、皆さんの背中を押す一助となればと願っている。

2020年1月  箱根にて  名和 高司


【目次】

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