その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は相原孝夫さんの 『職場の「感情」論』 です。

【序章】なぜ、「職場の感情」がますます重要になるのか

1 リモートワークは突然に

時間の自由と蓄積される不安

 2020年度は、予想だにしなかった始まり方をした。新型コロナウイルスの蔓延による外出自粛要請の中で、多くの人が在宅勤務、学生は在宅学習という形で新年度が始まった。4月に新入社員として企業に入社した人の中には、配属先の上司と一度も直接に顔を合わせないまま、2、3カ月を過ごした人も多く、思いもよらず「リモートワーク元年生」となった。

 もっともリモートワークが可能な職種は、全体の3割ほどと言われる。生産やサービスに関わる人たちは現場に行かなければ仕事にならない。したがって、ホワイトカラーを主として、しかも大手企業を中心に進んでいる現象と言える。

 リモートワークは働き方改革の一環として、企業が進めようとしてきたものの、容易に進まなかった働き方であり、それがいわば強力な外圧によって、強制的にしかも一気に進んだ。

 しかし、あまりに急であったため、多くの企業では、リモートワークに関する方針を定めることもなく、また、それへ向けた教育を施すこともなく、何の準備もないままに、突然スタートせざるを得ない状況となった。諸々の調査結果によると、今回初めてリモートワークを行った人が8割程度を占め、たいへん不慣れであることには間違いない。

 しかし、そのようなスタートであった割には、「やってみたら、意外と思ったよりもうまくできているじゃないか」という感想を持った人が多かったようである。仕事はオフィスでないとできないと思っていた中高年層も、やらざるを得ずに実際にやってみて、「オフィスに皆が集まらなくてもある程度できる」と実感できた点などはポジティブな側面である。

 リモートワークには当然ながらメリットとデメリットがある。開始当初から2、3カ月の間は、どちらかといえば、多くの人がメリットを感じたようであり、時間が経つにつれ徐々に、問題点が顕在化してきた感がある。

 メリットの中でも、通勤の苦痛から逃れられたことが、多くの人にとって大きなインパクトを与えたことは間違いないだろう。時間的にも余裕をもって仕事に入ることができ、好きな音楽をかけて仕事ができるし、自分の時間を柔軟に調整もできる。誰にも邪魔されずに、仕事に集中できる。「在宅勤務は意外と楽しい」と思った人は多かったに違いない。

 リモートワークの問題点として挙がることの多いコミュニケーションに関しても、中には、「対面だと、上司や先輩などと話す際に緊張してしまうが、オンライン上だとフラットな感じがして話しやすい」という人も少なからずいたようだ。

 こうした環境が2カ月くらいであったなら、メリットのみを強く実感して終わったのかもしれない。しかし、さらに延長され、いつ終わるとも知れない状況となり、リモートワーカーたちの不安や疲労も蓄積し、徐々にデメリットの面がクローズアップされていった。

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リモートワーク廃止に動く企業の論理

 日本生産性本部が2020年10月に、20歳以上の雇用者約1100名を対象に実施した調査によると、「自宅での勤務に満足しているか」に対して、肯定的な回答(満足している+どちらかと言えば満足している)は7割弱であり、否定的な回答(満足していない+どちらかと言えば満足していない)の3割強を大きく上回った。5月の調査時点よりも肯定的回答が増加した。

 在宅勤務に関して、満足度という場合、厳密には、「仕事上の満足度」と「生活上の満足度」に分けられる。コミュニケーションをはじめ、様々な不便さから仕事上の満足度は低下した一方で、自由な時間が増え、家族との時間も増えたことで、生活上の満足度は向上した可能性は高いと考えられる。

 今後、どうなるかは未だ不透明だが、少なくとも、ポストコロナにおいても、リモートワークは何らかの形で残ることは間違いないであろう。企業としても、せっかく柔軟な働き方の実験ができたので、これを取り入れていかない手はない。仮に今後、新型コロナウイルスの脅威が去っても、リモートワークの活用は進むであろう。

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 前述の調査によると、「コロナ禍収束後もテレワークを行いたいか」との問いに対し「そう思う」と回答したのは26・0%で、「どちらかと言えばそう思う」が42・8%。積極派が7割弱を占める一方で、「どちらかと言えばそう思わない」が19 ・7%、「そう思わない」も11・5%と、消極派も3割強いた。積極派は5月の調査から7月調査へかけて増加したものの、そこから若干減少している。

 メリットが実感できた一方で、デメリットも当然あるに違いない。

 見えてきた問題点に対処していくことによって、不安や不満を解消していく必要がある。また、ポストコロナにおいては、在宅と出勤との適切な組み合わせを模索していく必要がある。

 メリット・デメリットがある以上、すべてをリモートワークに置き換えることや、すべてリアルに戻すといった極端な形への移行は考えづらい。米国では、積極推進派として一時は4割以上がリモートを活用していたIBMがリモートワーク制度を廃止したということが過去にあった。その他にも、米ヤフーやヒューレット・パッカード、ハネウェルなども同様に、リモートワークを取りやめている。チームで働くということには向いていないというのが主な理由だ。

 当時、業績が低迷していた米ヤフーのCEOに就任したマリッサ・メイヤーがオフィスに行くとほとんど誰もいなかったため、リモート禁止の通知をした話は有名だ。その通知内容は、「社員は社内にいることが重要で、最善の決断や洞察は廊下やカフェテリアの雑談、人々の新たな出会い、即興のチーム会議から生まれることもある」というものだった。

 リモートワークにデメリットがあることは間違いないが、これらの企業の事例は若干行き過ぎた極端な例であり、リモートワーク自体は米国においても確実に普及してきている。どの程度の割合が良いかは、業種や職種、立場によっても異なり、未だ正解はない。

2 新たなるダイバーシティの誕生

リモートワークと生産性

 柔軟な働き方としてのリモートワークだが、企業としての期待は、従業員の満足度と共に、生産性の向上にある。この点については、リモートワークによって生産性が向上したという調査結果もあれば、低下したという結果もあるが、これは当然であろう。なぜならば、置かれた環境が様々だからである。

 従来の出社して働くスタイルの場合、職場という同じ環境を共有していたわけだが、リモートワークの場合、人それぞれ違った環境に身を置く。自宅においては、集中して仕事をしたり、ウェブ会議をするのに適した個室が確保できるかどうかの違いがまず大きい。その他、家族構成も様々であり、育児や介護の有無の違いもあるであろう。夫婦そろってリモートワークをし、家事や育児の押し付け合いや環境の良い部屋の取り合いで夫婦関係がぎくしゃくしているケースもあると聞く。

 環境も重要だが、そもそも、リモートで進めやすい仕事とそうでない仕事がある。加えて、在宅で快適に仕事が進められるかどうかは当人の資質や上司の関わり方にも拠るであろう。したがって、リモートワークで生産性が向上するのか、低下するのかは、置かれた環境や本人次第と言える。

 調査母数の中に、比較的良い環境で仕事をしている人が多く含まれれば、平均値は高くなるに違いなく、逆の場合には低めに出ることになる。孤独を感じづらい、もしくはむしろ孤独が好きなタイプの人が、集中度が高まりやすい環境の中で、自己完結で進めやすい仕事をするならば、生産性が高まらないほうがおかしい。

マネジメントは複雑さを増し、特に「感情」の問題が重要になる

 しかし、企業としては、リモートワークを進めていくにあたって、従業員満足度の向上だけでなく、当然、生産性も向上させていきたいわけである。そのためには、置かれた環境が様々で、一人ひとりの適性や資質も様々であることを前提のうえで、適切なマネジメントを行う必要がある。よって、マネジャーにはこれまで以上に高度なマネジメント能力が求められることになる。

 これまでも、ダイバーシティ等の推進の中で、マネジメントの複雑さは増してきた。とはいえ、日本企業においては、ダイバーシティについて配慮すべき要素としては、性別と年齢くらいであった。しかし、リモートワークが前提になれば、住環境や家庭環境という新たな要素が入り込んでくる。これはいわば、「新たなるダイバーシティの誕生」である。

 メンバー個々人の性質という面だけとっても、これまで以上に注意を払わなければならなくなる。リモートワークの中での上司のサポートに対しても、人によって受け止め方が大きく異なる可能性がある。同様のサポートに対しても、上司から見てもらっているという感覚が希薄になり、孤独感にさいなまれる人もいれば、一方では、リモートで監視されているという強迫観念を持ってしまう人もいるかもしれない。

 こうした点も含めて、マネジメントはより複雑さを増していく。ポストコロナの世界においては、リモートとリアルの一定割合でのハイブリッドな働き方となっていく可能性が高く、それへ向けて、組織のリーダーはマネジメント能力を磨いておく必要がある。より複雑化した環境下において、メンバー一人ひとりの状況を把握し、不安や不満を解消し、生産性高く働くことができるよう、サポートしていくことが要請されているのだ。

 特に重要となるのが、本書のテーマである「感情」の問題だ。

 ダイバーシティの進展により、職場の人材は多様化し、一人ひとりの思いや感情を把握することのハードルは上がった。それゆえ、感情がないがしろにされ、人と人とのつながりが分断され、職場力が衰退するような事態があちこちで起こっている。

 さらに、コロナ禍でのリモートワークが追い打ちをかけるような事態が進みつつある。感情を把握することのハードルは上がったが、嘆いてばかりはいられない。これを好機として、本来あるべき職場の姿を取り戻さなければならない。


【目次】

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