その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は三村真宗さんの『 フィードバック経営 「沈黙の組織」から「高め合う組織」へ 』です。「はじめに」「プロローグ」「本書の歩き方」をお届けします

【はじめに】

 「うちの会社は風通しが悪い」

 この言葉を、何度聞いてきたことか。経営者から。管理職から。現場の社員から。

 会議で本音は出ない。現場の問題は上に届かない。隣の部署が何をしているかわからない。

 けれど「風通し」の正体を問われて、はっきり答えられる人はほとんどいません。

 私はこう考えています。風通しの正体は、「声」です。

 声が巡っているか、いないか。

 風通しが声の問題であるなら、取り組むべきは声を巡らせる仕組みのはずです。ところが多くの組織では、仕組みではなく「声を出しやすい空気」をつくろうとしています。

 「心理的安全性を高めましょう」―ここ数年、この言葉を聞かない日はありません。しかし、うまくいっている組織は驚くほど少ない。

 研修をやった。1on1を導入した。「何でも言ってください」と呼びかけた。それでも会議で口を開くのはいつも同じ顔ぶれで、サーベイの自由記述欄には空欄が並ぶ。「安全な場はつくったはずなのに、なぜ声が出ないんだろう」。そう首をかしげるリーダーに、私は何人も出会ってきました。

 なぜ、心理的安全性の取り組みは空回りするのか。

 私がたどりついた答えは、順序が逆だ、ということです。

 「安全な場をつくれば声が出る」のではない。声が届く仕組みをつくり、届いた声に応える。社員同士が率直に伝え合い、互いを高め合う。その積み重ねの先に、安全な場が生まれる。

 本書では、この順序で組織を変えていくアプローチを「フィードバック経営」と呼びます。

 では、なぜ声は出ないのか。何を言えばいいかわからない。言っても変わらないと諦めている。言ったら不利益を被るかもしれない。いくつもの根がからみ合い、一人ひとりの口を閉ざしていきます。

 「沈黙の組織」から「高め合う組織」へ。本書ではその道筋を描いていきます。

 ただ、私自身、かつて沈黙の組織をつくってしまった経営者のひとりです。その失敗から何が見えたのか。まず、その話から始めさせてください。

【プロローグ】

私が生んだ「沈黙の組織」

 「このままでは会社が空中分解する」

 2011年10月、株式会社コンカーの社長に就任した私を待っていたのは、この言葉どおりの現実でした。つくり出したのは、私自身です。

 コンカーは経費精算のクラウドサービスを提供する外資系IT企業です。私は日本法人の初代社長でした。経営の経験はまったくありません。事業の立ち上げも、組織づくりも、文字どおりゼロからのスタートです。

 外資系企業の日本法人社長は、薄氷の上に立つ立場です。本社から絶えず成果を求められ、応えられなければ更迭される。着任して一年も経たずに去る社長も珍しくありません。

 私を採用してくれたのは、マイク・エバーハードでした。米国本社でアジア太平洋地域を統括していた人で、経営未経験の私の伸びしろに懸けてくれました。サポートしてくれる温かさがある一方で、成果はしっかり見ている。「あいつはどこまでやれるのか」という視線を、肌で感じていました。

 いつ本社から見限られるか。そのプレッシャーが頭を離れませんでした。「早く結果を出さなければ」と焦るあまり、ひたすら目の前の数字だけを追いかけました。組織づくりは後回し。経営理念を日々の判断に落とし込むなど、頭をかすめもしませんでした。

 あらゆる業務を一人で抱え込み、即戦力がほしいばかりに、文化や価値観の合わない人材の採用を重ねました。けれど数字は上がるどころか低迷が続き、社内の空気は日を追うごとに悪くなっていきました。情報は抱え込まれて共有されない。社員同士の信頼はなく、協力し合う場面など皆無でした。不信感が膨らみ、罵声が飛び交う日さえありました。

 こうした混乱のなかで、私は「営業先は大手企業に集中すべきだ」と方針を打ち出しました。限られた人数で成果を出すには、大手数社に資源を集中させるしかない。けれど、なぜ大手なのか、なぜいまは中堅中小を外すのか。その背景を現場にきちんと伝えていませんでした。

 会議で異論を唱える人はいません。しかし会議室を一歩出た途端、「大手の導入は難しすぎる」「まず中堅中小で実績を積むべきだ」「三村は現場をわかっていない」という本音がささやかれていました。

 やがて、ある社員が一通のメールを送りました。宛先は私ではなく、私の上司であるマイクです。

 「あの人が社長を続けるなら、日本進出は失敗する。替えたほうがいい」

 マイクからそれを聞かされたとき、めまいに似たショックを受けました。その社員は、私に直接言うことを諦めていたのです。

 それでも、私は方針を変えませんでした。「社長の方針には従うべし」というおごりが、私から聴く力を奪っていました。現場の声は経営に届かず、私の考えも現場には届かない。気がつけば、社員は自分の机の上の仕事だけを片づけて帰るようになっていました。会社をよくしようと声を上げる人は、もういません。

 恥ずかしながら、この沈黙の組織をつくった張本人は私自身です。

「半径5メートル」からの脱却

 強烈な危機感に駆られた私は、痛みをともなう決断を下しました。数字達成のためだけに迎え入れた社員に、会社を去ってもらう。同じバスに乗る仲間を選び直すという、苦しい選択でした。

 残された十数名は幸いにも、「この会社をよくしたい」と思ってくれるメンバーばかりでした。ただ、不安はぬぐえません。分かち合うべき夢もビジョンも、私はまだ示せていなかった。社員は自分の"半径5メートル"だけを見て、与えられた仕事を淡々とこなすばかりでした。

 実務面でも問題は山積みでした。社員それぞれが会社の方針や仕事の進め方に、多かれ少なかれ不満を抱えていました。こうした問題を、一つひとつ片づけていかなければならない。けれど私から見えているのは課題のごく一部にすぎません。全員で課題をテーブルに乗せ、オープンに話し合う場が必要でした。

 就任から1年あまりが経った2013年1月。残った全社員とともにオフィスを離れ、丸一日がかりのオフサイトミーティング―合宿を開くことにしました。その準備として、まず全社アンケートを実施しました。「会社をよくするために、何を変えるべきか」。どれだけ声が集まるか、正直不安でした。ところが、私の想像を超える熱のこもった回答が返ってきたのです。自部門だけでなく会社全体の課題がびっしりと書き込まれている。残った社員は本気で会社をよくしたいと思っている。その熱が、ひしひしと伝わってきました。

 朝一番、合宿の冒頭。「忙しい中、丸一日拘束されて何をするんだろう」といぶかしむ社員たちを前に、私は「5年後の会社のあるべき姿」として2つの目標を示しました。全世界のコンカーの中で米国法人に次ぐナンバー2の事業規模になること。そして、国内のIT企業で最も働きがいのある企業になること。

 なぜ、これほど高いハードルを設定したのか。沈黙に覆われた組織を変えるには、経営者が大きな夢を描いて、社員の視座を"ぐいっ"と引き上げるしかない。そう考えていました。

 「この未来は、昨日してきたことを明日も同じように続けていては、たどりつかない未来です。だからこそ、いまできていないこと、これからしなければならないこと、すべてテーブルに乗せてオープンに話し合いましょう」

 そう呼びかけました。

 その瞬間、会場の空気がガラッと変わるのを感じました。すべての社員の不安が消え去ったわけではなかったでしょう。しかしそれを上回る「自分たちの手で未来を変えたい」という熱が、一人ひとりの表情から伝わってきました。

 アンケート結果をもとに、課題ごとに役割を越えたチームを編成しました。「営業戦略」を営業だけで考えるのではなく、技術やバックオフィスのメンバーも交える。すると、ふだん自分の持ち場に閉じていた会話が、一気に活発な議論へと変わりました。「会社の課題」が「自分ごと」に変わった瞬間です。

 合宿の終わりには、「会社の文化づくり」や「情報共有」など役割を横断するテーマごとに、タスクフォースを立ち上げようと決めました。

 「誰かこのタスクフォースに参加してくれるひとはいますか」

 こう問いかけるべきかどうか、一瞬、迷いました。「誰も手を挙げなかったらどうしよう……」と。

 そんな不安をよそに、「自分がやります」と次々に社員の手が挙がった光景は、いまでも忘れられません。

 その後数年にわたる変革は、この一日から始まりました。

5年後に叶った2つの夢

 合宿で立ち上がったタスクフォースが、課題をひとつずつ片づけていきました。社員の声から新しい施策が動き出す。それを目にした社員が、次の声を上げる。現場と経営のあいだを声が行き来する「タテの循環」が回り始めました。

 合宿から数年が過ぎたころ、もうひとつの変化が芽を出しました。社員同士が率直に課題を伝え合う、フィードバックの文化です。

 相手の課題に気づいたとき、陰で悪口を言ったり抱え込んだりしない。「成長を願う気持ちで、愛情を持ってフィードバックする」。そして自分にとって「耳の痛い話でも前向きに受け止める」。この考え方が浸透するにつれ、社員と社員が互いに高め合う「ヨコの循環」も動き出しました。

 こうした取り組みを続けて5年。

 組織は、かつての姿からは想像もつかないほど変わっていました。現場の声が経営を動かし、経営が応えることで次の声を呼ぶ。社員同士も率直にフィードバックし合い、互いを高め合う。「沈黙の組織」は「高め合う組織」に生まれ変わっていました。

 合宿から約5年後の2018年、コンカーは「働きがいのある会社ランキング」で1位を獲得し、その後7年連続で1位であり続けました。業績面でも着実に成長を重ね、2024年に代表を退任するまでの12年間で、国内時価総額トップ100社のうち70社にサービスを採用していただくまでになりました。

 あの日の合宿で掲げた2つの夢は5年後、本当に叶ったのです。

 この変化をもたらしたものは何だったのか。振り返ると、答えはひとつでした。社員からの声が経営に届き、届いた声に応える―それだけのことを、愚直に続けた。やがてこの積み重ねが、業績を押し上げました。業績が社員の自信を生み、自信がさらに声を呼ぶ。好循環が生まれました。それが、フィードバック経営の原点です。

 この経験を、コンカーだけの話にしたくありませんでした。沈黙に覆われた組織でも、声が巡り始めれば変わる。12年の実践を経た、私の確信です。

【本書の歩き方】

全体の構成

 本書は5部構成です。なお、「経営者」という言葉を多く使いますが、5人のチームリーダーから数万人の組織のトップまで、人を率いるすべての方に向けて書きました。「経営者」を「自分」に置き替えながらお読みください。

 第1部では、フィードバック経営の全体像を描き、組織がなぜ沈黙するのかを読み解きます。

 第2部から第4部では、フィードバック経営の3つの柱をそれぞれ掘り下げていきます。

 第2部:経営理念を「額縁の言葉」で終わらせず現場の行動に変える方法

 第3部:褒め方から耳の痛い話の伝え方まで、社員同士が高め合うフィードバック文化のつくり方

 第4部:現場の声(Voice of Employee)を経営に届け、経営の応答を現場に返すVoEサイクルの設計と運用

 第5部はケーススタディです。住友ファーマ、キッツ、富士通、デロイト トーマツ、アストラゼネカ、弥生―業種も規模も異なる6社におけるフィードバック経営の実践をご紹介します。

 終章では、「心理的安全性」をめぐる誤解を解きほぐします。「なぜ取り組みは空回りするのか」―冒頭の問いに、日本の組織文化という切り口から立ち返ります。

 拙著『みんなのフィードバック大全』が「個人のスキルとしてのフィードバック」を扱ったのに対し、本書のテーマは「組織の戦略としてのフィードバック」です。各部は独立して読める構成になっています。最初から順に読むのが、最も腹落ちしやすい進め方ですが、関心のあるパートから読み始めても大丈夫です。経営理念が浸透しないと感じる方は第2部から。フィードバックの伝え方を知りたい方は第3部から。サーベイを活かしきれていない方は第4部から。

 議論の土台として、20代から60代の正社員2,060名を対象にした独自調査を行いました※1。3つの柱がすべて揃った組織と、ひとつも揃っていない組織では、驚くほどはっきりとした差が表れています。その結果は本書の随所で紹介しています。巻末の「組織コンディション診断」とあわせてご活用ください。

 個人の技術と組織の仕組み、両方が揃ってはじめてフィードバック経営は成果を生みます。その全体像を、本書で描いていきます。

※1.株式会社マクロミルによるインターネットリサーチ(2026年1月26日~2月1日実施、20~69歳の男女、n=2,060)。調査概要は巻末資料を参照。

【目次】

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