その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は馬渕邦美さん、丸山侑佑さんの『 AI時代のベンチャーガバナンス 』です。

【はじめに】

 私(丸山 侑佑)は創業間もないスタートアップに入社し、取締役として約12年間、会社のNo.2を務めてきました。創業8期目に上場企業の仲間入りを果たすことができましたが、最初の数年間はベンチャーキャピタルからの資金調達、事業の方向転換を行うピボット、人材の流出、キャッシュアウトリスクなど、様々な出来事がありました。振り返ればこれまで数多くの修羅場があり、そのたびに経営陣で議論を繰り返し、ベンチャーキャピタルや先輩経営者にアドバイスをもらいながら、そして市場からのご意見を頂戴しながら、なんとか経営を続け、業績を伸ばし続けることができたと思っています。これはまさに、ステークホルダー(利害関係者)からの期待や助言を直(じか)に受けてきた「コーポレート・ガバナンス」そのものの体験だと思っています。

 ただ、上場前の私にとって「コーポレート・ガバナンス」とは、No.2として起業家であるCEOを支え、時にはけん制役として機能することだという程度の認識でした。上場を機に様々なステークホルダーの声や期待、解決しなければならない課題と出合い、そして何よりも業績に対する計り知れないプレッシャーを受け続けることで、少しずつではありますが、「コーポレート・ガバナンスとは何か、なぜ必要なのか」を理解するようになりました。

コーポレート・ガバナンスを社会から明確に要請されない未上場企業

 この原稿を書いている現在(2024年4月)、私は上場企業の副社長兼CGO(チーフ・ガバナンス・オフィサー)を務めています。CGOに就任する頃から現在に至るまで、会社法やコーポレート・ガバナンス・コードを可能な限り学んできました。まだまだ道半ばですが、学べば学ぶほど「コーポレート・ガバナンスがなぜ必要なのか」が明確になり、冬の時代と言われ伸び悩むスタートアップ企業や、ニュースをにぎわす有名企業の不祥事に触れるたび、「コーポレート・ガバナンスこそがこれらの企業に不足している戦略である」と強く感じています。

 未上場であれば、社会から明確にコーポレート・ガバナンスを要請されていません。スタートアップ企業、ベンチャー企業、同族経営の企業だけでなく、世界的に有名な大企業であっても同じです。しかし、「コーポレート・ガバナンスは会社を健全に成長させるために必要不可欠な戦略的アプローチである」と強く認識する私にとって、「なぜこれからの産業発展を支えるかもしれないスタートアップに適用されないのか」「未上場とはいえ誰もが知る大会社に適用されないのはなぜか」、不思議でなりません。

東証グロース市場の企業も、未上場と同じレベル

 ここまで「未上場企業にもコーポレート・ガバナンスは必要な戦略である」とお伝えし、「未上場であること」を強調しましたが、成長企業や新興企業に門戸が開かれた東京証券取引所グロース(東証グロース)市場に上場する企業にも同じようにお伝えしたいと考えています。

 東証グロース市場に上場している場合、コーポレート・ガバナンスへの要請はありますが、課せられるのは基本原則に限られます。それは「株主の権利・平等性の確保」「株主以外のステークホルダーとの適切な協働」「適切な情報開示と透明性の確保」「取締役会等の責務」「株主との対話」といった5つであり、未上場企業であっても実際に対応しているレベルの原則です。例えば、少数株主を含むすべての株主に平等な権利行使環境を確保するという面においては、ベンチャーキャピタルをはじめ多くの投資家から出資を受けるスタートアップでは当然に株主総会の開催日に気を使い、事前に資料を提供します。対外的な情報開示や対話という面では投資家との定期的なミーティングとして「株主定例」を設けている会社もあり、また投資契約書にはリスク事象が発生した際に速やかに株主に報告しなければならない定めもあり、いわゆる上場企業の適時開示に相当すると考えられます。

 何を申し上げたいかというと、「コーポレート・ガバナンス」という観点でいえば、グロース市場の企業に求められることと、オーナー以外の第三者の外部株主をもつスタートアップ企業が実施していることは大して変わらず、コーポレート・ガバナンスに対する社会的要請が強くない同じ企業群として整理できるということです。

 本書ではこれらの企業群を「コーポレート・ガバナンス未要請企業群」と呼びます。話の流れから「ベンチャー企業」と書いている部分もありますが、主な対象は「コーポレート・ガバナンス未要請企業群」であり、本書を読まれる皆様の所属する企業の状況に照らして読み進めてください。

 本書を通じて、「コーポレート・ガバナンス未要請企業群」の経営者の皆様に、コーポレート・ガバナンスの必要性を感じてもらい、具体的にどのように考えればいいのかをお示ししたいと思っております。私は法律家でも公認会計士でもなく皆様と同じ経営者ですから、同じ目線で生々しくお伝えすることができると考えて執筆しました。

 本書を読み進めていただく前に、コーポレート・ガバナンスに関する3つの誤解を解いておきたいと思います。実際、経営の現場ではコーポレート・ガバナンスという言葉の印象からか、誤解が存在し、それが正しい理解や浸透を妨げているように思えます。

コーポレート・ガバナンスの誤解1 守りの経営

 誤解の1つめは、「コーポレート・ガバナンスとは守りの経営である」ということです。日本企業では古くから「企業統治」がなされ、その言葉がコーポレート・ガバナンスの日本語訳として使われるので、コーポレート・ガバナンスは不祥事を抱えた企業の解決策として提示されることが多く、結果として「守りの経営」を印象付けられてきたように思いますが、これは誤解です。コーポレート・ガバナンスの本質は、単に守ることではなく、攻め続けるために必要な土壌づくりであり、攻めるための力学そのものであると考えます。コーポレート・ガバナンス・コードにもその精神が強く反映されていますし、最近では東証グロース市場の上場企業に対して「事業計画および成長可能性に関する事項」の開示を求めており、企業価値の向上や業績成長に向けた監督行為そのものへの注目が高まっています。

コーポレート・ガバナンスの誤解2 上場企業に求められる義務

 誤解の2つめは、「上場企業にだけ求められる『義務』である」ということです。経営とは数多くのトレードオフやコンフリクトを解消しながら、パーパスやビジョンに向かって意思決定を積み重ねる仕事です。トレードオフやコンフリクトは経営の規模が大きくなるにつれ増え続け、「ステークホルダーの期待の衝突」と言い換えることもできます。経営のフィールドは「期待の衝突」が頻発する場所であり、その交通整理をし、方向性を指し示せるのは、唯一、経営者です。

 上場することにより株主が増えていきますが、ステークホルダーは株主だけではありません。上場はわかりやすいきっかけでしかなく、未上場であっても規模や業容の拡大によって関与するステークホルダーは増え、またそのステークホルダーにとって自社の経営判断の重要性が増してくることも十分に考えられます。コーポレート・ガバナンスとは上場企業に特化した義務のように理解しているなら、それは勘違いです。

コーポレート・ガバナンスの誤解3 真面目なだけの経営者が取り組むテーマ

 誤解の3つめは、「コーポレート・ガバナンスは真面目なだけの経営者が取り組むテーマである」ということです。実際はそうではなく、「会社を愛するすべての経営者にとって武器となる戦略」です。コーポレート・ガバナンスは、多くのステークホルダーに対してのリーダーシップの手段であり、その仕組みでもあります。

 創業から日の浅い会社は創業者が経営を続けていることが少なくありません。創業者やそれに準ずる経営者は誰よりも会社を大切に思い、行く末を案じているはずです。そういう経営者にとって、自身の言葉、考え、愛情をもって語り、守り、大切にし、伸ばし続けるための手段であると思います。決してお行儀よく対応しているだけの行為ではなく、会社を愛するが故に当然に行われる投資であると思います。

 ベンチャー企業は伸び続けなければいけないという期待があるように思います。ただ、いくら成長を続ける企業でも、財務基盤や内部管理体制は発展途上であることがほとんどです。それでも伸び続けなければいけないのです。リーダーである経営者は、今後もその期待に応え続けられるか不安に思っているでしょう。コーポレート・ガバナンスは、成長を使命とし、誰よりも会社を愛するベンチャー経営者にとって、何ものにも代え難い支えになります。そのことを、すべての経営者、そして経営者を支える幹部の皆さんに、お伝えしたいという思いでいっぱいです。

これからの企業経営に大きな影響を与える「AIなどの先端技術」

 コーポレート・ガバナンス・コードの導入、ESG投資ブームを機に年々高まりをみせるガバナンスへの期待、SDGsによる企業の持続可能性の追求、人的資本経営への注目など、企業を取り巻くガバナンス・ディスクロージャーは難易度が高まる一方です。それらの本質的な理解をせずに経営を続けることは、企業価値の低下や人材獲得の劣性化、不祥事の発生、業績の低迷など、あらゆるリスクを誘発しかねません。現在はそうした時代なのです。

 特に大きな影響を与えつつあるのが、「生成AI技術」の急速な進展です。生成AIを含む先端技術は、企業の業務や事業への利用のみでなく、その根幹にあるコーポレート・ガバナンスの在り方自体を変えます。実際、AI技術により生じる新たなリスクへの対応という「守り」が必要な一方で、AI技術はそれらのリスクを発見し、再発を防ぎ、さらに将来は予防ができ、さらに新たなビジネスモデル構築による成長など「攻め」の経営に貢献できる技術です。

 実際AI技術は、開発、提供、利用のいずれにおいてもスタートアップやベンチャー企業の果たす役割が大きく、リソースは限定されていても迅速でフレキシビリティーに富んだ経営が可能なベンチャー企業に適しています。

 本書ではAI技術がコーポレート・ガバナンスに与える影響について、踏み込んで解説しています。

本書の内容

 第1章と第2章では、昨今の企業不祥事の特徴やその不祥事とコーポレート・ガバナンスの関係性をひもときながら、コーポレート・ガバナンスへの投資の必要性をお伝えします。その中には、AI(人工知能)による新たなリスクの出現の事例、逆にAIなどの先端技術が不祥事の発見、再発予防につながる事例も示しています。

 第3章ではコーポレート・ガバナンスとは何かを、国内の制度や海外事例を交えながら基本的な知識として整理します。

 第4章から第7章は、企業経営におけるコーポレート・ガバナンスの実態に目を向け、コーポレート・ガバナンスへ投資する事例や、ガバナンスが機能不全を起こし不祥事につながったベンチャー企業の事例、それらを踏まえベンチャー企業に取り入れていただきたいコーポレート・ガバナンスの考え方を整理します。特に第6章は、著者である私が経営者を務める企業の事例を取り上げ、他の章でもその経験や知見を生かした見解を示しています。

 第8章から第10章は、AI時代におけるリスクマネジメントやコーポレート・ガバナンスの在り方を整理し、AI技術のようなパラダイムシフトを踏まえ、企業のガバナンスはどうあるべきか、その構造とプラクティスを深掘りし、新しい時代におけるベンチャーガバナンスに活路を見いだしたいと考えます。海外の先進事例や先進研究、汎用的なAIであるAGIを含む将来の方向性を踏まえ、AIなどの先端技術とその影響、コーポレート・ガバナンス視点でのベンチャー企業への影響や導入、必要な対応について述べています。

非常時にも安定した経営をなし続けるヒントになる

 本書は、会社を愛し、会社を成長させたいと考えるすべての経営者にとって、コーポレート・ガバナンスに着手するための最初のヒントとして活用していただくことを想定しています。

 「自分は不祥事なんて起こさない」「当社の経営陣は間違ったことをしない」──そう信じている人にこそ、本書は役立つのではないかと考えています。これほどにまで情報化社会となり、技術の進歩が激しく、社会課題にあふれた今、どれほど類いまれなセンスをもった経営者であっても、何の支えや指針もなく、失敗をせずにかじ取りし続けることは容易でありません。非常時にも安定した経営をなし続けるには、どのようなルール、どのような意思決定プロセス、どのような監督機能、どのような判断基準が必要なのか、本書はそうしたことを導いてくれます。

 東京証券取引所プライム(東証プライム)市場を中心に、上場企業のコーポレート・ガバナンスはディスクロージャーの充実化とともに、実施レベルが格段に高まりつつあります。ニュースをにぎわす不祥事により、未上場企業にもコーポレート・ガバナンスが求められつつあります。このような時代だからこそ、自社のコーポレート・ガバナンスを改めて考えてほしい。スタートアップ企業やベンチャー企業であれば、本書を参考にしていただければ、大変うれしく思います

 コーポレート・ガバナンスに教科書のような正解はありませんが、ステークホルダーの期待に応えながら、パーパスや企業目標を効率的に実現しているのなら、そのコーポレート・ガバナンスは正解といっても構わないでしょう。他社の例を参考にしつつも、自社にあったコーポレート・ガバナンスとは何か、その問いに答える企業が増えることで、日本企業のコーポレート・ガバナンスは大きく前進すると思います。専門家ではないただの経営者によるガバナンス論が、経営の現場に少しでも役立てば幸いです。

筆者を代表して
ポート株式会社 取締役副社長CGO兼取締役会議長
丸山 侑佑

【目次】

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