その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は國澤純さんの『 9000人を調べて分かった腸のすごい世界 強い体と菌をめぐる知的冒険 』です。
【はじめに】
腸に棲(す)む未確認生命体があなたの健康と未来を決める
──不思議な腸内細菌の世界へようこそ
「未確認生命体」と聞くと、どんなものを想像しますか?
おそらく、宇宙人みたいなものを想像する方が多いのではないでしょうか。
でも実は、あなたの身近なところにも「未確認生命体」が存在しています。
その場所とは「腸」です。
私たちは、それぞれが自分の腸の中に、複雑で多様な細菌の世界を持っています。その世界は、一人ひとりで違っており、そこには、まだ名前すらついていない菌もいます。さらに、それらの菌は単独で生きているのではなく、お互いが助け合い、あたかも一つの生命体のごとく存在していることから、「スーパー生命体」ともいわれています。
さて、「あなたの体は、何でできているでしょうか?」と聞かれたら、多くの人が「食べたものでできている」と答えると思います。しかし、その答えでは、残念ながら○はつけられません。△です。
私たちの体は、食べたものから吸収した栄養だけでできているわけではありません。実は私たち自身がそのものを口にしていなくても、スーパー生命体である腸内細菌がつくってくれる栄養素や、生み出してくれる有益な代謝物──腸内細菌たちが新たに生み出して私たちに提供してくれている物質や成分──にも支えられているのです。
私たちの体質は、お父さんやお母さんから受け継いだ遺伝子、ゲノムによって決まる部分もあります。しかし遺伝子がまったく同じ一卵性双生児が、同じ体質・健康状態かといえば、そんなことはありません。そこにはゲノム以外の原因もあります。その一つが腸内細菌なのです。
私たちが腸内に持つ複雑で多様な細菌の世界は、たとえ双子であっても異なっており、一人ひとりに固有なものです。腸内細菌そのもの、そして腸内細菌からつくり出される代謝物が、私たちの体質や健康状態に影響を与えているのです。
本書では、1冊をかけて、腸内細菌と腸内細菌たちの代謝物がつくり出す「腸内環境」と、私たちの体や健康との関わりについて見ていきます。
もしかしたら、「1冊分も、腸と腸内細菌について知っておくべきことなんてあるのか」と思う方もいるかもしれません。でも、ご安心を。腸、腸内細菌、そして細菌たちが生み出す物質が私たちに与えている影響は、まちがいなく、多くの方が考えているよりも多岐(たき)にわたり、そして大きなものです。特にここ10年ほどで飛躍的に研究が進んだため、それほど詳しくお話ししなくても、とうてい、1冊や2冊では収まりません。
膨大な情報から選(え)りすぐって1冊に集約し、本書では、忙しい、けれど自身や家族の健康を保ちたい方、不調をなくしたい方、加齢による悪い影響を抑えたい方などに向けて、特に役立つこと、そして腸と腸内細菌の不思議で面白い世界を伝えていきます。
1人でも多くの方が、私たちの体内にある細菌たちの営みの面白さと、細菌から見る私たちの体と健康と未来について興味を持っていただけたら、嬉(うれ)しく思います。
誰のお腹にもいる「腸内細菌」に、なぜ今、注目が集まっているのか?
まずは、本書の中心テーマ、「腸内細菌」について、簡単にお話ししていきます。
腸内細菌はヒトの体を宿主とし、入ってきたもの(ヒトが食べたもの)をエサにして生息します。その中でヒトが合成できないビタミンをつくったり、有益な代謝産物を生み出したりしています。
体内に生息する菌の数は、100兆個にも及ぶといわれます。人体を構成する細胞数が30~50兆個なので、菌のほうが倍以上多くなります。その菌とヒトは共生関係にあって、私たちヒトは菌に助けられて、生命の恒常性と健康を維持しています。
私が所属する国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBIOHN)では、これまでに日本人9000人以上の腸内細菌を分析し、腸内細菌がつくり出す腸内環境と健康、及び病気の関わりを明らかにする⼤規模なデータベースの構築と解析を進めています。
すでに多くの人が、腸内細菌がお通じの良し悪しを左右し、免疫に影響を与え、花粉症や感染症などの予防に役立つことを知っていると思います。また最近では、健康に関わる乳酸菌(Lactic acid bocterium)の入った製品に人気が集まっているのをご存じの方も多いのではないでしょうか。
腸内細菌が肥満や糖尿病・動脈硬化・高血圧・がんなどの生活習慣病のほか、睡眠やストレス、認知症やうつ病などの心の状態にまで関わっていることが明らかになっています。
そのほか、
・同じ食事でも、太りにくい人・太りやすい人
・同じ食品でも、アレルギーにならない人・なる人
・同じスキンケアでも、肌の調子が整う人・肌荒れする人
・同じ睡眠時間でも、疲れが取れやすい人・取れにくい人
・同じ室温でも、体が冷えにくい人・冷えやすい人
・同じ生活パターンでも、ストレスを感じにくい人・感じやすい人
など、多くの方が「体質」と思っていることに、腸内細菌が何らかの形で影響を与えている可能性があります。
今後、研究が進むにつれて、腸内細菌と健康、病気、そして体質との関わりは、さらに明らかになるでしょう。同時に、腸内細菌が寄与するメカニズムを使って、より健康的になるために腸内細菌を積極的に活用するようになると思います。
腸内細菌は「共生者」。ヒトの中に豊かに育まれる新しい世界
もっとも、「寄与してくれる」とはいえ、菌は何も「私たちのために腸内に存在している」わけでも、「献身的に働いてくれている」わけでもありません。あくまでもヒトが食べ、腸に送られたものがエサとして供給されるから、菌はそのヒトの腸内にいる、という関係性です。
菌がビタミンや有益な代謝物を生み出しているというのも、菌が生きていく中で生み出されたものが、たまたま人間にとって有益だったり栄養となったりしているだけです。
さらに大事なこととして、与えられるエサの質と量によって、腸内にいる菌も、生み出されるものの質も量も変わることを忘れてはいけません。そう、ヒトが何を食べるかに、腸内細菌は大きな影響を受けているのです。
このことは、「思い通り」とまではいかなくても、ヒトが腸内細菌をコントロールできる可能性を示しています。それは、いわゆる「健康的」といわれる食事や、多くの人が健康や美容のために心がけている食事が腸内細菌にもいい、というような単純な話ではありません。
何らかの理由で腸内細菌との関係性が悪くなってしまっているならば、良好な共生関係に戻すには、「今日はいつもと違うものを食べてみるか」といったほんのちょっとの意識がきっかけになります。本書で詳しく紹介しますが、ヨーグルトや納豆などの発酵食品のとり方を工夫するだけで、あなたの腸は変わり始めます。「炭水化物」についての考え方、そして食べ方を少し変えれば、さらにあなたの腸内環境は大きく改善するはずです。
私たちが食べたものをエサにする腸内細菌にとっては、「宿主(ヒト)が何を食べるか」が最も重要な問題であるのはまちがいありません。
そんな菌との良好な共生関係を築き直す方法について、信頼できる研究と科学的に正しいデータに基づいてまとめたのが本書です。「何を食べて、どんな菌を増やすと有益な代謝産物を得られるのか」という実践的な方法はもちろん、共生関係についての理解が深まるように、菌の特性や機能、腸の構造についても解説していきます。われわれの最新研究で明らかになった、いわゆる「痩(や)せ菌」──私たちの肥満に関わる菌。その働きによって太りにくくなる菌──についてもお話しします。
今までは、「自分の体のために、何をどれだけ食べるといいか」ということが食の効果をはかる基準でしたが、これからは「自分の体、そして腸内細菌のために、何をどうやって食べるといいか」という方向に変わりつつあります。
手間は増やさずに、より賢く、より戦略的に。体質や健康状態に影響を与える不思議な器官である腸の面白い世界に、ぜひ、たっぷり触れてみてください。
本書が、ご自身そしてご家族の健康をマネジメントするための一助になれば幸いです。
國澤 純
【目次】