その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は丹羽宇一郎さんの 『社長が席を譲りなさい』 です。
【文庫版はじめに】
このまま進めば、日本は先進国の地位から脱落しそうである。
GDPの規模こそ世界第3位だが、経済成長率(名目ドルベース)では第1位のアメリカ、第2位の中国、第5位にいるインドに比べるとかなり見劣りがする。しかし、成長をけん引する産業が国内には見当たらない。
いわば崖っぷちにある日本にあって、今後、新型コロナウイルス感染が収束に向かったとしても、昭和、平成の頭ではアフターコロナの世界を乗り切れないことは自明だ。時代の局面が大きく変わるときは、過去を捨てる勇気と決断を持たなければならない。
古人の教えには「日に新たに、日に日に新たに」とある。
昨日と同じことの繰り返しではなく、日々新たな試みに挑むべきである。企業であれば、まず社長自身がいつまでも過去の成功に満足することなく、できるだけ早期に若い人に席を譲ったほうがよい。
いかに実績のある社長でも、実績とは過去のものであり、未来を保証するものではない。経験のあるなしの問題ではないのだ。若者の将来の成長に期待しよう。
日本が成長力を失って久しい。日本はなぜ成長できないのか。
国が成長するには、まず人も成長しなくてはならない。人が成長しなくて産業が成長することも、国が成長することもないからだ。
それが令和日本の大問題でもある。
人の成長を最も促進するのは学ぶことである。経験に学び、歴史に学び、人に学び、本に学ぶことだ。
企業が人を育てようと思ったら、一朝一夕ではなく、新入社員のときから責任ある仕事を経験させることが肝要である。責任ある仕事を経験することで、人は大きく成長もする。
上にいる者が、いつまでも責任ある仕事を独占しているようでは、社員の成長は望むべくもない。上から若者に成長機会を与えないような組織では、とても未来を拓くことはできない。
日本は新しい時代を迎え、若者に席を譲るときなのである。
これまでになかった明日を創造するには、未知の分野に踏み込む勇気とそこでビジネスを発想する知恵が求められる。こうした若者の勇気と知恵を期待したい。そのためには、老人も勇気を持って、若い人に経験を積むチャンスを与えるべきだ。それができなければ、令和の日本に希望の光は見えてこない。
渋沢栄一は、事業とは世のため人のためであるとした。若い人には、昭和や平成のモデルを超え、「世のため人のため」という令和の経済の形を、明日の日本に築いてほしい。利益のみを追求することから、多くの人々の幸福をも追求する、大きな志を、明日を担う若い人には抱いてもらいたいと願う。
令和日本には、もうひとつ大きな問題が突きつけられている。
2000年以降、対外的に強硬な意見が目立つようになった。特に中国、韓国、北朝鮮等、隣国に対しては、力ではなく話し合いの外交や議論が欠かせない。
国際関係を力対力で解決しようとすれば最後は戦争しかない。
2000年といえば戦後55年である。かつて戦場に立った世代は、若くてもすでに70代後半を超えている。戦争の記憶が次第に失われていった頃である。
「戦争を知っている世代が政治の中枢にいるうちは心配ない。しかしその世代がいなくなったときはとても危険である」と、田中角栄元首相が言ったとおり、やはりこの頃から日本は危険なゾーンに入り込みはじめたように見える。そして令和の時代となった今、戦争は完全に記憶から記録へと移り変わりつつある。
人々の幸福の基軸は平和と安全にある。成長モデルも、何より社会が平和であることが大前提だ。日本が平和であり続けること、それが日本の成長と人々の幸福のために、最も大きな令和の基軸である。
いかなる問題であれ、我々に乗り越えられない問題はない。明日は皆さんのためにある。勇気と知恵と志を持って進めば、その一歩から未来は拓かれる。
2021年4月
本書は、「文庫版はじめに」と「序」を除いて原則2020年3月に執筆したものであるが、文庫版刊行にあたり、必要な箇所には気づいた範囲で修正を加えた。
【はじめに】
「世」という漢字には、30年という意味がある。
30年が一世代なのである。
本書は、これからの30年を我々日本人がどう生きるかをテーマとしている。
いまから30年前は平成2年、前夜はバブルのピークだった。株式市場は日経平均株価3万8915円を記録した。
そこから、さらに30年前の昭和35年は日本の高度経済成長がはじまったばかりの頃である。この年、「国民所得倍増計画」が発表された。
国民年金法が成立したのはその前年である。
昭和35年の合計特殊出生率は2・0だった。このときに年金制度を設計した人たちは、今日の社会状況を見たらどう思うだろうか。
世代単位で過去を振り返ってみると、二世代前が日本の経済成長の登山口で、一世代前は山頂、そして現在、新たな地平に着地しようとしている。
日本は、60年かけてひと山を越えた。では、これから30年の日本はどうなるのか。
令和元年は続けざまに首都圏を記録的な台風が襲った。令和2年は年初から中国の武漢市を発生源とする7番目に発見された新型コロナウイルス(COVID-19:CoronavirusDisease2019)が世界中に広がった。重篤な肺炎を引き起こす恐れのある新型は、発生から2カ月ほどで世界中に感染が及び、WHO(世界保健機関)は3月12日にパンデミックを宣言した。
新型の感染者の拡大は、健康被害のみならず世界経済に深刻な影を落とし、ニューヨーク市場、東京市場でも、一時急速で大幅な株価の下落を招いた。
国際政治への影響も大きい。2020年4月に予定されていた習近平(1953生)国家主席の国賓としての来日も延期となった。中国では全人代の開催が延期され、東京オリンピックも予定通りの開催ができるのか、まだまだ予断を許さない。
新型は人類にとって未知の病原体であるが、その感染経路もワクチンの開発も遠からずはっきりするだろう。しかし、長期的に人間が頭に入れておかねばならないのは、新型細菌・ウイルスは、これからも現れ続け人類の脅威となることだ。したがって我々が将来にわたり目指すべきは、ウイルスの撲滅より「共生」である。共生のためにはウイルスを弱毒性へ導くことだ。
生物であるウイルス宿主である人が死ねば、ウイルス自身も生きられない。容易に次の宿主が見つからない環境にあっては、強毒性のウイルスは生き残れなくなる。したがって、人から人への感染を防ぐことはウイルスを弱毒化し、人とウイルスが「共生」するための有効な対策である。
もうひとつは人類の免疫力を上げることだ。人類はペストを撲滅したが、同時にペストに対する免疫力を失ってしまった。特効薬は病原体の耐性を上げ、強毒化させることもある。ウイルスを一方的に「悪」と見るのではなく、人類とウイルスの「共生」を前提に対策を心するべきだ。国際問題と同様、力対力では共倒れである。一方的に相手を「悪」と見るのは、けっして問題を真の意味での解決に導かない。
「まだはもうなり」、人がピークをつくり、終わりをつくる。終わりのない始まりはない。降って湧いたウイルスパニックで、国内に緊張が走ったものの、現代の日本のリーダーは、依然として政財界を含め危機感に乏しいように見える。
私は、そこに懸念を覚えている。本書の執筆を決心した理由もそこにある。
いつの世も問題はあって当たり前。肝心なのは問題から目を背けないことだ。今回のウイルス対策でも、果たして問題を真正面から捉えていたか。ウイルスの本質を理解していたか。水際で食い止めたいという願望だけで、国内の感染拡大に対する準備が不足していなかったか。最悪の事態から目を背けていなかったか。
1941年8月、近衛文麿(1891~1945)内閣は当時のエリートが結集した「総力戦研究所」の提出した、日本必敗のシミュレーションを「戦争はやってみなければわからない」と握りつぶし、イチかバチかの賭けに出た。その結果が、あの悲惨な敗戦である。
我々は、日本の抱える問題からけっして目を背けてはならない。
もうひとつ大事なことは、問題を正しく捉えることである。
少子高齢化による人口減少社会で、増大する年金負担は大きな社会問題である。年金を支えているのは現役世代の若者で、受け取っているのが高齢者である。そのため若者の負担が増えてくると、あたかも長寿が悪のように扱われることがある。
経済学者の吉川洋(1951生)立正大学学長は著書『人口と日本経済』で、物理学者の中谷宇吉郎(1900~1962)博士の次の一文を紹介している。
「今度のアメリカ訪問で一番印象に残ったのは、老人がたくさんいて、それが皆矍かく鑠しゃくとして、元気で働いていることであった。〈中略〉人間が健康で長生きしていることが、一番美しいことであった」
人は長寿社会を理想としてきた。そして、いまや100年の長寿を得ようとしている。
長寿が問題なのではない。我々の知恵と、我々の社会が、いまだ医学的発展に追いついていないことが問題なのである。
こうした問題に取り組む姿勢と問題を乗り越える道を求めて、私は本書を執筆した。
我々を取り巻く問題はあまりに多く、持っている知恵と知識はわずかである。
それでも、これからの世を生きる若者に、昭和・平成を生きてきた者の知恵と知識が少しでも生かされるならば幸いである。
2020年3月 丹羽宇一郎
【目次】