その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は菅恭一さんの『 マーケティングフレームワークの功罪 成果を生む戦略策定のための独自プロセス獲得法 』です。
【はじめに】
2010年代初頭、米国のマーケティング業界で「マーケティングのベスト・イン・クラス」という概念が語られるようになりました。これは自動車メーカーの米フォード・モーターが、マーケティングチームの組成を従来型のAE制(アカウントエグゼクティブ)によって広告会社に一括で任せるモデルから、マーケティング活動に求められる多様な専門性を組み合わせた、複数エージェンシーの混合モデルに移行したことで注目を集めます。
フォード社は本来であれば競合していた広告会社であっても、必要な専門性をもつ人材、チームを選び、それらを複合して組み合わせて「チーム・デトロイト」と呼ばれる新しい形のマーケティングチームを組成したといわれています。
ベスト・イン・クラスとは、従来、医薬開発の領域でよく使われる言葉のようです。新薬を開発する際に、そのカテゴリーで一番早く開発することをファースト・イン・クラス、これに対して、新薬に必要な医薬成分のそれぞれの領域の中でベストな成分を選び組み合わせることで、既存薬に対する優位性を担保することを、ベスト・イン・クラスと呼びます。
1990年代にインターネットが登場し、この影響を受けて2000年代はマーケティング業界もマスメディア偏重からデジタルを含めた顧客中心のマーケティングのやり方を模索する時代が到来します。マスマーケティング全盛の時代には、事業会社であるクライアント企業はAEである大手の広告会社に委託をすれば、その中で消費者リサーチ、戦略プランニング、コミュニケーションプランニング、クリエイティブ、メディアプランニング、メディアバイイング、セールスプロモーションと、ワンストップで一連のマーケティング・コミュニケーションの設計から実行まで行うことができました。
ところが、世の中のデジタル化が進む中で、クライアント企業と顧客が直接つながる時代が到来しています。これによって、クライアント企業のマーケティングチームは、大きく2つの課題を抱えることになりました。
1つ目は、大手広告会社だけでは、デジタルを含めた顧客とつながり続けるための多様な専門性を網羅することができなくなったことです。日本でも、2000年代前半に台頭してきたインターネット専業の広告会社の専門性や日々進化する手法を取り入れるスピード感に、従来のマス偏重型の広告会社が追いつくことができず、多くの広告取引の扱いがインターネット専業広告会社にシフトしました。
2つ目は、一括で大手の広告会社に委託していた時代には、ある程度任せられた戦略プランニングや実行のマネジメント領域を、クライアント企業が担わなければならなくなったことです。つまり、顧客と直接つながるためには、マス領域、デジタル領域、広告のみならず顧客体験に関わる多様な専門パートナーをクライアント自身が選ぶ必要が生じたのです。また、これらの専門性はあくまでも手段であり、これらをつなぎ合わせてどのような顧客に、どのような価値を、どのような体験を通して届けるのか。これをクライアント自身が設計し、パートナーにブリーフィングし、マネジメントする必要性が高まりました。つまり、外部パートナーに丸投げできない環境に変化したのです。
そして、この専門パートナーの領域は、マス広告、インターネット広告に限らず、Webサイト、SNS、アプリケーション、データ分析、プラットフォーム、クリエイティブ、サービスデザイン、AI(人工知能)など、現在も広がり続けています。
私は、1998年に中堅の広告会社に新卒で入社し、3年間営業を経験した後、2001年からデジタル部門に配属され、2004年にデジタルマーケティング部門を立ち上げました。以降10年間、トラディショナルな広告会社のデジタルシフトをミッションにマネジメントを行いました。
その中で感じたのは、世の中のデジタル化に伴う、クライアント企業におけるマーケティングチームの組成の変化、すなわち「マーケティングのベスト・イン・クラス」化の重要性と、そこに適応できないクライアント企業と、広告会社を中心とするパートナー企業の、従来と変わらないビジネスモデルの問題です。
2015年4月、私は株式会社ベストインクラスプロデューサーズ(BICP)という会社を創業しました。BICPはデジタル化が進み、企業と顧客が直接つながり続ける時代に、クライアント企業が「マーケティングのベスト・イン・クラス」を実現することをサポートする会社です。パートナー依存ではなく、自らマーケティング戦略を描き、顧客体験を設計し、社内外の専門性を組み合わせたベストなチームをつくり、実行マネジメントを行う。ここにプロセスやフレームワークを提供し、伴走しています。伴走会社ですので、あくまでも主走者はクライアント企業です。
マーケティング業界には、「伴走会社」というカテゴリーはありません。広告会社、コンサルティング会社、ツールベンダー、制作会社などが代表的なカテゴリーで、BICPのビジネスはとてもニッチなものでした。創業当時は、自ら戦略を描き、パートナー企業をまとめ、マネジメントすることへの意識は、一部の企業では顕在化していたものの、まだまだ外部依存型の企業が多かったように思われます。
しかし、この10年間で、クライアント企業の認識も変わりました。理由は大きく2つあります。
1つ目は、ますます進化する生活環境のデジタル化の中で、独自の価値によって顧客とつながり続け事業収益を上げていくことが、業種を問わず多くのクライアント企業で喫緊の課題になったこと。2つ目に、その中でプロモーション領域にとどまらず、事業そのものをマーケティング思考でマネジメントすることの重要性が高まったことが挙げられます。自社で顧客理解を深め、顧客に提案する価値を考え、戦略化し、顧客体験を描いて実行したいと考え、そのやり方を模索する企業が増えたのです。
米P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)を代表とする、顧客を最上位に置き、マーケティングを中心に事業を営む企業が、再現性を保ちながら成功し続けていることにも大きな注目が集まっています。しかし、これまで外部パートナーへの依存比率が高かったクライアント企業が、マーケティング戦略の策定から実行までの一連のプロセスの内部比率を高めることは簡単ではありません。社内で再現性をもって扱うことができる方法論の獲得や、社員の育成が多くの企業で喫緊の課題になっています。
このような流れを受けて注目されているのが、フレームワークの活用やマーケティングに関連する教育プログラムです。マーケティングのフレームワークには古典的なものから、近年提唱された新しいものまで、多岐にわたりますが、いずれも有用なものばかりに感じられます。ここ数年、マーケティング従事者であれば多くの方が知るような新しいフレームワークがいくつも提唱されています。関連書籍も売れ行きがよく、教科書として取り入れている現場も増えたような印象です。
実際、私が支援しているクライアントでも新しいフレームワークを導入して試す企業が増えたことを肌で感じています。マーケティング業界に「フレームワークブーム」が到来したといっても過言ではありません。
その一方で、戦略や施策を考える際の方法論として大きな期待をもってフレームワークを導入したにもかかわらず、思ったような成果に結び付けることができず、幻滅のくぼ地に陥る企業も増えてきました。それだけ多くの企業がマーケティングフレームワークの導入に取り組んでいることの裏返しですが、批判的な声も耳にするようになりました。「◯◯フレームワークは使えない」などと、揶揄(やゆ)する声も聞こえてきます。ブームに乗っかったものの、どのように着地させたらよいのか、路頭に迷っている企業も少なくありません。
フレームワークとは、一般的には数多くの具体のケースを生み出した思考のプロセスを抽象化し、一般化し、汎用性を重視して流通しやすくしたものです。それ故、どの企業から眺めても活用することで成果が上がるのではないか、という幻想を抱かせてしまうのも事実です。
こういった幻想の下、フレームワークを妄信し、思考が停止した状態で与えられた枠組みにテキストを書き込んで、仕事をした気持ちになっている組織や現場もよく見かけます。当然ですが、こういったやり方では成果につながるはずはありません。
では、マーケティングフレームワークは本当に使えないものなのでしょうか?
本書では、誰もが扱いやすいように見えるフレームワークの効用と誤解に目を向け、本来の目的である「企業が自社で戦略から実行までのマネジメント比率を高め、マーケティング思考を扱うことで組織の競争力を高める」ために、フレームワークにどのように向き合い、活用していけばよいのかを考察していきます。
第Ⅰ部では、フレームワークが多くの企業で求められる背景をおさらいし、導入したにもかかわらず成果に至らず、幻滅に陥るいくつかの理由を整理します。そして、改めて、そもそもフレームワークとは何なのか、正しい期待値の設定について考察します。
第Ⅱ部では、マーケティングの現場でよく発生する、フレームワークの具体的な誤用例を提示します。フレームワークの誤用は成果を生み出さないだけでなく、フレームワークそのものに批判の目を向ける原因にもなります。なぜ、このような誤用が生まれるのか、その原因と誤用を防ぐために大切な視点を整理します。
第Ⅲ部では、フレームワークの誤用と幻滅から抜け出し、組織の競争力を高めていくプロセスを「守」「破」「離」の3段階で提唱します。「守」「破」「離」とは茶人、千利休の「規矩作法(きくさほう) 守り尽くして破るとも 離るるとても本を忘るな」という言葉から生まれたものです。師匠の教えを忠実に守って型を身に付ける「守」、自分に合ったより良いやり方を試行錯誤し師匠の型を破る「破」、型の活用に熟達することによって型から離れ自在となる「離」の3つの段階を指します。
私は、マーケティングにおけるフレームワークも、この「守」「破」「離」を前提に導入を設計し、自在に扱えるようになるまで丁寧にプロセスを踏むことが重要だと考えており、この方法論を本書で提唱します。この方法論は、私がBICPを創業して以来、10年間で約100社のマーケティング支援を行ってきた中でたどり着いた、一つの結論です。
最後に第Ⅳ部では、第Ⅲ部で説明した「守」「破」「離」のプロセスに取り組む先端企業の具体事例を紹介します。独自のフレームワークを手に入れた企業は、その方法論自体が市場における競争力を生み出す源泉となります。各社がどのような背景から「守」「破」「離」に取り組み、どのような試行錯誤を行いながらこのプロセスを実践しているのか、具体事例で解説することによって、フレームワークを自社の競争力として生かし切るまでのプロセスを解像度高く理解することを目指します。
本書では、フレームワークの効用と誤解に着目しながら文章を進めていきますが、フレームワーク自体に批判的な立場を取るものではありません。フレームワークを是としながらも、なぜ、うまく活用できないのか、どのように付き合えば成果に結び付けることができるのか、を解説していきます。
マーケティング思考を扱いながら企業の競争力を高めたいと考える経営者、マネジメント職の方、日々マーケティング戦略や施策実行の現場で試行錯誤している方にとって、フレームワークと上手に付き合い、自社にとっての「マーケティングのベスト・イン・クラス」を実現するための独自の方法論を手に入れる一助になれば幸いです。
【目次】








