その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は稲盛和夫さんの 『経営12カ条 経営者として貫くべきこと』 です。
【まえがき】
世の複雑に見える現象も、それを動かしている原理原則を解き明かすことができれば、実際には単純明快です。こうした考えの下、「どうすれば会社経営がうまくいくのか」という経営の原理原則を、私自身の経験をもとにわかりやすくまとめたのが、「経営12カ条」です。
経営というと、複雑な要素が絡み合う難しいものと考えがちですが、理工系の出身だからでしょうか、私には、物事を本質に立ち返って考えていく習性があるようです。実際に研究開発などでは、複雑な現象を単純化する能力が求められます。そして、物事の本質に目を向けていくなら、むしろ経営はシンプルなものであり、その原理原則さえ会得できれば、誰もが舵取りできるものだと思うのです。
私は、中小・中堅企業の経営者が多数集まる「盛和塾」で若い経営者の方々に自分の経営の考え方や方法を話してきましたが(2019年末に閉塾)、その経験から「多くの経営者が経営の原理原則をよくわかっていない」と感じるようになりました。
塾生の多くは2代目経営者で、家業を継いで経営者となり、一生懸命に頑張っていましたが、いったんは企業に勤めたものの、訳あって先代の後を継ぐことになり、父親がやってきたことをそのまま引き継いでやっているだけの方が多くいました。そうした人たちに「あなたは事業を伸ばすためにどういう努力をしていますか」と聞いたところで、まともな返事は返ってきません。どうすれば経営がうまくいくのか、どうすれば会社を成長発展させていけるのかという根本を知らないのです。
大企業の幹部にも同じような方がいます。技術開発や営業、人事など、あるひとつの部門を長く経験してきた人が抜擢されてトップになっても、会社全体を見る視点に乏しく、「この会社をどうしていきたいのか」などと日ごろから考えたりしていないために、大半が従来のやり方を踏襲して経営しています。経営者であっても「どうすれば経営がうまくいくのか」という基本を教わったことも経験したこともない人がほとんどなのです。
そうした経営とは何たるかを教わっていない人たちに、経営において最も大切なことを理解し、実践していただくために生まれたのが、この12カ条です。これら12の経営の原理原則を守りさえすれば、会社や事業は必ずうまくいきます。
12カ条が、たいへん短い言葉、平易な言葉で構成されているため、「果たしてこれだけで本当に経営ができるのか」と思われる方もいると思います。
しかし、この12カ条は、京セラやKDDIの経営のみならず、日本航空の再建でも素晴らしい力を発揮しました。実は、日本航空を再建するために行った意識改革で私が経営幹部に向けて最初に講義したテーマが、この「経営12カ条」だったのです。日本航空の幹部たちは、この12カ条を理解することで、それまでの官僚的な意識をぬぐい去り、経営幹部にふさわしい意識や考え方を身につけるようになっていきました。そして、それとともに日本航空の収益性も大きく改善していったのです。
孔子とその弟子たちの問答を記録した『論語』に代表されるように、東アジアでは、凝縮された言葉のなかに物事の真理や深い含蓄が込められ、その短い教えが時代や国境を超えて伝えられてきました。『論語』でいえば、「仁義」といった普遍的な道理が、その短い言葉のなかに貫かれています。
「人間として何が正しいのか」という最もベーシックで普遍的な判断基準に基づいている「経営12カ条」は、業種や企業規模の違いはもちろん、国境や文化、言語の違いまでをも超えて必ずや通じるものと考えています。
京セラのみならず、KDDIや日本航空などの大企業から、旧盛和塾生企業のような中小企業に至るまで、あらゆる業種、業態における数々の実践のなかで有効性が証明されてきた、実証済みの要諦である「経営12カ条」。ぜひとも、その素晴らしい力を信じて、よく理解し、実践していただきたいと思います。
2022年8月 稲盛 和夫
【目次】