その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はハビアー・ブラス、ジャック・ファーキー(著)、松本剛史(訳)の『 THE WORLD FOR SALE(ザ・ワールド・フォー・セール) 世界を動かすコモディティー・ビジネスの興亡 』から序章の一部を抜粋してお届けします。

【序章 最後の冒険者たち】より一部抜粋

 コモディティー取引は商業そのものと同じくらい古いものだが、この業態が現在のような形をとるようになったのは、ようやく第二次世界大戦から数年後のことだった。商社が初めて本当の意味でグローバル化したのはこの時期であり──そしてこれが重要な点だが、石油が取引可能なコモディティーになりはじめたのだ。それまで狭いニッチで活動していたコモディティー商社が、一九五〇年代に入って突然、世界経済成長の大きな波の頂点に立つことになった。アメリカが超大国の地位に就いて、世界中で取引を推し進め──初期の商社がその使節役となった。世界における製品と天然資源の取引額は、ドルに換算すると、第二次世界大戦直後に六〇〇億ドル弱だったのが、二〇一七年には一七兆ドルを上回った。その四分の一を占めているのがコモディティーなのだ。

 そして経済的繁栄が欧米から世界へと広がっていくあいだ、コモディティー商社はその先陣を切りつづけた。商社は他の投資家たちが「新興国市場」という存在に気づく何年も前から、インドやロシア、中国、インドネシアといった国に最初にオフィスを開設した欧米の企業だった。「気弱な人間にできる仕事ではないね」とカーギルのCEOデイビッド・マクレナンは言う。「他の連中が行かない場所へ行くのが、カーギルの歴史だった。チャンスはそういった場所にある。危機があろうと脅威があろうと、リスクの高い状況だろうと、それはチャンスを示しているんだ」

 本書のストーリーの軸にあるのは、グローバル経済をコモディティー商社にとって有利な方向に形づくることになった四つの変動だ。一つめは、かつては厳格に統制されていた市場が──なかでも石油の市場が開放されたことである。「セブン・シスターズ」と呼ばれる大手石油会社七社の支配が、一九七〇年代に中東諸国で高まった国有化の波のためにゆるんだ。すると突然、油井から製油所、ガソリンスタンドにいたるまで一企業のサプライチェーンに縛られていた石油が、自由に取引できるようになり、固定されていた価格も動きはじめた。いまと同じように、中東やラテンアメリカの指導者たちが売ることのできる石油を手にした。コモディティー商社はそれを分け隔てなく取り扱うことで、新たな形のグローバルパワー、すなわち石油国家の創出に寄与した。

 二つめは、一九九一年のソビエト連邦の崩壊である。この事件は世界の経済関係と政治的主従関係のネットワークを一気に描き直した。ここにもコモディティー商社が出張ってきて、それまでの計画経済に市場の法則を持ち込んだ。混乱のなかで苦境にあえぐ鉱山や工場にとって重要なライフラインとなり、政府全体を下支えすらした。それと引き換えに、天然資源をきわめて有利な条件で手に入れることができたのだ。

 三つめは、二一世紀の最初の一〇年に起こった中国の目覚ましい経済成長である。中国経済の工業化に伴い、膨大なコモディティーの新規需要が生まれた。たとえば一九九〇年に中国が消費した銅の量はイタリアと変わらなかったが、現在は地球上にあるすべての銅の半分が中国の工場に呑み込まれている。また中国の農村人口が都市に移動したことで、食料と燃料の輸入に対する新たな需要も生み出された。その結果、国際的なコモディティー取引がまた一段と活発化し、価格も大幅に高騰した。底なしの需要に応えようと、トレーダーたちはコモディティーを求めて世界中を駆け回り、中国とラテンアメリカやアジア、アフリカの資源国のあいだに新たな経済関係を作り出すのに貢献した。

 四つめは、一九八〇年代に始まった世界経済の金融化、および銀行部門の拡大である。以前の商社は買った金属や穀物を出荷するごとに支払える資金がなくてはならなかったが、いまの商社は急に借入金と銀行保証を利用できるようになり、はるかに大量の取引とはるかに多額の資金調達が可能になった。

 以上に挙げた四つの変動の結果として、グローバルなコモディティー取引を支配する一握りの企業や個人の持つ資産とパワーは驚異的な拡大を遂げた。トレーダーたちの狙いは、利ざやの小さな取引を大量に行って利益を出すことにある。そしてその量はたしかに膨大だ。二〇一九年、世界最大のコモディティー商社四社の取引高は七二五〇億ドルという、日本の輸出総額を超える数字だった。この業界が手にした利益もやはりすさまじかった。マーク・リッチ&カンパニーは一九七九年の石油危機で大儲けし、アメリカで最も高収益の企業一〇社に入っていたと思われる。中国主導のコモディティーブームに沸いた二〇一一年までの一〇年間で、最大のコモディティー商社三社が上げた利益の合計は、アップルやコカ・コーラといった有名なグローバル商取引の超大手企業よりも大きかった。

 さらに驚くべきは、こうした利益を分け合っているのがきわめて少数の人間であることだ。コモディティー商社は多少の例外をのぞき、ずっと非公開のまま、一握りのパートナーや創業者で利益を分かち合い、そうした個人一人ひとりを途方もない金持ちにしてきた。ビトルはいまでも社員だけが所有する会社で、過去一〇年だけで一〇〇億ドル以上を株主の社員たちに分配している。カーギルのオーナー一族には一四名も十億(ビリオネア)長者がいるが、これは世界のどのファミリーよりも多い。歴史ある穀物商社ルイ・ドレフュスはほぼ完全にひとりの人物だけが所有している。グレンコアは二〇一一年に上場したときに、七人の十億長者を生み出した。

 巨額の金、戦略的に重要な資源、他の人間が足を踏み入れたがらない場所で活動しようとする意志が組み合わされば、節操の足りないコモディティー取引業界の面々に囲まれて不正を行う機会には事欠かなくなる。それが広く可能になったのは、コモディティー取引に対する規制や政府の監視が驚くほど不足しているという事情が大きい。

 コモディティー・トレーダーたちの活動がこれほど長きにわたって監視の目を逃れてきた理由のひとつは、彼らの仕事の場が国際金融システムの最も不透明な領域であることだ。彼らが輸送するコモディティーはしばしば国の規制のおよばない公海上に置かれ、通常はオフショアの国や地域のペーパーカンパニーを通じて取引が行われる。また商社の本拠はだいたい、スイスやシンガポールなど、規制がゆるいことで知られる国にある。チューリヒの有名な法律事務所はこう言っている。「コモディティー取引活動への規制は、スイスにはほとんど存在しない」。くだんの事務所ペスタロッチは、誰よりもそのことをよく知る立場にある。事務所名の元になった人物ペーター・ペスタロッチは、マーク・リッチ&カンパニー、のちのグレンコアの弁護士として三〇年も勤務し、二〇一一年まで同社の取締役も務めていた。

 そのためか、コモディティー・トレーダーが見出しになる場合には、なんらかの不正行為がらみであることが多かった。なかでも悪名が高く、そしてコモディティー・トレーダーに対する一般の認識を最も強烈に形づくったのは、マーク・リッチの一件だろう。多くの点で現代のコモディティー取引の創始者ともいえるリッチは、脱税に加え、テヘランで数十人のアメリカ人が人質に取られている最中にイランとの取引をしたかどで起訴され、スイスに身を潜めていたのである。

 私たちがインタビューしたトレーダーのなかには、賄賂や腐敗だらけだといわれるこの業界の評判について、驚くほどあけすけに語る人物もいた。「これは残念ながら、コモディティーの業界をずっと悩ませている問題だ」。石油商社グンバーの共同創業者でCEOのトルビョルン・トルンクビストは、私たちにそう語った。「不都合な秘密はいくらでも埋まっているが、その多く、いや、ほとんどは掘り出されずじまいになるだろう」

 二〇〇二年までグレンコアの最上級パートナーのひとりだったあるトレーダーは、現金をいっぱいに詰めたスーツケースを手にロンドンへ定期的に出向いていた、と平然と語った。そしてこうも言った。あの当時はもちろん、「手数料」を支払うのはスイスの企業には合法というだけでなく、税控除の対象でもあったのだ、と。

 PRなどでよく出てくる決まり文句に逃げ込む人たちもいた。この業界が不正だらけだという評判は過去のものだ、われわれは腐敗に対して「ゼロトレランス」、つまり徹底的に排除する方針で臨んでいる、と。たしかに状況は変わった。海外での「手数料」はもう以前のような税控除の対象ではない。いまは銀行も融資先の企業にはずっときびしく問い合わせをしている。コモディティー商社の多くはコンプライアンス部門を置き、社内における警察官の役割をさせている。

 それでもこの業界を否定的に描く話は絶えることがない。ごく最近になっても聞こえてくるのは、コモディティー・トレーダーが利益を上げるためにはいまだに道徳や法律を棚上げしがちだということを示している。コンゴ民主共和国やコートジボワールからブラジルやベネズエラにいたるまで、世界最大の商社の多くが反腐敗を掲げる検察当局の標的になっているのだ。

 とはいえ、コモディティー商社の活動のなかでも最悪の例によって、業界全体が特徴づけられてしまうのは行きすぎだろう。「ハリウッドのプロデューサー全員がハーベイ・ワインスタインでないのと同じように、コモディティー商社すべてが賄賂を使っているわけではない」と、中規模の金属商社を経営するマーク・ハンセンは主張する。

 ただし、コモディティー商社の評判が上々というのにほど遠いのは、腐敗がらみの部分だけにとどまらない。その多くが低税率の国に本社を置いているおかげで、巨額の利益に比べると税金の額が驚くほど少ないという事情もある。ビトルは過去二〇年間、二五〇億ドル以上の利益に対して一三%の税金しか支払っていない。

 また、気候変動という現実を受け入れつつある世界にあって、いまだに環境を汚染するコモディティーに大きく依存している事業モデルを改善しようという姿勢があまり見られない。たとえば石炭は、このコモディティーの世界最大の輸出企業であるグレンコアにとって、最も重要な利益源のひとつだ。グラゼンバーグは、もともと石炭ビジネスでキャリアをスタートさせ、かつて「世界は石炭に飢えている」と誇ったくらいに「石炭となると目の色が変わる」し、いまも大ファンでありつづけている。石油と天然ガスは相変わらず、トップトレーダーの多くにとってはきわめて重要な存在のままなのだ。私たちが話を聞いたかぎりでは、誰もそのことを倫理的な面から憂えている様子はなかった。世界が化石燃料を消費しつづけるかぎり、われわれも取引を続けると主張するばかりだった。とはいえ、当人たちが気候変動に及ぼす影響を気にかけていないにしろ、化石燃料についての世論の変化が彼らのビジネスの脅威となってくることに変わりはない。

 その未来がどうなるにしても、ひとつ確かなことがある。コモディティー商社はここ四分の三世紀のうちに、世界できわめて重要で影響力のある存在となった。ところがその活動は、あまりにも長いあいだほとんど理解されず、その意義も過小評価されてきたということだ。

 本書がその認識を変える一助となることを願っている。

注:書籍に記載されている注は省略しています。

(Copyright © 2021, Javier Blas and Jack Farchy)


【目次】

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