その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は中村建助さんの『 ソフトバンク もう一つの顔 成長をけん引する課題解決のプロ集団 』です。
【はじめに】
2023年10月4日、東京・芝公園の高級ホテルである「ザ・プリンス パークタワー東京」の宴会場は、何千人ものビジネスパーソンが列をなし、朝から熱気に包まれていた。
列をなす理由は一つ。この場所ではこの日から開かれる企業向けイベント「SoftBank World 2023」への出席にある。多くはソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義やソフトバンク社長兼CEOの宮川潤一の講演を楽しみに足を運んだ。日本の名だたる企業の経営層といったキーパーソンの姿も見える。
宴会場の入り口手前から通路の壁に沿ってずらっと並んで、多くのキーパーソンを迎えるのはスーツ姿のソフトバンク法人事業の営業部隊の面々。20代とおぼしき若手も多い。その数は1000人を超すだろうか。顧客に声をかけ、講演会場までアテンドする。
午前10時、何を話すのか直前まで裏方の事務局にも正確には分からないという孫の特別講演が始まった。メインとなるテーマはAI(人工知能)だ。
大写しにした1匹の金魚のスライドを「約60ページのプレゼンのうち、大事なページがあるとすればその1つです」と切り出したこの日の特別講演も、多くの来場者の度肝を抜くものだった。金魚の絵が示すのは、AIの進化によって人間の知能とAIの差が金魚と人間並み、つまりはニューロン(神経細胞)の数で1万倍に開いた時代が到来するという考えを示した。
さらに大人数の前で講演するのは久しぶりだという孫はSoftBank World 2023の特別講演でこう大見えを切った。「僕はソフトバンクを世界で最もAIを活用するグループにしたい。(中略)このAGIを心から信じて、最も活用する企業集団に進化したいということであります」。
2022年11月、突如として登場したChatGPTは世界に衝撃を与えた。登場から1年が経過した今も、関心は高いままだ。AGIは汎用人工知能の略であり、生成AIの先、孫によれば「AIが人間の英知をほぼ全ての分野で抜いてしまう」状態を指す。さらにその先に訪れるのが人類の英知の総和の1万倍になるというASI(人口超知能)の時代。金魚と人間の比較はASIが到来した時代を指したものだ。
もう一つの顔、法人事業
特別講演で大きく取り上げられただけではない。SoftBank World 2023の後、多くの顧客との間でAIをテーマにした商談が動き始めた。
AGI、さらには2022年末から世間の話題を集め続ける生成AIにソフトバンクが全力を注ぐのには理由がある。AI活用で自らを進化させるのはもちろんだが、AGIや生成AIで生まれた成果を外部に提供し、日本企業、あるいは日本社会の変革を支援する。これが本書で取り上げる同社のもう一つの顔である法人事業が目指すところだ。
ネットワークや固定電話サービスの販売からスタートした法人事業は、デジタル化、DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展に伴い、デジタルコミュニケーション、デジタルマーケティング、デジタルオートメーション、セキュリティーなどの領域まで幅広く手がける。いわば課題解決のプロ集団だ。「エンタープライズビジネス」としてセグメントされる法人事業は2022年度の時点で、売上高7500億円、営業利益1300億円を超える。
2021年6月に開催した同社の法人事業説明会で宮川はこう語っている。
「私のスローガンの一つは日本をDX先進国にするという宣言です。通信業界からDXの会社に変革する、パートナー企業にもDXしてもらって、日本をDX先進国にして、日本をもっと元気にして、国力を上げるプロジェクトです。真剣に取り組んでまいります」
まだ一般の認知度こそ低いものの、課題解決のプロ集団で構成される法人事業を知ることは、ソフトバンクの成長のエッセンスを知る最短経路になる。同社の全面協力の下、本邦初公開の情報を含め法人事業の強さを正面から取り上げた本書は、DXによる成長を考える全ての企業の参考になるはずだ。
法人事業の関係者がこぞって指摘するのが、事業をけん引する営業の強さ、さらに言えば個々の営業担当者のパワーである。本書は営業を支える仕組みを含め、これまでほとんど描かれなかった担当者の動きにもできるだけフォーカスした。ソフトバンク社内外を含め取材した法人事業の関係者は数十人に上る。当事者たちの行動原理や考えが少しでも伝わればと思う。
3部構成で法人事業の実態を明らかに
本書の構成を説明する。
第1部では、ソフトバンクの次世代の成長の原動力となる法人事業の概要を記す。法人課題解決ビジネス、ソリューションビジネスで手がける事業は何か、重視する「データ活用」とは何かについて触れ、データ活用を軸とした企業支援の事例や営業の強さの秘密も掲載する。
「まず自分たちでやってみる」のがソフトバンクだ。自分たちが実際に使ってノウハウをつかみ、自信を持ってソリューションを提供できるようにする。
直近の事例として、AIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の活用などにより約4500人月相当の業務時間を創出した「デジタルワーカー4000プロジェクト(DW4000プロジェクト)」、東京・竹芝の本社のスマートビル化などの具体的な取り組みも紹介する。
第2部では、ソフトバンクが法人事業で目指す未来を明らかにする。当初から120人の精鋭営業部隊を集めて2017年に新設したデジタルトランスフォーメーション本部(DX本部)からスタートし、自治体支援や社会インフラの革新、ヘルスケア、さらには中堅・中小企業のDX支援などを含めた社会課題解決を目指す動きを取り上げる。全社で突き進む生成AIへの対応も詳説する。これらは今後を見越した成長戦略として、ソフトバンクが掲げる「Beyond Carrier、Beyond Japan」に対する法人事業の回答としての一面を持つ。
第3部では、現在に至る法人事業の歴史を記すと同時に成長の背後にある、データ重視の姿勢とフラットな社風といった企業文化に迫る。
全社では連結売上高6兆円を見込む
ここで少し、本書を読み進めやすくするため、ソフトバンクの簡単な概要を記したい。
現在のソフトバンクが誕生するまでは、ソフトバンクグループの社名がソフトバンクだった(1981年の設立時の社名は日本ソフトバンク)。2015年、グローバル展開のさらなる加速などを目的に、純粋持ち株会社としての位置付けを明確にするため社名を「ソフトバンクグループ」に変更する。
これに合わせて、同社の子会社で通信事業を手がけるソフトバンクBB、ソフトバンクテレコム、ソフトバンクモバイル、ワイモバイルの主要4社が合併し、新会社が「ソフトバンク」の名前を引き継いだ。この新会社が手がける法人事業が本書のメインテーマになる。
ソフトバンク全社の概要を紹介する。2023年3月期のソフトバンクの連結売上高は5兆9120億円で、同営業利益は1兆602億円だった。売り上げは4つのセグメントで構成する。消費者向けの携帯電話、ブロードバンド、電気小売り、その他物販などで構成するコンシューマ事業が連結売上高2兆8831億円、本書で取り上げる法人事業を指すエンタープライズ事業が7503億円、100%子会社のSB C&Sによるディストリビューション事業が5900億円、現LINEヤフーを構成するヤフーやLINEなどによるメディア・EC事業が1兆5617億円、PayPayなどによるファイナンス事業が1423億円となる。LINEヤフーはソフトバンクがAホールディングス(ソフトバンクとNAVER Corporationが50%ずつを出資する持ち株会社)経由で議決権を64.4%所有し、PayPayはLINEヤフーとソフトバンクなどが出資する。
2024年3月期のソフトバンクの連結売上高は6兆600億円、同営業利益は8400億円を見込んでいる。
(文中敬称略)
社長、CEO/COOに関しては代表取締役を、所属部門が複数階層に及ぶ場合は一部を省略したケースがあります。本書は、役職、組織名などに関して、予定を含め2024年2月末時点で公開された情報を基にしています。
【目次】





