その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は久保田龍之介さんの『 半導体立国ニッポンの逆襲 2030復活シナリオ 』です。
【プロローグ】
その記者会見は、異様な熱気に包まれていた。
2022年11月11日。東京・霞が関にほど近いオフィス街・虎ノ門である。会場となった高層ビルはどこにでもあるような何の変哲もない建物だった。通りかかった人が外から見ても、この建物の一室で日本の新たな半導体の歴史がつくられようとしている様子はみじんも感じられなかったはずだ。入り口付近に「ラピダス設立会見」と書かれた紙を掲げたスタッフがいなければ、筆者もそのまま通り過ぎてしまっただろう。
ところが、エレベーターで4階に上がった途端、熱気があふれんばかりに伝わってきた。会見場はオフィスフロアにある100人規模の会議室だった。並べられた椅子には記者が隙間なく座り、キーボードに手をかけながら開始時刻を緊迫した面持ちで待っている。部屋の後方では数台のテレビカメラが、やはりえも言われぬ緊張感を発しながら待ち構えていた。
この会社設立の、何がそんなに注目を集めていたのか。その答えは「先端半導体」にある。日本が半導体開発レースの最前線から離脱して20~30年がたつ。この状況を一変させ、国内で最先端を手掛ける会社が発足するという報道が、前日となる11月10日に日本中を駆け巡った。先端半導体という指先に載るような小さな部品は今、日本のみならず、さまざまな国々の命運を左右するまでに重要になった。記者たちの新会社への疑問は山のようにあった。
半導体と聞いてまず連想するのは、2020年ごろから数年にわたり世間をにぎわした半導体不足かもしれない。新車を買おうとしても数年待たされ、家庭内の給湯器が故障しても取り換えられない。家庭用ゲーム機の「PlayStation(PS) 5」や「Nintendo Switch(ニンテンドースイッチ)」がなかなか手に入らない──。筆者としても、「半導体が足りないだけでここまで影響するのか」と実感したことを思い出す。これまで半導体を意識してこなかった人も、それが実は電化製品の重要部品であることがあらわになった出来事だった。
実際、半導体は身近にあふれている。筆者は今、東京のオフィスでこの文章を書いている。視界に映るのは、パソコンやスマートフォン(スマホ)、プリンター、電子レンジ、LED電球といった電化製品だ。外に出てみれば、クルマが走り、信号機が点灯して交通を制御する。空では飛行機が飛び、さらに上の宇宙では人工衛星が地球を周回している。半導体はこれら全ての核となる部品であり、逆に使われていない製品を見つけ出すほうが難しい。
半導体とはそもそも何だろうか。本来的には、外部からの刺激(電圧や光、熱など)によって電気を通したり通さなかったりする物質のことである。半導体を組み合わせて製造する極小部品であるトランジスタはいわばスイッチだ。電気の流れを信号とし、通電をオン、絶縁をオフという具合に切り替える。この電気信号を組み合わせることで、0(オフ)と1(オン)で作られたデジタルデータを計算する。
ただ、新聞報道や日常会話などで半導体という言葉が出た時は、「半導体チップ(IC)」を指していることのほうが多い。特に最先端技術でつくられる「先端ロジック半導体」と呼ばれるチップは、スマホやパソコンの頭脳となり、さまざまな計算処理を担う。数センチメートル角の小片の中に詰め込まれているのは「人類が生み出した最高技術の結晶」である。
一例として、米アップルの「iPhone 14 Pro/Pro Max」に搭載されている半導体チップ「A16 Bionic」を取り上げたい。内蔵するトランジスタはなんと約160億個。それが人さし指に載るようなチップの中にあると考えると、信じられない気持ちになる。ウイルスよりもさらに小さく、ナノメートル(10億分の1メートル)規模である。
「この半導体(チップ)は郵便切手より小さいですが、80億個以上のトランジスタを内蔵しています。この1チップに、人間の髪の毛の1万分の1よりも細いトランジスタが80億個入っているのです。半導体チップは我々の国に力を与える革新と設計の驚異であり、クルマだけでなく、スマホ、テレビ、ラジオ、医療診断機器など、現代では当たり前の生活を続けることを可能にしています」 2021年、第46代米国大統領のジョー・バイデン氏は、半導体チップをつまみながら会見でこう演説した[1]。半導体不足の状況下で、米国内の半導体製造強化に370億米ドル(約4兆9200億円、1米ドル=133円換算)を投じることを発表した際の会見だった。自国での半導体の重要性を理解してもらうという、バイデン氏の発言の意図は十分に聴衆に伝わったことだろう。
ただ、バイデン氏が語らなかった、米国にとって悩ましい問題がある。それは、半導体製品は一国だけでは作れないということだ。
先端半導体は世界規模で協力
半導体技術はあまりにも発展してしまった。もはや世界規模で国や企業が協力しなければ、製品を仕上げられないまでになった。
トランジスタが発明されてから70年以上がたつ。「トランジスタをどれほど小さくできるか」。これこそ、現在に至るまでの技術発展度合いを示す、1つの指標である。そして、これまで幾多の企業がこの問題に対してしのぎを削った、あるいは脱落していった原因でもある。
トランジスタが世界で初めて発表されたのは、戦後間もない1948年のこと。ICの発明はそれから10年後の1958年ごろだ。それは、真空管がトランジスタに成り代わる歴史的瞬間だった。真空管もトランジスタも、電気の流れを制御するという点では変わらない。
トランジスタの大きな違いの1つは、小型化(微細化)しやすいという点である。米ベル研究所のトランジスタ発表から、今や半世紀以上の月日がたった。この期間で、トランジスタは一定の割合で微細化を続けてきた。「半導体チップ1個当たりに組み込まれたトランジスタの数は、1年半~2年ごとに2倍になる」。この経験則は、今や世界企業となった米インテルをつくり上げた立役者の1人、故ゴードン・ムーア氏の名前を冠して「ムーアの法則」と呼ばれる。
トランジスタの歴史でも初期の製品であるトランジスタラジオは、それまでの真空管ラジオよりも大幅に小型化したことで注目を集めた。世界的に売れたのは、ソニーが1957年に発売した「TR-63」である。当時としては卓上ラジオが当たり前だった時期に、ポケットサイズまでの小型化―。その衝撃は、筆者にも容易に想像が付く。
TR-63には6個のトランジスタが内蔵されていた。それが今やトランジスタラジオよりも遙(はる)かに小さな半導体チップに数十~数百億個のトランジスタが内蔵されている。すさまじい微細化が進んできた歴史がここに読み取れるだろう。
微細化による大量のトランジスタ内蔵(集積)を進めてきたのは、その分得られる利益が大きいからである。
例えば、スマホユーザーとしては、バッテリーの持ちが良くなる(寿命が長くなる)ことは実感しやすいかもしれない。より多くのトランジスタで処理するため、面積当たりの計算処理性能が上がる。いわば計算処理を担う「作業員」が増えるため、少ない時間=電力で大量の計算処理ができるようになる。
微細化の世代である「プロセスノード」は、現状の最先端で3ナノメートルにまで進んでいる。次の世代の2ナノメートル世代も視野に入ってきた段階だ。この「ナノメートル」のような表記は、数字が小さくなればなるほど性能が上がっていると考えてよい。
米アイ・ビー・エム(IBM)によれば、2ナノメートル世代のトランジスタをスマホに使った場合、7ナノメートル世代と比べて、バッテリー寿命が4倍になるという[2]。スマホの計算処理が高速になり、より長い間、コンセントを探し回らないで済むようになるというわけである。
さらに、半導体チップメーカーや、半導体製造受託企業(ファウンドリー)にとっては、コスト削減の利点は大きい。トランジスタは「シリコンウエハー」と呼ばれる円板に形成する。1枚のウエハーにより多くのトランジスタを載せられれば、トランジスタ1個を作るのにかかる値段はその分少なくなる。
このように「いいこと尽くし」であることから、これまで世界中で半導体の微細化に向けて競ってきた。ところが、ここで問題が生じる。ウイルスよりも小さなトランジスタの集合体である最先端半導体は、世界でも限られた企業しか作れない。しかも、その製造に関わる装置や材料、ソフトウエアは、さまざまな国の企業が担っており、一国では賄えないのだ。
米国のある半導体メーカーがスマホ内蔵の半導体チップを製造する場合を想定してみよう。
まずは電気の通り道である回路の設計だ。電気信号をつかさどるトランジスタ同士をつなぎ、機能に応じた回路を造り上げる。
ただ、半導体チップの回路を一から設計するには時間がかなりかかる。そこで、半導体メーカーはIPと呼ばれる既存の設計データを利用する。この購入先の1つが、ソフトバンクグループ傘下の英アームである。IPなどを使いながら回路設計を進める際には、電子設計自動化(EDA)ツールが欠かせない。この分野のシェアは米国企業が握る。
回路が設計できたら、いよいよ実物の製造に取り掛かる。必要になるのは高純度のシリコンの結晶の円板であるシリコンウエハーだ。この製造は日本企業が得意とする。
ウエハーは日本から台湾に送られる。輸送先は、半導体メーカーに製造を委託されたファウンドリーと呼ばれる分野の企業である。ファウンドリーは、ウエハーの上にトランジスタを製造し、配線までを担う。いわゆる半導体製造の前工程であり、ここが「微細化の中心地」となる。
微細化がここまで進んでいなかった時代には、企業は自らの工程に集中していれば問題がなかった。だが、数ナノメートルレベルとなると話が変わってくる。ファウンドリーは依頼主である半導体メーカーだけでなく、IPコアベンダーやEDAベンダーと協調して開発を進めることが必須になってきている。
半導体の製造に必要な装置も、微細化に合わせて発展を続けてきた。強みを見せるのは日本や米国、欧州(オランダ)といった国々だ。これらの国の限られた企業が提供する装置がなければ、先端プロセスの半導体は作れない。
無数のトランジスタが形成されたウエハーは、台湾や中国にある工場に渡される。OSAT(後工程受託製造)と呼ばれる企業の工場である。1つひとつの半導体チップに切り分け(ダイシング)、パッケージ(樹脂で封止)する。検査工程を経て、とうとう半導体チップが完成する。
半導体はなぜ重要か
省略した過程も多いが、ユーザーの手に渡るまでにかなりの国・地域が関わっていることがお分かりいただけたかと思う。実は、先の半導体不足はこうした世界的なサプライチェーン(部品供給網)の混乱が原因だった。新型コロナウイルス禍での工場閉鎖や工場火災などが世界的に連鎖し、結果的に「給湯器が交換できない……」という事態が起こってしまった。
半導体、特に先端半導体は、各国・地域が協力しなければ作れない。だが、政治的思惑が渦巻くこの世界では、極めて難しい問題が絡む。「誰が先端半導体を作るのか」、「誰が先端半導体を確保するのか」。先端半導体を造るためには、膨大な試行錯誤によって得られたノウハウと、国家予算に匹敵するような数兆円規模の投資が必要で、それが担える企業が限られている。製造能力にも限りがあるため、誰でも先端半導体を設計し、製造を委託できる状態にはない。これらの問題は戦争や貿易摩擦と密接につながり、地政学的背景も重なる状況になっている。
昨今、米国は中国やロシアに先端半導体製品や、その製造技術が流出しないように動いている。半導体の用途は、バイデン氏が言及したようなクルマやスマホばかりではない。自律ミサイルのような先端兵器にも使われるからだ。
世界情勢という意味では、ロシアによるウクライナ侵攻が「半導体戦争」ともいえる様相を帯びている。戦場を見渡せば、空では軍用ドローンが自律運航しながら飛び回り、自律運航ミサイルがセンサーで捉えた標的めがけて飛んでいく。陸では諜報用途の車載シギントシステム*1や、自動運転の通信妨害ステーションが駆け巡る。これらの頭脳を担うのが先端半導体だ。半導体は、今や戦況を覆す可能性を持つ。
先端半導体の製造に必要な工程や装置のいくつかは限られた企業が握っている。米国企業もあるが、日本や欧州、台湾、韓国がその多くを占める。この5つの国・地域に中国を加えたメンバーは「半導体6極」と言える。なお、ロシアは半導体製造に使う希金属(レアメタル)や希ガスの主要生産地の1つではあるが、ここには含まれていない。半導体供給能力が低く、先端半導体に関わる技術は持たないからだ。
対する中国は、半導体の製造でも存在感を示す国家である。先端半導体を製造できるファウンドリーや半導体メーカーがある。ファーウェイのような通信機器メーカーは、5G(第5世代移動通信システム)分野で存在感を示す。半導体の性能が勝敗を分ける重要な要素となった軍事面でも、米国をしのごうと力をつけてきている。米国としても危機感を覚えずにはいられない。
そこで米国は2018年ごろ、ドナルド・トランプ政権の頃から本格的に動き始めた。まず、米国が関わる先端半導体の製造装置や部品に規制をかけ、中国企業に渡らないようにした。次に2023年1月、この規制に加わるように日本やオランダに持ちかけ、両国が同意した。米国は同盟・同志地域のみで構成する新たなサプライチェーンを構築する狙いである。日本やオランダとしてはこのサプライチェーンに参画することで、先端半導体の製造で存在感を示し続けたい考えがあるのだろう。
ここで、冒頭の新会社設立につながってくる。誰が先端半導体を作るのか、誰が先端半導体を確保するのか。半導体製造の中核を担うファウンドリーがあるのは、現状では台湾や韓国といった土地である。だが、中国との物理的な位置や、政治的な関係を考えると両国には地政学的リスクがある。
新会社ラピダス(英語表記:Rapidus、東京・千代田)は最先端の2ナノメートル世代の半導体を製造する。世界でも限られたファウンドリーの一社として、その最前線に立つ使命を帯びる。後ろ盾になるのは日本政府。その裏には、日本を使って自らのビジネスを拡大したいIBMや、中国の封じ込めをもくろむ米国政府がいる。
日本政府の目標の1つは「半導体復権」である。日本は1980年代、世界の半導体業界のトップに君臨していた。半導体製造基盤を国内につくることで、日本の産業を再び盛り上げたいと考えているのだ。
米国は、新しい自前の半導体サプライチェーンをつくることで、GAFAM(グーグル、アップル、メタ(旧フェイスブック)、アマゾン・ドット・コム、マイクロソフトから成る巨大IT企業群)をはじめとする自国のあらゆる産業をいっそう発展させたい考えだ。さらに、自国の軍事強化につなげる一方で、中国やロシアの「軍事の現代化」は阻止していく。
日本はこの新しい半導体サプライチェーンや米国側の思惑をうまく活用し、半導体復権を実現できるだろうか。かつての半導体戦略は、ことごとく失敗してきている。今、過去の失敗を教訓にしながら、再びの栄光を取り戻さなければならない。
まずはラピダスの設立会見にいま一度戻り、その内容を見ていこう。
【目次】


